第72話:生徒会役員選挙 <薫サイド>
見直しました。
中学一年生前期の期末テストが終わると水草薫は、生徒会の仕事が急に忙しくなって閉口することとなった。
仕事の内容も変わった。校内の見回りの仕事は週一回に減り、文化祭と体育祭に向けての準備が仕事の大半を占めるようになったのだ。
薫としては文芸部の活動の方が断然に楽しいのだが、川田中ツートップの河村正人と川合光流の二人が、容赦なく仕事を振ってくる。その二人にしても、多忙でアップアップしている状態なので、文句を言おうにも言える雰囲気じゃない。それで仕方なく生徒会室に籠り、少しでも早く終わるように黙々と作業に励むのだった。
そうこうするうちに、正人と光流の二人は、もうひとつのやっかい事を薫に押し付けてきた。
もうすぐ生徒会の役員選挙があるのは、薫も薄々気付いてはいたのだが、どうせ自分には関係ないだろうと高を括っていた。すると、生徒会室の自分の席で書類と睨めっこをしていた薫の所に会長の正人が寄って来て、目の前で一枚の紙をひらひらと翳してみせる。うっとおしいのでサッと掴んで、その表題に目をやった途端、薫は固まった。そこに、「生徒会役員立候補届」とあったからだ。
隣の机で別の仕事をしていた水瀬美緒をチラっと見ると、彼女には副会長の光流が同じ紙を渡していた。
「あの、正人くん、これって何なのかなあ?」
「そんなの、見りゃ分かるだろ。そこに名前を書いてくれるか……って、何だよ、薫」
途中から正人の口調が、明らかに怯えたものに変わった。薫が例の不気味な「悪魔の笑み」を彼に向けたからだ。正人は小さい頃から薫の顔を見慣れている筈なのに、故意に嫌味を込めた笑顔を向ければ、ちゃんとダメージをくらうみたいだ。
なかなか復活できないでいる正人の状態を見て取った光流が、美緒と合わせて説明してくれた。
「いやね、二人とも今はただの手伝いじゃん。やっぱ、役職があった方が何かと便利だと思うんだけど……」
途中で美緒が口を挟んだ。
「えー、全然、聞いて無いんだけどー」
「そんなことないだろ、美緒。四月の終わり頃、次の番長をお前にするって決めただろ?」
「だって、それは番長の話じゃん」
「あのな、うちは番長が生徒会長も兼務する決まりなの。だって、生徒会長ってのは、生徒全体のまとめ役だろ。番長とおんなじことじゃないかよ」
「あれ? 次の生徒会長は、舞香先輩じゃなかったっけ?」
「まあ、そこはだな……」
そこで光流の話を引き継ぐ形で、吉田舞香が話し出した。
「もう、細かいことは、どうだって良いでしょう。別に、私が生徒会長をやってる間は、私が番長ってことでも良いわよ。生徒会長は、皆に指示する立場なんだから、別に私自身が強くなくたって良いの」
「まあ、そういうことだな。とにかく、次の生徒会長は舞香で、その次は美緒、お前だ」
そこで薫が控えめに声を上げた。
「あのー、だったら、私は関係ないんじゃ……」
「何を言ってんだよ。お嬢は、影の番長だろうが」
「えー、だって影なんだから、普通は表に出ちゃ駄目なんじゃないの?」
「もう、あたしが役員やるんなら、薫だってやるに決ってるじゃない」
「……?」
ここで美緒にまで裏切られたことで、薫は思わず言葉を失ってしまった。
すると、駄目推しとばかりに、光流が更に畳み掛けてくる。
「お嬢は、今年が会計だけど、来年は副会長なわけ。まあ、俺は美緒じゃなくて、お嬢が会長でも面白いと思うけど……」
「ぜーったい、嫌っ!」
どうやら川田中学校では、生徒会長のことを「番長」、副会長のことを「影の番長」と呼ぶことになったらしい。
★★★
薫は生徒会役員の立候補の話をきっぱりと断った筈なのだが、翌日の放課後、生徒会顧問でクラス担任でもある加藤律花先生から職員室に呼び出され、再び立候補するように説得されてしまった。
加藤先生は、「客観的に見て、今の一年で生徒会役員ができるのは、水瀬さんと水草さんしかいないでしょう」と言うのだ。
薫は、「そんな筈ないですよ。適任者なんて、いっぱいいますって」と反論したのだが、加藤先生に「だったら、候補者を挙げてみてよ」と言われてしまった。それで薫は一緒に生徒会を手伝っている松岡賢斗と木下誠也を推したのだが、先生は首を傾げるばかりで全く取り合ってくれない。
「私だって、水草さんが目立ちたくない性格なのは充分に理解してはいるんだけどね。これは絶対にあなたの為になることだと思うの。ねえ、水草さん、お願い。騙されたと思って、やってみてよ」
「ええーっ、でも、役に立つって、どういうことですか?」
「生徒会の役員をやってたってなれば、それだけで内申点が良くなるのよ。水草さんは成績が良いから、関係ないっていえば関係ないのかもしれないけど、それでも内申点だって良いに越したことはないじゃない?」
「それはまあ、そうでしょうけど……」
「それにね、生徒会役員ってのは、生徒の代表なのよ。そういう人の上に立つ経験をすることも、水草さんにとって絶対にプラスになると思うの。ねっ、私を助けると思って、素直に立候補してくれないかな」
加藤先生のは、ほとんど泣き脅しに近いお願いだった。薫は、そんな先生の長々とした勧誘に辟易としながら職員室を出た。
ところが、そこに待ち構えていたのは、た吉田舞香と水野碧衣だった。咄嗟に薫は逃げ出そうとしたものの、碧衣にガシッと二の腕を掴まれてしまい、そのまま生徒会室にドナドナと連行されて行ったのだった。
そうして始まったのは、またもや生徒会立候補の説得である。彼女達は、生徒会役員を中州組で独占するメリットを強調することで、ぐいぐいと押してくる。
中州の子だけで生徒会役員を独占するメリットは、当然、私も理解している。だけど、それと自分が役員になるのは別だ。
だって、目立つのが大っ嫌いな私が立候補するなんて、どう考えたって可笑しいじゃない。美緒は目立ちたがり屋だから良いだろうけど、私の場合は人前に立つなんて、まっぴらごめんだ。
だいたい一年にはもう一人、正人の弟の直人だっている。あいつは今まで生徒会の仕事をサボってばっかりだったんだから、こういう時ぐらいは、役に立ったってくれたって良いと思う。
薫がそういうことを並べ立てると、今度は先輩二人の泣き落としになった。
「どうして、薫は分かってくれないのかなあ。数少ない中州の仲間じゃないの」
「そうだよ、中州組は団結しなきゃなんないんだよ。団結することで、一人一人は弱くても、皆で力を出し合って、巨大な敵とも……」
「碧衣、それ、ちょっとくさい」
「てへっ……。まあ、そういうことだからさ。お願いっ、この通り」
碧衣は、わざとらしく両手を合わせて頭を下げてきた。
「なんか、碧衣ちゃんの格好、神様にお祈りしてるみたいに見えるんだけど……」
「水野先輩でしょう、もう。とにかく、後は神頼みしかないの。うちの親父の選挙の時だって、同じだよ。最後は必ず神頼み……あ、そうだ。その前に、選挙応援だよね」
そこで碧衣は姿勢を正すと、右手にマイクを持った仕草をしながら、選挙のウグイス嬢のマネを始めた。
「わたくし、村会議員、水野紘一の娘、水野碧衣は、この度、水草薫を生徒会会計に推薦し、全面的に応援させて頂きます。会計には、水草、水草薫をぜひ、お願い致しま-す……」
碧衣のふざけた応援演説に気を取られていた薫が、ふと我に返ると、舎弟の三人、ケントとセイヤ、そして古川麻友が部屋にいて、しきりに首を縦に振っているのに気付いてしまった。
『えっ、何で?』と思っていると、麻友が目を輝かせながら寄って来て、いきなり薫の手を両手で掴んだ。
「姉御、選挙活動はうちら舎弟三人がタッグを組んで頑張りますんで、大船に乗った気分でいて下さい」
「いやあ、これで姉御も正式に影の番長だ」
「あのね、ケント。私が立候補しろって言われてんの、会計なんだけど」
「あの、いくら俺だって、『影の番長』って役職が生徒会に無い事くらい知ってますよ」
「そういうことじゃなくて……」
「あれでしょう、姉御は会計を足掛かりにして、来年は会長ってことで……」
「副会長で充分だから」
何となく舎弟三人に絆された格好で、薫は会計に立候補せざるを得ない雲行きになってきた。
でも、舞香が会長、碧衣が副会長、美緒が書記で薫が会計となると、生徒会役員四人が全員、女子になってしまう。そんなんで良いんだろうか?
その疑問を舞香にぶつけると、「そんなの、関係ないでしょう。全員男子の年だって過去には何度もあったんだし」と軽くあしらわれてしまった。
「でも、女子だけじゃ、重い物とか運べないし……」
「何言ってんの。薫がひとこと頼めば喜んで助けてくれる男子が、そこに二人もいるでしょうが」
「そうっすよ、姉御。俺とケントがいるんで、全然、問題ないっス。任せといて下さい」
セイヤが拳を上げてアピールする。
「でも、美緒と違って、私は綺麗でも可愛い訳でも無いし、人望だって無いんだもん、無理です」
薫がそう言うと、舞香は呆れた顔をする。代わりに碧衣が口を挟んできた。
「あのさ、薫ちゃん。あんたが綺麗じゃないって言ったら、マジ切れする女子が大勢いると思うよ」
そこに、いつの間にか部屋に来ていた川合光流が追い打ちを掛けた。
「そうそう。それに、お嬢が人望ないとか、絶対に嘘だから。川田中に水草薫ほどの有名人なんていねえから」
「へっ?」
思わず、変な声が出てしまった。
次に声を上げたのは、舞香と碧衣だった。
「そうだよ、薫。岩田大魔神との対決もあるけど、球技大会だとか、バスケ部での活躍だとか、目下、薫は全校生徒の間で人気上昇中なわけ。少しは自覚しなさい」
「そうそう。だいたいさあ、選挙ったって形だけじゃん。どうせ対抗馬がいなくて信任投票なんだから、落選なんてしないっつーか、よっぽどのことがなきゃ、できないんだよ。あるとしたら、選挙演説でめっちゃ反感を買うようなこと……」
「えっ、この私が選挙演説? ムリムリ、ぜーったいにムリっ!」
碧衣の話の途中で、薫は思わず叫んでしまった。
それなのに、なんと親友の美緒が裏切ったのだ。
「あのさあ、薫だったら、いつもの感じで普通にやれば、皆ビビッて信任してくれるんじゃないの?」
美緒の言葉に、ケント、セイヤ、麻友の舎弟三人が首を縦に振った。
どうやら薫は、腹を括るしかなさそうだった。
★★★
生徒会役員選挙で何が嫌かっていうと、選挙演説に決まっている。ただでさえ嫌われる顔なのに、そんなのが全校生徒の前に出て行ってどうしろって言うんだ。
碧衣は選挙演説について、「大きな反感を買わない限りは大丈夫」みたいなことを言ってたけど、そういう場面で反感を買って嫌われてしまうのが、私の特技(?)なんじゃないだろうか?
薫は、頭を抱えてしまっていた。
「もう、美緒ったら、酷いよ。私が人前でしゃべるの嫌いだって知ってるのに」
「薫なら、大丈夫だよ。それに、正人兄ちゃんが応援演説やってくれるんだよ。今の生徒会長が応援演説するんだもん、落ちるわけないじゃん。気楽にやりなよ」
ということで、一週間後、薫は体育館の舞台の上に立っていた。目の前にはマイクが置かれており、その先にいるのは六百人近い全校生徒と先生達……。
それでも薫は、不思議とあがらず冷静でいられた。直前に演説をした美緒の方が多少あがってしまったようで、いきなり自分の名前を「……みなせみにょでしゅ」と言ったのは笑えた。あ、いけない。思い出したら、例の不気味な笑顔が……。
「ふふっ。あ、すいません。会計に立候補しました一年五組の水草薫です。これまでも生徒会の仕事のお手伝いをしていて、この度、会計に立候補するように言われたので、立候補しました。宜しくお願いします」
冒頭に例の「悪魔の笑み」が発動されてしまったせいで、会場内はシーンと静まり返っていた。誰もが壇上にいる三つ編みおさげの少女をじっと見詰めているのだ。
その後、薫は、できるだけゆっくりと歯切れ良く話すように心掛けただけなのだが、その存在感というか威圧感は、かなりなものだったようだ。
薫の演説が終わると、会場に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。そうしないと何をされるか分からない。そんな不安に囚われての拍手だったのだが、そんなことは薫には知る由もない。演説の後は、さっさと演台から下りて、ほっと一息吐いただけなのだから……。
「水草さん、お疲れ様。なんか過去に例が無いくらい、印象的な演説だったわよ」
後になって、生徒会顧問で担任教師の加藤律花から言われたコメントが、これである。薫は、何がどう印象的だったのかを聞いたのだが、先生はあいまいな言葉ではぐらかすだけで、結局は教えてはくれなかった。
かくして、選挙は無事終了し、中州組の女子四名による新しい生徒会がスタートした。
生徒会役員になったことで、薫の先生方からの受けはますます良くなった。薫のことを知らない先生は一人もおらず、誰もが丁寧に接してくれる。薫は相変わらず無表情なのだが、そのキャラはむしろ会計という役職にピッタリだったようだ。
そして薫は今まで通り週に一回、美緒や舎弟三人と一緒に校内の見回りを続けたのだが、もはや歯向かって来る者など誰もいない。むしろ不良ぶって粋がる連中ほど深々と頭を下げ、恭しく挨拶してくれる。そうでない生徒も、薫が無表情な顔を向けるだけで震え上がってしまう。気弱な女子が急にしゃがみ込んで泣き出すトラブルまでもが、毎回のように起こっていた。
そんな時、古川麻友が何度も言うジョークが、「姉御って、死神の大鎌が似合うと思うんですよね」だった。するとセイヤが、「あ、それなら自分、用意するっス」と言い出して、それを薫が睨み付ける所までがパターンで、その後、死神に扮した薫が、校内の何処にいれば怖いかの話になる。意外にも麻友はホラーが苦手なので、怖がらせると楽しいのだ。言い出しっぺが彼女なのだから、自業自得である。
ともあれ、三つ編みおさげの大人しそうな少女が、ゆっくりと歩くだけで校内が静まり返って行く様子は、それだけで相当に異常な状態だ。なのに、日が経つに連れて、それが当たり前のこととして、誰もが受け入れてしまったのだった。
ちなみに、女子が着るのにピッタリな死神の衣装が演劇部の倉庫にあって、それを美緒が見付けてしまった。それを聞いた碧衣が、「ハロウィーンをやろう」と言い出して、生徒会顧問の加藤先生の許可を取ってきた。そして十月の最終日の放課後、生徒会メンバー全員がハロウィーンの仮装を行うことになったのである。
最初は生徒会室で仮装してのお菓子パーティーを想定していたのに、光流が突然、「せっかくだし、お前ら、その格好で校内の見回りに行ってこいよ」と言い出した。その時の仮装は、もちろん薫が死神役で、ちゃんと大鎌も装備。それから美緒は魔女、麻友はピエロで、ケントとセイヤは、スケルトンの衣装を着ていた。
その日は外が曇天で、灯りが点いていても薄暗く思えてしまう不気味な感じが満ち満ちていた。そんな中、死神のコスチュームに身を包んだ薫を先頭に、五人が不気味な姿で校内を練り歩く。
とはいえ、所詮はただの仮装である。普通なら、軽いアトラクションとして受け取られるべき所なのに、蓋を開けると、校内のあちこちで女子生徒の悲鳴が相次ぎ、阿鼻叫喚の大騒ぎになってしまった。
そして後日、薫たちは加藤先生から長々としたお説教を頂戴したのだった。
「……あんた達のせいで、私、教頭先生から大目玉を食らうハメになっちゃったじゃないの」
「あの、先生。ちゃんと私達、事前に許可をもらいましたけど……」
「あのね、あんな騒ぎになるんだったら、私だって許可しなかったわよ。ああもう、それもこれも、水草さんの死神コスが、ハマり過ぎてたせいだからねっ!」
「そんなあ……」
完全に、理不尽な言いがかりだった。
このように薫の在学中、川田中学校における「影の番長」の存在感は絶大だった。そして、結果として彼女が在籍した三年間、生徒達は大きな諍いを起こすことなく、常に校内が平穏に保たれていたのだった。
★★★
生徒会役員選挙が終わった翌週、文化祭が行われた。その中で水瀬美緒は、演劇部の公演において一年生なのにヒロイン役のジュリエットを演じ、劇の方は大好評、彼女の演技も大絶賛された。
薫は美緒に、「どうせ、先輩達を腕ずくで黙らせたんじゃないの?」と茶化して言ったのだが、「違うよ。ちゃんと、あたしの美貌と実力を認めてくれたんだからね」と鼻高々に言い返されてしまった。
実際の所は知りようもないが、舞台を観た感じでは確かにうまく演じていたし、貴族の御令嬢の衣装を纏い、お化粧をした美緒は、「マドンナ」の名に相応しく綺麗だった。つまり、これで美緒は中州のマドンナから、名実共に川田中学のマドンナへと変貌を遂げた訳である。
ちなみに演目は、ロミオとジュリエットを現代風にアレンジした物だったりする。そのシナリオの依頼が文芸部に来て、三年生の稲垣先輩が、皆の意見をまとめて書くことになったのだが……。
「やっぱり、普通じゃつまんないよね」
「安福、お前、また変なこと考えてるだろ」
「良いじゃない。ウケれば良いんだからさ」
「あのなあ、あんまりえげつないのは駄目だぞ。先生達の目だってあるんだからな」
「あのー、お化けとか出しちゃったら、どうですか?」
「薫ちゃん、それって良いかも。親達に結婚を反対されたジュリエットは、それなりに恨みがあった訳でしょう?」
「あれ、ジュリエットって、実は死んでないんじゃ?」
「だったら、生霊ね。生霊が出てきて両方の親を襲うの」
「それさあ、可憐なジュリエットのキャラ、ぶち壊すことになんねえ?」
「別に、生霊なんだから、良いんじゃないの?」
「心の奥底で抑圧されてた思いが、生霊として解放されるわけですね」
「そうそう。薫ちゃん、良いこと言うじゃない。生霊がやったことは、ヒロインの罪にはなんないってことにすれば良いわ」
「まあ、良いけどな。演じるのは、どっちもマドンナなんだろ。演じ分けるの、大変だぞ」
「あ、それは大丈夫だと思います。美緒なら、素で行けるような気がするし」
「薫ちゃん、結構、きついこと言うよね。マドンナとは仲良しのお友達で、同じ生徒会じゃなかった?」
「そうですけど、私、幼馴染でもあるんで、何でも知ってますから」
という訳で、薫が思い付きで言った「生霊が出てくる案」が採用されてしまった。そのせいで美緒は、例年のヒロインの何倍も練習をしなきゃいけなくなってしまい、それが生徒会選挙や文化祭準備で多忙な時期だったので、彼女への負担はハンパ無かった筈だ。
だけど、それなりにウケた訳だし、美緒の演技も評価されたのだから、別に良かったじゃないかと薫は思うのだった。
★★★
文化祭から一ヶ月後、今度は体育祭が行われた。そして、薫にとっては不本意なことに、そこで二度も彼女は、全校生徒の注目を浴びることになってしまった。
清々しい秋晴れのその日、最初に薫が注目を浴びたのは、女子の騎馬戦で彼女のチームが無双したことだった。この年の川田中学では、何故か男子ではなく女子の種目として、騎馬戦が行われたのだ。絶対に、誰かの陰謀としか思えない。
比較的小柄で痩せた体型の薫は、大柄な女子三人に担がれることになったのだが、結果を端的に言うと、薫のチームが完全に無双状態だったのだ。
薫は手が長くて動きがすばしっこいし、身体の柔軟性とバランス感覚に秀でている上に、表情が読み取れない。そんな薫が、すーっと近付いて来たかと思うと、既に帽子が彼女の手に握られている。相手側の女子にしてみれば、薫の早業が魔法のように感じられたことだろう。
最初は淡々と相手チームの帽子を奪っていた薫だったが、やってるうちに楽しくなってきた。となると例の「悪魔の笑み」攻撃が、意図せずに炸裂してしまう。
薫の場合、無表情でいるだけでも相手を怖がらせてしまうのに、そこに例の不気味な笑顔が加われば、普通の生徒なら確実にビビる。しかも女子なら尚更だ。薫の獲物となった子は、きっと背筋が凍るような恐怖を味わったに違いない。
その結果、戦意を失くして泣き出す女子が相次いでしまい、勝負にならず快勝したのだった。
次に薫が注目を浴びたのは、女子の部対抗リレーでの活躍だった。
このリレーは各組の勝ち負けに関係しないので、例年はあまり盛り上がらない種目である。それに毎年、優勝するのが男女共に陸上部ばかりだというのも、不人気な理由のひとつだった。
その為、部活のユニフォームで参加したり、テニス部だと襷の代わりにラケットを使用したりといった趣向を凝らしたりするのだが、それでも出場する運動部以外の生徒にはトイレ休憩となったり、お喋りタイムにされてしまうのが常だった。
ところが、この年の部対抗リレーでは、大きな異変が起きた。
その理由は、男女共に「生徒会」が参加したことである。
女子の生徒会チームは、水瀬美緒、水野碧衣、古川麻友、そして、何故か薫がアンカーだった。こうなったのは、それを美緒と麻友がしつこく主張して、薫が根負けしたことによる。
それと、新生徒会長の吉田舞香が外れた理由は、「会長職で忙しくて出られない」だが、それは実は建前で、本当は運動が苦手で足が遅いからだ。
一方、美緒は昔から運動が得意。碧衣もそこそこ運動はできるし、足も遅くはない。麻友は少々残念な子ではあるものの、運動神経だけは良かった。
女子の参加チームは、全部で十一。六チームと五チームで予選を行い、それぞれ三位迄が決勝に出られることになっていた。
その予選を、生徒会チームは首位で通過した。アンカーの薫が麻友からバトンをもらった時点では二位だったが、先を行くテニス部をあっさりと躱し、そのままゴールしたのだ。
この時点で放送部の実況アナウンサーは、「信じられません」を連呼。更に薫がゴールした瞬間には、「これは、奇跡だ。有り得ない」と生徒会に失礼な言葉を口走った。それにカチンときた美緒が、「何あれ、うちらをバカにしてない?」と不平をこぼし、その横で麻友は、「ふざけんなー」と激怒。それを宥めた碧衣が、「次も絶対に勝とうね」と皆に発破を掛けて、薫も静かに頷いたのだった。
その後で男子の予選が行われ、女子と共にエントリーしていた生徒会は、やはり、あっさりと決勝進出を果たした。
去年は正人も光流もバスケ部として出場したそうなのだが、今年はケントとセイヤがいることで、生徒会として参加したのだ。もちろん、生徒会女子が出場したことも理由のひとつだった。
正人と光流は昔から足が速い上に、ケントとセイヤのスペックが予想以上に高くて、予選はサッカー部に次ぐ二位だった。
そして、女子の決勝戦。第一走者の美緒は、やや出遅れて三位だった。当然、一位は陸上部。その後をテニス部が追う展開だった。
しかし、第二走者の碧衣は気合だけが先走り、途中で躓いたことでハンドボール部に抜かれてしまう。四位でバトンを受け取った麻友は、そのハンドボール部を懸命に追い掛け、最終コーナーで抜き返して、そのままアンカーの薫へとバトンを繋げた。
ところが……。
『あれっ? これって、どういう展開? 三位を走っていた生徒会が今、二位のテニス部に迫っています。あ、抜いた。いや、一位の陸上部との差がどんどんと縮まってるんだけど……、 えっ、並んだ? 並んじゃったよー。うわあ、ゴール、ゴールしましたあ。えーと、どっちだ? どっちが勝ったんだ? えっ、生徒会? まさか? ええーっ、マジで生徒会かよ? いやいや、有り得ないっしょ。そんなバカな……あ、でも、本当みたいです。これは、奇跡です。てか、陸上部、破れましたあ。前代未聞の、大どん・でん・返しだあ。しかも勝ったのは、あの生徒会って、いったい何なんだあ……』
薫がゴールすると、周りが騒然とし出した。
すると誰かが抱き着いてきて、それが加藤律花先生だと気付いた時には、先生は大泣きだった。
『あのー、先程、不適切な発言がありましたこと、放送部としてお詫び致します。大変失礼しました。部対抗リレー女子の結果です。一位、生徒会。二位、陸上部、三位、テニス部でした。生徒会の方々、おめでとうございます。恐らく、この種目で運動部以外のチームが優勝したのは、初めてじゃないかと思います。特にアンカーの一年生、水草薫さんの走りは凄かったですね。陸上部短距離のエース三年生の岸本さんを破っての優勝ですから、本当に立派だと思います……あ、男子が始まるようです……』
この後の男子は一位から三位までが混戦となり、生徒会アンカーの川合光流が粘ったのだが、ゴール直前で転倒。惜しくも優勝を逃してしまった。
薫が光流の所に行くと、他の生徒会メンバーもだいたい集まっていた。
「ああ、もう。陸上部の武井の奴、足、引っ掛けやがった」
「まあ、あいつも必死だったんだろ。男女共に生徒会に負ける訳にはいかんだろうしな」
「そうですよ。負けはまけです。光流先輩」
「うるせー、碧衣」
「でも、これで生徒会も、完全に女子の時代到来ですね」
「舞香、お前、走ってないくせに……」
「負け惜しみですよ、川合先輩」
「もう、どいつもこいつも」
「まあ、仕方ないさ、光流。でも、今回のMVPは薫だな」
「姉御、おめでとうです」「自分、感動したっス」
ケントとセイヤに祝ってもらった薫だが、またもや全校生徒の注目を集めてしまい、心の中は複雑だった。それで薫が黙っていると、光流がとんでもないことを口走ったのだ。
「でも、お嬢ってさあ、笑ってなくても怖いんだよな。ありゃ-、陸上部の奴だってビビるわ」
もちろん薫は、「光流くん、うるっさーい」と怒鳴った上に、まだ手に持っていたリレーのバトンで、思いっ切り彼の頭をぶん殴ってやったのだった。
ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。
あと一話だけ薫の中学時代の話があります。影の番長のエピソードが出てきます。
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