第71話:中学生生活 <薫サイド>
見直しました。
暴力教師、岩田達夫とのいざこざが解消された後、川田中学校での水草薫の生活は、至って順調だった。
教室では、花田美里、松川穂香の二人と相変わらず仲良しだった。
花田美里は社交的な性格で、実はクラスの委員長を務めている。薫はそういうタイプではないのだが、生徒会所属ということもあってか、何故か美里の仲間に認定されているようだった。つまり、クラスでも何か揉め事が起こると、美里経由で薫がいつも駆り出されるのである。
クラスの中で素行が悪い松岡賢斗と木下誠也を、いとも簡単に手なずけてしまったことも、美里が薫を評価するポイントのようだった。薫の舎弟となってから、ケントとセイヤは品行方正な男子に変わってしまったからである。元々、この二人は強い存在に憧れる硬派であって、ただの不良とは一線を画していたようだ。
もう一人の新しい友達は、松川穂香だ。こっちは、しっかりした性格の美里とは対照的で、ふわふわした感じの子である。いわば夢見がちな少女で、ラノベの異世界物が大好き。薫とは同じ文芸部なこともあって、美里と同様に教室でも良く話す相手だ。
元はと言えば楽そうだからと選んだ文芸部に、薫はすっかりのめり込んでしまっていた。週の半分くらいは文芸部の部室に入り浸って、皆とのお喋りに興じたり、先輩達に借りたお勧めの本を読みあさったりしながら、楽しく愉快に過ごしているのだった。
「ねえ、水草さん、そんなに速くページめくって、ちゃんと読んでるの?」
「えっ、普通だと思うんですけど……」
「普通じゃないでしょう。私、文庫本だと一時間に百ページくらいしか読めないよ」
「安福先輩、それでも全然、速いですって」
「だけど、安福は人間の読むスピードだよな。水草の場合は、人間じゃねえぞ」
「えっ?」
「こら、稲垣くん。後輩の女の子、ディスっちゃ駄目でしょうが」
「えっ、俺、水草のこと褒めてんだけど」
「褒めて無いでしょうが」
「まあまあ、先輩達。薫が人間じゃないのは、顔見りゃ分かることでしょう」
「もう、穂香ちゃんが一番、ひどーい。私、人間だよ。だって、空気が無いと生きてけないもん」
「うーん、それは生き物全般がそうだと思うんだけど……」
「じゃあ、空が飛べないとか?」
「空は飛べないかもだけど、薫って走るの、めっちゃ早いじゃん。三つ編みおさげの文学少女で運動神経が良いなんて、絶対に反則だと思う」
「あれは、たまたまっていうか……」
「たまたま普通に走っちゃったってことなんじゃない? 私、二年の中州の子に聞いたことあるよ。水草さんが走るの早いのって、小さい時からなんでしょう?」
「薫って、頭も良いんだよね」
「まあ、そんなに速く読めるんだから、当然だわな」
「はいはい。薫ちゃんは、スペック高過ぎなんだよねえ。ああ、もう、羨まし過ぎるわ」
こんな風に薫は、いつの間にか文芸部では割と人気キャラの座に居座っていたのだった。
尚、この文芸部で薫は、オカルト関係の知識を充実させて行って、それを高校に入ってからの事実上の彼氏、藤田翔が長々と聞かされ続けるハメになるのだが、その文句はたぶん薫を文芸部に引っ張り込んだ舎弟、ケントとセイヤに言うべきだろう。
岩田の後任の教師、加藤律花との関係も非常に良好だった。薫は相変わらず顔の表情に乏しいのだが、律花そのものが優等生タイプ。花田美里も同じような感じの子で、そういうタイプの女子は得てして無表情な子が多いのだ。そして、真面目で勉強のできる子を好む傾向にある。
加藤律花は二十代前半の若い教師で、実は生徒会の顧問もやっていたので、生徒会所属の薫に何かと頼る傾向にあった。
薫が生徒会に入ることになったきっかけは、同じ中州出身の生徒会長と副会長、河村正人と川合光流に誘われたというか、強引に引き摺り込まれたからなのだが、その後に正人と光流の二人は加藤先生をうまく使って、薫を生徒会室に呼び出すようになった。
いわば加藤先生が二人の使いっ走りにされている形だが、加藤先生はそれをむしろ喜んでいる節がある。きっと、可愛い男子生徒に頼られていると思うからだろう。正直、薫にとっては、いい迷惑であった。
★★★
かくして薫の放課後は、だいたい週の半分が文芸部、残りの半分が生徒会の活動となり、毎日、最終下校時刻ギリギリまで学校に居残ることになってしまったのである。
もっとも下校の際には、生徒会役員の河村正人、川合光流、吉田舞香、水野碧衣の四人に加え、親友の水瀬美緒がいつも一緒で、週に何回かは生徒会を手伝いに来てくれる三年女子の富田さんに大宮さん、二年女子の井上さんが合流する。そこに必ず高校生の何人かが同行してくれるので、暗くなっても安心だった。
同級生でゲーム部所属の河村直人だけが、ほぼ毎日早く帰っていたのだが、彼の場合も帰宅部の高校生達が迎えに来てくれていた。
ちなみに、ゲーム部の活動は在宅でもオンラインでできるから、彼に言わせると部活をサボってる訳ではないそうだ。
でも、考えてみれば、それっておかしい。普通に家でゲームをやってるのと変わらないからだ。むしろ彼は、母親の千縁さんに対して、「これは学校の部活だから」と、ゲームをやる口実にしてる気がする。いや、絶対そうに決まってる。
そんなこんなで、薫の毎日は瞬く間に過ぎて行く。
最初の中間テストは、学年四位。友達の美里が三位で負けてしまったが、薫の方は別に気にしていなかった。
ところが、二年で生徒会会計の吉田舞香に小言を言われてしまった。
「水草さん、あなただったら、学年一番だって取れる筈でしょう。もっと真剣にやってくれないかな」
「えっ、でも四番だったら、別に悪くはないと思うんだけど。美緒よりもずっと良かった訳だし」
「水瀬さんは、演劇部の方で頑張ってる訳だから良いの。水草さんは、トップを狙える頭脳がありながら、適当なとこで止めちゃうのが、私には気にくわないわけ」
「まあまあ、お嬢の学年四番は、別に咎めることじゃないだろ」
「そりゃあ、川合先輩の五十四位よりは、各段に良いもんねー」
「碧衣は、うるさい。てか、お前は何番だったんだよ?」
「七十七位だよー。へへっ、なんか縁起が良さそうな番号でしょう?」
「舞香は、何番なんだよ?」
「もちろん、学年一番ですけど」
光流は、「ちぇっ」と舌打ちして、部屋を出て行ってしまった。
吉田舞香の言うことは、実は図星である。薫は全然、真面目にテスト勉強とかしていなかった。というのは、テストの直前に文芸部の先輩達から恐怖小説を大量に借りて、それを読むのに忙しかったからだ。
それで、多少は反省した薫は、次はちゃんと頑張ろうと思ったのだった。
★★★
そうこうするうちに夏休みが近付いて来たのだが、今度は女子バスケの夏の地区大会に、何故か薫が補欠選手として借り出されてしまった。正人と光流が言うには、生徒会は何でも屋だから、困ってる部活があったら助けるのは当然なんだそうだ。
発端は、六月頭に行われた校内球技大会だった。薫としては目立たないようにしたつもりだったのだが、バスケ部の目はごまかせなかったようだ。
見るからに運動ができなさそうな薫は、完全にノーマークだった。実際、試合中のほとんどの時間、薫はだらだらと過ごしているだけなのに、何故かチームが負けそうになると、思いもしない所にいて、あっさりとスリーポイントシュートを決めてしまう。
「あの時のスリーポイントは、全部まぐれですから……」
「あのね、まぐれが十回以上も続くと思ってんの?」
「えー、私、文芸部ですし、背もそんなに高くなくて痩せっぽっちだし……」
「水草さん、とぼけるの止めてくんない? 私、全部、川合先輩から聞いてんだけど」
「もう、光流くんったら……」
薫は口を尖らせて、隅の方にいる光流の顔を睨んだ。どうやら黒幕は彼のようだ。
「ねえ、お願い。ただ立ってるだけでもいいからさあ」
「そうそう。そんでもって、できたら球技大会の時みたいなスリーポイント打ってよ」
「でも……」
「水草さん、絶対にマークされないと思うんだ」
球技大会で薫のクラスは準決勝まで進み、決勝では敗れたものの、三位決定戦にも勝ってしまった。一年で三位というのは先生方の記憶にも無いそうで、たぶん初めてじゃないかということだった。
ちなみに女子の種目はバスケとバレーボールで、バスケ部はバスケに、バレー部はバレーボールに出られない。薫のクラスには、たまたま運動のできる子が集まっていて、そういう子を全員バスケの方に持ってきたから勝てたんだと、薫は思っていた。
もちろん、その「運動のできる子」の中には、薫自身も含まれていることには当然、本人は気付いていない。
「お友達の水瀬さんは、出てくれるって言ったよ」
「美緒は、光流くんの彼女だもん、当然っていうか……」
「水草さんだって、川合先輩の推薦でもあるんだよ」
「とにかく、うちは人が欲しいの。お願い、この通りっ!」
薫を勧誘に来た女子バスケ部二年の先輩達は、とてもしつこかった。川田中学の女子バスケ部は弱小で部員の数が少なく、試合に出るには二人ほど足らないらしい。
それで結局、「ほとんどベンチにいるだけで良いから」という条件で、押し切られてしまった。最後は、「美緒も出るんなら、いっか」と思ったからでもある。
その美緒は、第一セットからフル出場だった。薫は、もちろんベンチである。
一回戦の試合は、相手が同じような弱小チームだったこともあり、低レベルでの接戦だった。三年生に混じって最初のうちは活躍していた美緒だったが、途中からマークがきつくなって、後半は全くシュートが打てない。
そんな中、第三セットの途中で、いきなり薫は美緒と交代されてしまったのだ。
「ええーっ、私、ずっとベンチにいるんじゃ……」
「ほとんどベンチだとは言ったけど、全部とは言ってないでしょう」
皆が待ってる中、ここで揉める訳にもいかない。渋々ながらも、薫はコートに向かった。すると、薫以外の全員が肩で息をしている。得点ボードを見ると、川田中学が八点負けていた。
それなのに第三セットが終わってみると、薫はスリーポイントシュートを三回決めたことで、川田中学が逆転していた。
第四セットは引っ込んでても良いだろうと思ったら、主力選手の子が足首を捻挫して出られないという。他にも控えの子はいたのだが、ここで薫が引っ込んでしまえば戦力ダウンで負けてしまうと泣き付かれ、仕方なくそのまま出ることになった。
さすがに第四セットは薫もマークされたみたいだが、そもそも敏捷性で薫が負ける筈がない。それに、逃げ足は誰よりも早いのだ。
結局、薫は再びスリーポイントを三回決めて、川田中学が快勝してしまった。
その後の第二試合は、接戦になった。薫は第三セットから出場したのだが、一度は薫のスリーポイントで引き離したものの、第四セットの終了間際に再び同点にされ、その直後、更にシュートを決められて逆転されてしまった。
薫以外のチーム全員が諦めかけた時だった。何故か誰もいない所にポツンと立っていた薫が、相手チームのこぼれ球を拾った。すると、目にもとまらぬ速さでドリブルしたかと思うと、いきなりシュートを放ち、ボールがリングに吸い込まれて行く。その直後、終了のベルが鳴った。
更に第三試合、川田中学は県大会優勝を目指す強豪校と当たってしまって、ぼろ負けだったのだが、それでも薫だけはスリーポイントを何度も決めていて、相手チームの子達に首を傾げられていた。
「何、あのチビ」
「なんで、あんなとこに居んの?」
「あの距離からのシュートなんて、有り得ないっしょう」
漏れ聞こえてくる言葉を全てスルーして、薫はベンチに戻って行く。疲れ切っていても、どこかやり切った表情の先輩達に「お疲れ様」を言われ、更にベンチで応援していた美緒に「頑張ったね」と言ってもらって、一緒に更衣室に向かった。
その更衣室では、薫の話題で持ち切りだった。
「……二回戦の最後のシュート、凄かったよね。気が付くとノーマークの場所に水草さんがポツンといて、ボールが水草さんの方に転がってくんだもの」
「でも、本当に凄かったのは、ボールを持ってからだと思うよ。普通、あの場面だと緊張してガチガチになるじゃない。それを涼しい顔してポイっとボールを放ったかと思うと、それがスポッとリングに入っちゃうんだもん。私、夢を見てるんじゃないかって思っちゃった」
「ふふっ、先輩、薫は昔から、いつも土壇場で強いんです」
「そう言えば、あの岩田大魔神に楯突いたのって、水草さんなんだってね。それ聞いた時は、『信じられない』と思ったんだけど、今日の試合を見たら、納得だわ」
更衣室で制服に着替えると、本来のバスケ部員達は、「残りの試合を見てから帰る」とのことで、会場に戻って行った。
正式な部員でない美緒と薫は、先に帰らせてもらうことにした。
男子の試合も同じ会場だったら、正人や光流を応援するのだが、今回は別の場所で行われている。それに男子は二日間に分けて行うようで、既に美緒のスマホには光流から、『今日は終わった。明日の応援よろしく』のショートメールが入っていた。
会場の天王市立体育館から外に出ると、夏の強い陽射しが照り付けてきた。時刻は、午後三時。まだまだ一番暑い時間帯だ。
そこに三年生達が、わざわざ薫たちを見送りに来てくれた。
「えーと、あなた達は、どうやって帰るの?」
「美緒のお母さんが、車で迎えに来てくれることになってます」
「もう連絡してあるから、たぶん、あと10分くらいで来ると思います」
今朝は二人共、水草家の車で野崎小夜が送ってくれたので、帰りは水瀬のおばさんが送ってくれることになっているのだ。
「そっか。じゃあ、安心だね。今日は本当にありがとう。まさか、三回戦まで行けるとは思ってもみなかった。全部、二人のお陰だよ」
女子バスケ部のキャプテンだった先輩に、深々と頭を下げられてしまった。すると、他の三年の部員達が抱き着いてきた。気温の高さもあって実に暑っ苦しいのだが、断る訳にも行かない。しかも、さっきのキャプテンも含めた四人全員に、次々と抱き締められる。
四人全員が泣いていた。それで涙もろい美緒は当然、もらい泣きだ。
その後、キャプテンから「これからも宜しくね」と言われてしまい、美緒が涙声で「分かりました」と応えたので、『こんな時に言うのは反則だ』とは思いつつも、薫も空気を読んで頷いておいた。
今の女子バスケ部は、三年が四人で二年と一年は二人ずつしかいない。秋の新人戦は、薫と美緒が再び引っ張り出されたとしても、更に二人必要だ。
もしも見付からなければ、古川麻友と麻友の舎弟のケバい系でも引き摺り込むしかないか。
そんなことを脳内で思い描いてしまった薫だった。案外、薫も絆され易い質なのである。
「なんか、良い事したって気分だね」
帰りの車の中で、美緒がしみじみと言った。
「それはそうだけど、結構、疲れたね」
「お腹空いたね。お昼、おにぎりだけだったもんね」
「そだね。お腹空いたし、喉も乾いちゃった」
「ねえ、お母さん、今日のご飯、早めにして」
「はいはい。薫ちゃんも、たまにはうちで食べてく?」
水瀬のおばさんに誘われたけど、まだ午後四時にもなってない。それに、妹の楓のことを考えて、薫は「ありがとう。でも、うちで食べます」と答えた。
外は、まだまだ夏の陽射しが強くて、その前に薫は、『おやつを食べなきゃ』と思った。
「そうだ。うちの大きい方の冷蔵庫に、ちょうど食べ頃のスイカが冷やしてあると思うから、美緒もうちに来て食べない?」
「良いねえ、スイカ」
「でしょう」
やっぱり、夏はスイカだ。
「あ、そうだ。正人くんと光流くんも呼んであげよっかな。男子は、明日もあるんでしょう?」
「うん。準決勝と決勝だけだけど。でも、地区大会だから、たぶん勝つと思うよ」
「だったら、明日の応援は、もう良いよね?」
「薫は、行かないってこと? なんでえ? 一緒に行こうよ」
もちろん、薫は気が進まないのだが、ここまで美緒に強く言われると、行かざるを得ない。美緒は、光流が活躍している所を見たいのだろう。
薫が仕方なく頷くと、美緒は満面の笑みを浮かべながら、早速スマホを操作し始めたのだ。
そして、二十分後。祖母、幸子の縁側に並んでスイカにかぶり付く、男女四人の姿があった。
特に、光流の隣に寄り添い、普段りも小さめに口を開けてスイカを頬張る美緒の横顔は、とても嬉しそうだった。
だけど薫は、そのうち何となくむず痒くなってしまい、足をぶらぶらさせて空を見た。まだまだ明るい真夏の空は、いつもよりも青く眩しく見えたのだった。
★★★
美緒と光流が付き合い出したことは、すぐに全校に知れ渡った。光流が美緒に告白した翌日、二人がカップルになったことのお披露目として、二人は手を繋いだ状態で校内のパトロールを行ったからだ。
もっとも、二人の後には薫と麻友、そしてケントとセイヤが付いていた。これら四人の目的は社内のパトロールというよりも、二人の監視である。ちゃんと手を繋いでいるかどうかを見張っているのだ。
そして、このデモンストレーションの効果は絶大だった。川田中学のマドンナとプリンスが付き合うことになったのだ。このカップルには、さすがに誰も意義を唱えることができなかった。そして、この日を境に、美緒に告白する男子は、ようやく影を潜めたのである。
ところが、それから一ヶ月以上が過ぎたある日のこと……。
「ねえ、川合先輩。あ、美緒も、こっちに来なさい」
「何だよ、急に」「どうしたんですか、舞香先輩?」
「お二人は、うちの前で交際宣言をしておきながら、付き合っている男女がするようなことを全くしてないんじゃないですか?」
「そうだ、そうだー」
生徒会室で突然、仁王立ちして二人を糾弾し始めたのは、生徒会会計の吉田舞香と書記の水野碧衣だった。
「そんなこと言ったってなあ。あ、全く何もしてないわけじゃないぞ。こないだだって、中州の堤防の上、散歩したし……」
「そん時、俺と薫だっていたぞ」
「あ、そういや、こないだ、お嬢の屋敷でスイカ食ったな」
「そん時だって、私と正人くん、一緒にいたじゃない」
「それに、俺らって毎日、一緒に登下校してる訳だし……」
「それは、中州の子、全員一緒でしょうがっ!」
そうなのだ。美緒と光流は、だいたい一緒にいることが多い。そんな中、付き合ったからと言っても、特に何も変わりようが無いのである。
それに、中州にいる以上、デートの場所というのも限られる。現実問題として、二人が高校生にならないと、一般的なデートだってままならないのだ。
そんな議論が小一時間ほど続いた後、結局、舞香と碧衣は諦めた。
「まあ、二人がそれで良いんだったら、別に良いんだけどね」
「だね。無理に大人の階段、登らせることないかもね」
「美緒は、木登りだったら、得意だよ」
「姉御、それ、違うから」
「えっ?」
皆から薫の方に、何故か生暖かい視線が向けられる。
ともあれ、美緒と光流の生徒会カップルは、派手な交際宣言をしたものの、今までどおりの毎日を過ごして行くことになったのだった。
★★★
薫は、美緒と光流のカップルを暖かく見守ることにしたのだが、何故か男子バスケ部の試合がある度に、毎回、応援に駆り出されることになってしまった。美緒が、「自分だけで行くのは嫌」と光流に言って、何故か光流が薫に、「美緒と一緒に来て欲しい」と泣き付いてくる。根負けして行ってやると、そのうち、それが当たり前になってしまったわけだ。
行きも帰りも親達の誰かが車を出してくれるので楽ではあるのだけれど、美緒と二人だけっていうのが納得できない。美緒は光流の彼女だから当然にせよ、何で自分まで行かなきゃなんないんだろう。だいたい、正人の弟の直人にしろ、光流の姉の華月にしろ来たことないのに、正人と光流、どちらの彼女でも家族でもない自分が毎回、応援に行くのは、絶対におかしい。
そもそも薫は、応援というのが好きじゃない。ただ見てるだけなら良いのだけど、応援となると声を出さなきゃならない。別に、手を叩いてるだけでも良さそうなものだが、美緒に強要されてしまうのだ。どうやら、「声を出さなきゃ、応援じゃない」というのが、美緒のポリシーらしい。
そんな薫の不満を余所に、正人と光流のいる男子バスケ部は、なかなか負けなかった。県大会を経て東海大会まで進み、全国大会に出られる寸前でようやく負けてくれた。
薫は、そこでホッと安堵したのだが、美緒はしきりに悔しがる。全国大会となると、バスに乗って遠くまで行けるからだ。東海大会でもバスだったけど、全国大会の会場はもっとずっと遠い。
薫も遠くまで行けるのは少しだけ嬉しいのだけど、どうせトンボ返りなのだ。道中のほとんどがバスの中である。その間、美緒は光流と隣同士でいられるから良いけど、薫にしたら苦行でしかない。
そうして、バスケの応援が終わったことで、薫はようやく夏休みを満喫できることになった。
この夏休み、薫は妹の楓と多くの時間を過ごし、母の佳代とも買い物等で出歩いたりもした。早朝、安倍紗理奈に護身術というか空手を教えてもらい、紗理奈が来ない日でも河原を走ったりして、体力づくりに励んだ。
夏休みの間、さすがに文芸部の活動は無くて、生徒会の方は、中州の公民館に集まって、秋の行事の進め方についての意見を交わしたことがあった程度。勉強の方は、学校の宿題を早々に済ませ、たまに祖母の幸子に課題を与えられて、それをこなすのと、あとは分校にある図書室で借りてきた本を片っ端から読んだ。八月の終わりが近付くと、美緒と直人の宿題を手伝ってやった。
でも、この年の夏休みを振り返ってみると、『ほとんど遊んでいたんじゃないか』と薫は思っている。
一番多く遊んだのは美緒で、美緒はだいたい光流といたし、正人とも一緒のことが多かったから、結局、四人で遊ぶことが多くなってしまった。と言っても、大河に足を浸したり、シジミを採ったりしたり、自転車を走らせて河向こうのプールに行ったり、後は室内で映画を観たり、ゲームをやったりした程度だ。
一年下の中野美香や八木瑛太とも、よく遊んだ。分校でバスケをすることが多かったけど、大河の河原で遊んだりもした。
美緒の叔母の朱音に車を出してもらい、天王夏祭りにも行った。朱音には、時々ドライブに連れて行ってもらったし、一度は海水浴に行ったこともあった。
水草家のお盆の集まりでは、美味しいご飯を食べてから、お墓参りをしたし、小さい子の相手をするのも楽しかった。
そうして中学一年の夏休みは、あっという間に終わり、再び薫は川田中学校に毎日、通うようになった。
それから、まもなくして期末テストがあって、薫の成績は学年ニ位だった。ひょっとしてと思って美里に訊くと、やっぱり一番で、薫とは僅か五点差。それに主要五教科の順位は、薫の方が勝っている。
『これくらいなら、良いだろう』と思って生徒会室に行くと、またもや吉田舞香から、「何で薫は、あとちょっとの所で一位を他の子に譲っちゃうのかなあ」と嫌味を言われてしまった。あとちょっとの所とか言うが、スポーツとは違ってテストの場合、「あとちょっと」をどう頑張れば良いのかが、薫には分からない。
「あのね、薫。いくら友達だからって、一番を譲る必要なんかないんだよ」
どうやら舞香は、誰が一番だったのかまで掴んでいるようだ。たぶん、生徒会顧問の加藤律花先生から聞いたんだろう。
「別に意識して譲ったりしてないんだけど」
「本当に、そうなの? 私には、そうとは思えないんだけどね」
「だいたい、一位を譲るなんて、どうやれば良いわけ? そんな器用なこと、私にできる訳ないじゃない」
「どうせ、『百点ばっかだと目立つから、ちょっと間違えとこう』とか思ったんじゃないの? 私はね、そろそろ、そういうのを止めなさいって言ってんの」
確かに、そういう意識が無かったとは言えない。特に家庭科とか保健体育とか……。
「あのね、加藤先生も『水草さんは、ポカミスするような子じゃないのに、変ねえ』とか言ってたわよ」
どうやら、加藤先生にまで読まれていたようだ。これは、ちょっとマズい。先生を通して、そのことが美里に伝わってしまうかもしれないからだ。
美里にも「次は五教科でも薫ちゃんに勝つつもりだから、お互いに頑張ろうね」と言われている。「実は、手抜きしてた」なんてことが美里に分かってしまったら、絶対に彼女を傷付けてしまう。
「分かった。次は、ちゃんとやることにする」
「そうして頂戴」
薫は、『今度こそ、きちんとやろう』と心に誓ったのだった。
ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。
次話も薫の中学生の時の回想になります。生徒会役員に立候補します。
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