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第70話:妹と三つ編みのおさげ <薫サイド>

見直しました。


水草薫みずくさかおるの家族を奈落の底にまで追い込んた借金問題だが、実は悪いことばかりではなかった。

借金をこしらえた張本人、父のたけしが酒浸りを止めて、祖母の幸子と一緒に家の財政立て直しに躍起になり始めたことで、しゅうとめから解放された母の佳代が、ようやく子育てに目覚めたのだ。


具体的には、こういうことだ。

祖母の幸子が家の立て直しで手一杯となったことで、今までみたいに嫁や孫達の面倒を見られなくなった。その為、幸子の佳代に対する嫁教育は中断され、更に、それまで幸子が佳代に言い付けていた仕事が、使用人の野崎小夜(さよ)の方に行くようになった。これは小夜の方が手際が良い為で、これまでの様に、時間を掛けて佳代に教えている余裕が無くなったということだ。

これによって佳代は暇を持て余すようになった一方で、前よりもっと多忙になった幸子はもちろん、小夜もあまりかえでの面倒を見られなくなってしまった。つまり、楓にとって、幸子にも小夜にも構ってもらえない状態が発生したわけだ。


暇になった佳代は、一人で淋しそうにしている末娘の楓の方に目が行くようになる。そして、その子を観察しているうちに、最近は小夜が忙しいせいで構ってもらえず、ほったらかしにされていることに気付いてしまう。

だったら自分が面倒を見るべきだと思い、おっかなびっくりで近寄って行くのだが、警戒されてしまって懐いてはくれない。そこで初めて佳代は、今までの自分が母親らしくなかったことに思い至るのだ。

それなりに反省した佳代は、遅ればせながら、『この子は自分で育てよう』と密かに決心したのだが、とはいえ、全く勝手が分からず途方に暮れてしまう。その頃、佳代の子育ては、まさに前途多難の状態だった。


この時、楓は四歳だった。その楓にしてみれば、大好きな姉の薫は中学に行ってしまい、暗くなるまで帰って来てくれないし、お祖母ばあちゃんはお仕事ばかりで、ちっとも一緒に遊んでくれない。あまり好きでないけど、一応は面倒を見てくれていた使用人の小夜も近頃は忙しくて、おやつの時間ですら忘れてしまう始末。

そんな中、今まであまり話したことのない母の佳代が突然、やたらと近寄って来ては何かと世話を焼いてくる。

そのことに楓は混乱し、困惑していた。


楓は、今まで佳代のことが嫌いだった。いつも怒った顔をしていて、全く構ってくれないからだ。まあ、父のたけしよりはましだけど、その次に嫌い。小夜さんの方がずっとまし。瀬古さんと野崎さんは、まあまあ好きで、アルバイトのお兄さん達もだいたい好き。

だけど、やっぱり大好きなのは、お姉ちゃんとお祖母ばあちゃん。お姉ちゃんとよく一緒にいる美緒さんも好き。

当時の楓は、こんな感じだったのだ。


楓にしてみれば、佳代に対する不満はたくさんあった。

何か良く分からないことばかり言ってきて、放っておくと勝手にあたふたし出して、そのうち何故か怒り出してしまう。そうかと思うと、やたらと構ってきてうっとおしい。それに、小夜みたいに気前よくおやつをくれないのも、楓には不満だった。


ちなみに中州なかすには幼稚園が無い。代わりに行われているのが、本家に分家や使用人の子供を集めて一緒に面倒を見ることだが、薫の時はそれも無くなっていた。

強いて言えば、親方衆の会合がある時に子供が集まるようにしてもらえたことぐらいだ。


さて、子育てに悩む佳代に救いの手を差し伸べてくれたのは、河村千縁(ちより)と並ぶ佳代の友人、八木若菜(わかな)だった。

千縁も若菜も佳代とは幼馴染で、同じ天王北高の先輩だ。ただし、千縁の方も子育てのアドバイスを度々くれたりするのだが、彼女の下の子が薫と同級生の直人なおとなので、楓を対象にしたママ友にはタイミング的に合っていない。

その点、若菜の方は下の子の颯太そうたが楓のひとつ下で、ママ友にはぴったりだった。


若菜は佳代より二つ年上なのだが、八木家が水草の分家筆頭ということもあり、特に結婚後は近しい関係だった。それでも本当に親しくなったのは、佳代が本格的に楓の面倒を見るようになってからである。

二人は共に子供を連れて毎日のようにお互いの家を行き来したり、一緒に散歩したりもした。

若菜も中州の生まれなので、分校の時から佳代のことは知っていた。引っ込み思案で話し下手の佳代とは違い、若菜は面倒見の良い性格だ。それに佳代より年上ということもあって、佳代にとっては頼りがいのある姉のような存在だったのだ。


そうした母親達の関係は、楓と颯太そうたでは逆だったりする。楓にとって、颯太はひとつ年下。幼児の一歳差は絶対で、お姉ちゃんとして楓は一方的に颯太の面倒を見る立場だった。

若菜に用事があったりすると、佳代が颯太を預かることもあるのだが、そんな時、佳代は二人に字を教えたり、絵本を読んだりする。だけど、四歳の楓以上に三歳児の颯太の扱いは難しく、不器用な佳代が声を荒げたりすると、すぐに泣き出してしまう。そんな颯太をなだめるのは、いつも楓の役目なのだった。


そんな感じで楓の方は不満だらけだったのだが、小さな娘と毎日一緒に接していることで、佳代も少しずつ子供をあやすコツを掴んで行った。最初は楓がぐずったりすると、彼女が何を要求しているのかさっぱり分からずに放置するしかなかったのが、梅雨つゆが開けた頃には、だいぶ母親らしくなっていた。

以前は楓を抱くことさえ、おっかなびっくりだったのに、その頃になると佳代の抱き方も多少はさまになってきた。それで、夕方の散歩の帰り道など、楓の方から「抱っこ」をねだられるようになった。

最初に楓が両手を広げて「お母さん、抱っこ」と言い出した時、佳代は戸惑いながらも感動で胸が一杯になった。『ああ、なんて愛おしい生き物なんだろう』と心の中で呟いて、初めて母親になった幸福を噛み締めることができたのだ。

そうして佳代は胸の中の楓のことが、愛おしくてたまらなくなったのだった。


楓との散歩でそんなことがあってから、しばらくして、ふと佳代は思った。

そう言えば薫の時は、だっこしてやったことがあっただろうか?

佳代が記憶を探って行くと、薫を胸に抱いたのは生まれたての赤ちゃんだった時だけで、その後が思い出せない。夫のたけしが抱いているのを見たことはあるけど、自分の手で抱き上げたことは、もしかすると無いのかも……。


それで初めて、『これはまずい』と思った佳代は、夕食の後の薫を呼び止めた。

呼ばれた方の薫は、佳代から何か言われる心当たりがまるで無いので、首を捻るばかりである。

季節は七月。もうすぐ夏休みだ。


「薫、最近、学校はどう?」

「えっ、普通だよ?」

「普通ってどういうことなのかを聞いてるんだがね」

「だがねって言われても……」


そこで佳代は意図せず自分が薫を問い詰める格好になっているのを自覚して反省したのか、急にトーンを下げてきた。


「あのね、薫。私、思ったの。今まで私って、あんまり親として薫と接して来なかったじゃない。だから、これからはこうして、できるだけ話をする機会を持ちたいと思うの」

「えー、何で?」

「何でって、親子だからでしょう?」

「うーん、別にいいよ、無理しなくって」

「無理って何よ、無理って?」

「だって、お母さん、無理してるじゃない。今だって一生懸命、怒らないようにって頑張ってるでしょう?」

「……まあ、そうだけど」

「だから、頑張んなくてもいいと思うよ、親子なんだし、もっと気楽にやったら?」

「……っ」


そんな風に娘の薫に言われてしまった佳代は、もはや項垂うなだれて黙り込むしかなかった。



★★★



薫に言わせると、とにかく佳代は不器用な人だ。その佳代が、最近になって妙に馴れ馴れしく話し掛けてくる。佳代は佳代で、今までの薫に対する対応がマズかったことを、今頃になって反省しているらしい。

薫は妹の楓からも報告を受けていて、最近、佳代が楓のことも、とかく構いたがっていることを知っている。そして、楓の方も徐々に佳代に懐いてきていることも分かっている。


薫とて正直な所、何を今更という思いがないわけじゃない。だけど、その一方で「仕方ないなあ」と思える程に薫は既に大人だった。

もちろん、年齢的には思春期に差し掛かったばかりだし、本来なら親に反発したがる年頃なのだが、薫の場合、幼少期の母親との関係からして既に普通ではない。佳代に何かを要求しても意味が無いことを、小さい頃から骨の髄まで理解し尽くしているから、佳代に反航するなど有り得ないのだ。


そんな薫であっても、妹の楓に対する思いは少し複雑だ。薫には、子供はやっぱり母親に世話されて育つべきだという思いがある。

河村直人(なおと)と彼の母親の千縁ちよりとかを見ていて感じることだが、直人がゲームばっかやって千縁に叱られたりすると、薫としては少しだけ羨ましかったりする。だから、「楓は、佳代にもっと歩み寄って、本来の母子関係を再構築して欲しい」とか思ってしまう。

ただ、そう思う反面、やっぱり薫は少しだけ淋しい気持ちになってしまうのだった。


「お姉ちゃん、今日、お姉ちゃんと一緒に寝て良い?」

「良いけど、私、宿題があるから、十時過ぎにならないと寝ないよ」

「分かったあ。楓も十時まで頑張って起きてる」

「楓、それは駄目だよ。そんなことしたら、明日の朝、起きられなくなっちゃうでしょう。小さい子は早く寝ないと駄目なの」

「えー、お姉ちゃんだけ、ずるーい」

「ずるくないよ。私も楓くらいの頃は、ちゃんと八時には寝てたんだよ」

「そうなの?」

「そう。ほら、じゃあ、楓が寝るまで少しの間、一緒にお布団にいてあげる。だから、こっちに来て寝なさい」


薫は、そう言って楓を自分の布団の上に寝かせて、部屋ぎのジャージのまま、その隣に横たわる。そして、楓の頭を優しく撫でてやるのだ。


「ねえ、お姉ちゃん。今日もお母さんと土手の方に散歩に行ったよ」

「そっか、良かったね」

「うん。颯太そうたくんと颯太君のお母さんも一緒だったんだよ。でね、颯太くん、いきなり川辺の方に下りようとして怒られてた。そんでも、ちょっとだけ下りて、砂の上、歩いたんだよ。そしたら、靴の中に砂がいっぱい入っちゃって、玄関で靴を脱いだら、砂がザーッと出てきたの。そんで、お母さんが怒って、靴下脱げって言うから脱いだんだけど、そのままお風呂場に連れて枯れて、足に冷たいシャワーを掛けるんだよ。楓が冷たい冷たいって言っても、『我慢しなさい』って、ちっとも止めてくんないの……」

「そっか」

「お母さん、最近、楓のこと、良く怒るんだ。前は、あんまり怒んなかったのにね」

「そうなんだね」

「うん。でねでね、怒られるのは嫌なんだけど、後でちょっと嬉しい感じがするんだよ。ねえ、お姉ちゃん、なんでなんだろう」

「ふふっ、そっか、良かったね」

「もう、お姉ちゃんも変。怒られたのに、良かったねは変だよ」

「そうだね。少し変かも」

「だから、ねえ、なんでなの?」


楓は、素朴な疑問を一生懸命にぶつけてくる。大きな黒い瞳で見詰められると、薫も答えざるを得なくなってしまった。


「それはね、お母さんが楓のこと、前よりもっと好きになったからだよ」

「えっ? どうゆうこと?」

「あのね、小さい子の楓がちょっと悪さをしたくらいじゃ、普通の人は怒んないんだよ。それでも怒ってくれるのは、楓のことが好きだから」

「ええーっ、好きだから怒るの? なんか変なの」

「正確に言うとね、そういうのは『怒る』じゃなくて、『叱る』って言うの。『怒る』と『叱る』は違うんだよ。叱ってくれるのは、楓のことを好きな人だけ。分かった?」

「うーん、なんか分かったような分からないような感じかも」

「まあ、そのうち分かるよ。さあ、そろそろ寝なさい」

「うん」


やがて眠りに落ちた妹のあどけない寝顔を見ながら、この寝顔のように穏やかな毎日が将来もずっと、この子に訪れることを、薫は切に願うのだった。



★★★



薫が中学でどんどん忙しくなって行く中、薫が楓の面倒を見てやることには限界がある。


祖母の幸子の方は、相変わらず忙しい時間の合間を見ては薫と楓に作法や躾、様々な教育を施すように努めてくれていたけど、日中の激務に加え、既に六十を超えた年齢のこともあって、なかなか祖母が思うように進んではいなかった。

それでも薫には、それまでの蓄積があるので、まだ自分で何とかできる部分があるのだが、まだ幼い楓の場合はそうも行かない。佳代は佳代で自分で教えられることは教えようとしているようだったが、薫も時間を見付けて楓の勉強だとか、礼儀作法等を見てやることにしていた。

薫の場合、思えば小学校に上がる前に、読み書き算術に身のこなしや礼儀作法等、かなりのことを祖母から教えてもらっていた。それと同じことを楓に施すのには無理があるが、薫は薫なりに、できるだけのことはしてやりたいと思ったのだ。そして、その結果だけを幸子に見てもらう形にすれば、幸子も助かる筈だ。


それでも薫は中学の方がどんどんと忙しくなって行って、そのうち高校受験のことを考えないといけなくなったりで、どこまでやれたかは実に心もとないと言わざるを得ない。

楓の場合、薫の時よりは佳代が面倒を見るようになったとはいっても、佳代が教えられることには、どうしても限りがある。そうかといって、幸子にしろ薫にしろ、そんなに頻繁に楓の相手はできない訳で、結局、借金問題のゴタゴタで家が傾いて行く中、一番大きな煽りを受けたのは楓なんじゃないかと薫は思っている。


ただし、ひとつ救いがあるとすれば、それは野崎小夜(さよ)のことだ。薫は小さい頃、小夜から嫌われていたのだが、楓の場合、結構、可愛がられていたようなのだ。

楓は、薫と違って割と普通の子だった。つまり、薫のように無表情でも愛想が悪い訳でも無かった。それに、その頃は小夜の方も更年期が終わり、夫婦関係も改善したことから、表情が随分と穏やかになっていた。


それでも、薫が小夜に対して微妙な対応をしていたことから、楓も小夜のことは警戒していたのだが、それも徐々に普通に接するようになって行く。

たぶん、幸子も薫も多忙だった為、佳代が何か仕事をやっている時は、小夜に頼らざるを得なかったこともあるのだろう。そんな風に小さい子から頼られて、邪険にするような人間はそんなにはいないし、楓にしても小夜が自分に優しくしてくれるのであれば、やがて警戒を解いて普通に甘えるようになる。


とはいえ、楓の場合、それだけでは甘え足りなかったんじゃないかと薫は思っている。というのは、楓は未だに甘えん坊な面があるからだ。

もちろん、薫は家にいて忙しくない時は、できるだけ楓と一緒にいて、あれこれ世話を焼いたり、勉強を見てやったり、身のこなしやマナー等を注意してやったりしていた。でも、やっぱり、それだけでは足りなかったんだろう。


それに、薫が東京に行ってからの日々は、薫が大変だった以上に、楓にとっても過酷なものとなって行くのである。

そのことを思う時、どうしても薫は楓に対して、密かに引け目を感じてしまうのだった。



★★★



薫は小さい頃、髪の毛は短かった。世話係の小夜さよが髪の手入れを面倒くさがったからだ。

そんな薫も、小学校に上がる前の年に親友の水瀬美緒みなせみおと会ってから、伸ばし始めた。もちろん、美緒が勧めてくれたのが理由だ。


癖の無いストレートで、ただ伸ばしているだけの髪だ。前髪は、横に切り揃えている。

時々、後ろで束ねたりはするけど、編んだりしたことは無い。単に、今まで誰も髪を編んでくれる人がいなかったからである。


ちなみに、美緒の髪の毛は肩までの長さで、緩めのパーマが掛かっている。ふわふわした感じで、薫は大好き。触ると、とても気持ちが良い。

美緒が髪の毛を編んでる所は薫は見たことが無いけど、彼女の場合、叔母の朱音あかねのお勧めで、今みたいな髪型にしているのだろう。


妹のかえでの髪は、小さい頃から割と長い。明確に小夜からの愛情の差を見せ付けられているようで、薫としては少し複雑だ。だけど、薫の目から見ても楓は可愛いので、薫は仕方がないと思うようにしていた。


ある日、薫が学校から帰って来ると、楓の髪の毛が三つ編みのおさげになっていた。薫が「どうしたの?」と訊くと、返って来たのは「お母さんにやってもらった」だった。

楓の三つ編みのおさげは、なんか凄く可愛くて、薫は制服を着たままの格好で思わずムギューっと抱き締めてしまった。


そして、薫は考えたのだ。

今までだって、私はずっと長い髪だったのに、誰も三つ編みおさげにはしてくれなかった。それって、やっぱり私が可愛くなくて、そんなのやっても無駄だと思われてたってことじゃないだろうか?


翌朝、薫は中学校に行く途中、水瀬美緒の隣に自転車を並べて、その話をしてみた。

美緒の反応は、案の定だった。


「あのさあ、薫が可愛くない訳ないじゃん。もう、何万回、あたしに同じこと言わせたら、気が済むわけ?」


やっぱり美緒は当てにならないと思った薫は、教室に行ってから、後ろの席の松川穂香(ほのか)にも三つ編みの話をしてみた。


「あ、それって良いかも。きっと似合うよ」


そう言うと穂香は、教室の後ろで男子達と何やらやり合っていた花田美里はなだみさとを呼んで、彼女とも三つ編みの話を始めてしまった。


「うん。私も似合うと思うよ」

「いやいや、私には似合わないって」

「いーや、ぜーったいに似合う」

「美里ちゃん、そこまで強く言わなくても……あ、そうだ。だったら、昼休み、やってみようよ」

「えっ?」


穂香から思い掛けない提案がされて、薫は珍しく動揺してしまった。

もしも、三つ編みが似合わなかったらどうしよう。いや、可愛くない自分には似合う訳ないんだから、きっとみんなに笑われる。

もちろん、見た目は無表情のままなのだが、薫は内心ドキドキだったのだ。


そして昼休み、給食を食べ終えると、早速、穂香と美里が薫の両側に椅子を持ってきて、それぞれが薫の左右の髪の毛を取って編み始めた。当然、相当に目立つ。最初は何をやるんだろうと思っていたクラスの他の女子達も徐々に集まって来て、薫たちを取り囲んでじっと見ている。そんなに面白いものとは到底、思えないのに、何故か誰もが真剣な眼差まなざしだ。

そんな中、隣のクラスの古川麻友(まゆ)が取り巻きの輪をくぐり抜けて、薫の前に立った。


「姉御、三つ編みおさげですかあ?」


薫は、『見れば分かるでしょう』と思いながらも、首を縦に振った。途端に、両脇の穂香と美里から「動かないでよ」のクレームが入る。


「あ、ごめん」

「もう、あと少しなんだから、じっとしててよね」

「私の方も、あとちょっと。薫ちゃんの髪の毛って、柔らかくて編み易いよね」

「そうそう。こんなに長いのに、つやがあって綺麗な髪で羨ましいな」

「たぶん、これって相当に良いシャンプー使ってるんだと思うよ。良い匂いするもの」

「そうかも。私、このラベンダーの匂い、大好き」

「姉御って、中州の名家のお嬢様ですもんね。当然ですよ。家なんか、すっごく、でかいらしいじゃないですかあ。川合先輩が言ってましたよ。この学校の敷地よりもでっかいかもって」

「ええーっ、そうなの?」

「うわあ、良いなあ」

「もう、麻友ったら、余計なこと言わないの。うちなんて、だだっぴろいだけで、なーんにも良い事なんかないんだからね」

「でも、周りにお堀が合って、お城みたいなお屋敷だって言ってましたよ」

「もう。こんなみんなが見てる所で言わないでよっ!」


薫が麻友に少し強い口調でたしなめた所で、両脇の二人がほぼ同時に「できたあ」と叫んだ。


「うわあ、かっわいいですよー、姉御」

「えっ、どれどれ」「うわあ、ホントだ」


薫の前に来た穂香と美里までもがそんな風に言うもんだから、薫はますます気になりだした。


「えっ、本当は似合って無くて可哀そうだから、可愛いって言ってくれてるとかじゃないの?」

「もう、薫ちゃんったら、何ボケたこと言ってんの?」

「私が可愛いって言ったら、可愛いに決ってるんだからね。ほら、手鏡。ちゃんと見なよ」


さっと美里に差し出された手鏡には、見慣れた地味な女子の顔が写っていて、黒髪の長い三つ編みおさげは、そこそこ似合っていた。

案外、この髪型は、地味系女子に似合うのかもしれない。


本当は全く地味ではなくて、美少女に磨きが掛かった状態なのだが、あくまで薫の認識では「地味」なのである。


「うん、良いかも」

「でしょう。これ、結構、イケてると思うよ。文学少女って感じで」

「いやいや、それより、深窓のお嬢様でしょう」

「いいですねえ。こういう一見おしとやかなお嬢様が、実は影の……」

「こら、麻友ったら、それ、言っちゃ駄目でしょうが」

「ご、ごめんなさい」


危ない所だった。薫が麻友を睨み付けると、麻友は可哀そうなくらいにうなだれてしまったので、薫は慌てて「もう、二度と言っちゃ駄目だよ」と言いながら、そっと彼女の髪を撫でてやった。麻友の茶髪は、とにかく触ると気持ちが良いのだ。


と、その時、フラッシュが光った。


「おたから映像、ゲットだぜー」

「もう、何を撮ってんのっ!」「こらっ、セイヤ!」

「ヤ、ヤバっ……」


その後、薫は麻友と一緒にセイヤを追い駆けて行って、ボコボコにしてやったのは言うまでもない。



★★★



その日、帰宅した薫は、妹のかえでから大歓迎を受けた。薫が自分と同じ髪型なのが、とても嬉しかったようだ。

でも、薫の方が髪の毛が長い分、見栄えが良い。それに楓の三つ編みは、良く見るとあちこちがほつれていて、あまり出来栄えが良くなかった。一方の薫の方は、丁寧にきつく編んである。


「お姉ちゃん、それ、自分で編んだの?」

「ううん、違うよ。お友達が編んでくれたの」

「そのお友達、うちに来ないかなあ」

「うーん。うちは遠いからなあ」


そう言うと、楓が悲しい顔をする。

助け船を出してくれたのは、意外なことに小夜さよだった。


「薫お嬢様。三つ編みだったら、私が得意ですよ。さあ、楓お嬢様の髪、もう少しきちんと編んで差し上げましょう?」


小夜がそう言うと、楓はパッと明るい笑顔になって、小夜の所に飛んで行った。

そして、あっという間に綺麗な三つ編みおさげの完成である。


その時、大はしゃぎする楓の横で、薫は佳代が何となく浮かない顔だったのが気になってしまったのだが、こればかりは仕方が無い。


この日以降、佳代は楓を練習台にして、小夜から三つ編みを習うことになる。そして、真剣に繰り返し何度もやって、一週間後には佳代も完璧な三つ編みをマスターできたのだった。

その佳代は、その後、薫の髪も編んでくれるようになった。三つ編みが意外にも、母と娘のコミュニケーション促進のツールとして役だったということである。


尚、この三つ編みのおさげは、薫が中学生の間、ずっと薫の髪型の定番になった。髪の毛も継続して伸ばしたので、卒業する頃には背中の中ほどを過ぎるまでの長い三つ編みおさげとなったのである。

もっとも、運動する時は邪魔なので、頭の後ろでお団子にする。ちょっと手間ではあるのだけど、歩くと揺れる顔の両脇のおさげが薫としても結構、気に入っていたのだった。






ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。

次話は再び薫の中学生活の話に戻ります。薫の中学時代の話、もう少しお付き合いください。


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