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第67話:川田中学校(2) <薫サイド>

見直しました。


水草薫みずくさかおるのクラスの担任教師、岩田達夫いわたたつおが怒りと共に教室を出て行った後、五秒程して教室内は一気に騒然とし出した。

誰もが誰かを捕まえては、つい今しがた起こった出来事についての勝手な感想を言い合っている。


そんな中、薫の頭の中は未だに混乱していた。

岩田と対峙したのは、これで二度目だ。だけど、前回同様、何故こんなことになったのかが薫には、まるで分からなかったのだ。

それに、今日の所は何とか逃れられたけど、次に会った時は逃げられるかどうか分からない。幼い頃とは違うのだ。ここは学校で、自由気ままに行方ゆくえを眩ますことなんてできやしないのだから……。


「大丈夫? 水草さん」


声を掛けてきてくれたのは、隣の席の花田美里はなだみさとだった。


「うん。ちょっと、びっくりした」

「だよね。いきなりだもの」

「でも、あの先生、何で私にばっか怒るんだろう?」

「そうだよね。私もすっごい不思議」


美里は、中途半端に笑った薫の顔を知らない。いや、美里だけじゃなくて、このクラスの誰もが知らなかった。全員が前を見ていたのだから当然だ。


「だけど、水草さんって凄いよね。私だったら、絶対に泣いてたよー」


後ろから、少しおどけた声が掛かった。松川穂香(ほのか)だ。


「うん。分かる。でも、それより凄いと思ったのは、あんな状況でも、ちゃんと自分の意見が言えることだよ」

「ついつい、口答えしちゃっただけだよ」

「違うと思う。水草さんが言ったことって、正しいっていうか、正当な主張だったと思う。理不尽なのは、あの先生」

「だよねー。いきなり怒り出すなんて、どう見てもおかしいよ。本当に、何でなんだろう?」


穂香が不思議そうな顔をしている所で、薫の前の男子二人が「もう、帰っちゃっても良くね?」「だよなー。岩田の奴、もう戻って来ねーだろうし」と言い出した。

薫が後ろを見ると、気の早い連中は既に席を立って出口に向かっている。

そんな中、一年なのに制服を着崩した不良っぽい男子二名が薫の所にやって来た。


「水草、お前って、マジすげーな。あの大魔神だいまじんがタジタジだったぜ」

「やっぱ、中洲なかすの奴は違うよな。きもが座ってるってゆーか、俺、尊敬するわ」


何故か、不良達にまで褒め称えられてしまった。


実は、この川田中学校で中州なかすの子は、不良達にも一目置かれる存在だった。というのは、分校出身者は結束が強く、誰かが虐められたりすれば全員で虐めた奴を袋叩きにしてしまうからだ。特に薫たちが入学する前年は、「川田中四天王かわたちゅうしてんのう」と呼ばれる腕っぷしの強い連中が全員、中州出身者だけで占めるという、いわゆる中州組の全盛期だったのだ。

もっとも今年は、その内の二人が卒業してしまい、三年の河村正人(まさと)川合光流かわいひかるだけが残っている状態だ。残りの三年は女子二人で、二年も女子ばかり三人。そこに薫たち三人、つまり水瀬美緒みなせみお、河村直人(なおと)、そして薫が加わった訳だ。一応、男子がいるとはいえ、ゲームオタクの直人は全く頼りにならない。


その後、残ったクラスメイトも続々と帰宅し出して、薫は美緒が来るのを教室で待っていた。

すると、新年度になって新たな川田中かわたちゅうツートップとなった河村正人(まさと)川合光流かわいひかるが、二人揃って教室に駆け込んで来たのだ。


「薫っ!」「お嬢、大丈夫かっ!」

「あれ、正人くんに光流ひかるくん、どうしたの?」

「お前が大魔神に殴られそうになったって、直人が知らせに来たんだよ」

「直人くんが?」

「あいつ、ああ見えてもネットの知り合いは多いらしいんだ。ゲーム仲間だとよ」

「ふーん。もう広まっちゃったんだね……あ、美緒だ」

「薫、大丈夫なの?」

「うん。ぜんぜん大丈夫……。まあでも、ちょっとだけヤバかった、かな?」


薫が例の無表情のまま答えると、正人が呆れた顔で「お前なあ」と呟いた。


「まっ、お嬢らしいんじゃね?」

「ふふっ、そうかも」


光流ひかると美緒が相槌を打って、三人が笑った。


「こら、何で笑うの?」

「だって、可笑しいんだもん」

「もう、美緒ったら。私は別に普通だよ」

「そうだな。お嬢は、いつものままだ」


光流ひかるは、薫のことを「お嬢」と呼ぶ。それは彼からすると、薫が本家の御令嬢だからだ。


「あ、あの。ちょっと宜しいでしょうか?」


その時、そこに現れたのは、さっき薫に話し掛けてきた不良っぽい二人組だった。


「河村さん、川合さん、俺、松岡賢斗ケントって言います」

「自分は、木下誠也セイヤっす。あの、水草さんと大魔神のやり取りを見させて頂きまして、すっげえ感動したっていうか……」


彼らは、正人と光流ひかるが川田中学校を仕切っている二人だと知っているようだった。そして、さっきの薫と岩田の一部始終を多少大げさに報告した後で、自分達のことを二人にアピールし始めた。


「そうか。要するに、お前ら、おれらの仲間に入りてえってことだな」

「はいっ」「そうっス」

「分かった。じゃあ、お前ら、これから水草薫を守ってくれ。こいつ、度胸はあるんだが、どうも危なっかしくていかん」

「だな。やっぱ、表向きのかしらは、美緒じゃね?」

「まあ、美緒の方が目立つからな」

「じゃあ、お嬢は『影の番長』ってことにでもしとくか?」

「良いんじゃねえか。まあ、『影の番長』ってネーミングはちょっと気になるが、役割としてはそんな所だろ」

「だったら、決まりだな。美緒もいいな?」

「えっ、何のこと?」

「そだよ、正人くんも光流くんも、何を言ってんのか全然わかんないんだけど……」


薫は二人の会話に何やら不穏なものを感じ、彼らを問い詰めた。

その結果、「正人と光流ひかるが卒業した後に、誰が川田中学を仕切るか?」ということだと分かった。


「でもさあ、舞香まいかちゃんや碧衣あおいちゃんだっているじゃん」

「あのな、美緒。お前、あいつらに荒っぽいことができると思うか?」

「まあ、碧衣は多少できるかもしれんが、舞香は絶対に無理だな」

「その碧衣だって、美緒と薫には敵わねえだろ」

「てか、最強はやっぱ、お嬢だな」

「まあ、そうだな」

「な、何よ、最強って。私のこと、化け物みたいに言わないでくれる?」


そこで薫が拗ねて見せると、正人と光流ひかるの二人は慌てて謝ってきた。


「す、すまん」

「ごめん、お嬢」

「けど、ラスボスは、どう見ても薫の方だろ」

「ラスボス?」

「ああ、最近、直人が良く使う言葉なんだよ。最後に戦うことになる最強の敵ってことなんだろうけど、この場合、ここぞという時に頼りになるってことかな」

「そうそう。ここぞという時に、お嬢は強いからな。美緒も、それで良いか?」

「うん。薫は、強いもんね」

「ちょ、ちょっと、美緒……」

「良いじゃない。だったら薫、おもての方にする?」

「うっ……」


薫は咄嗟に反論を試みたのだが、親友の美緒も含めて誰も聞いてはもらえなかった。

それに、薫にとって更に悪いことに、ついさっき仲間になったばかりのケントとセイヤが、その時、薫に向かって頭を下げてきたのだ。


「姉御、宜しくお願いしますっ!」「宜しくっス!」

「……?」


いったい何が宜しくなのか、薫は首を傾げるばかりだった。


とはいえ、これが後に川田中学校で代々語り継がれることになる、「影の番長誕生秘話」の一部始終である。

もちろん、その内容には壮大な脚色が施され、実際とは全くの別物になってしまうのだが、それは薫が全くあずかり知らぬ話なのだった。



★★★



水草薫が川田かわた中学校に入学して、二週間が過ぎた。その間にも担任の岩田達夫と薫との間には、一触即発の危機が何度か訪れはしたのだが、何とか寸前のところで回避することができていた。


ところで、中学と言えば部活動である。他の中学の例に漏れず、ここ川田中学校でも全員が、何らかの部活に入らないといけない決まりだった。

薫は、水瀬美緒は絶対に運動部を選ぶだろうと思っていたのに、予想を裏切って彼女は演劇部に決めてしまった。でも、考えてみれば、目立ちたがりの美緒である。演劇部というのは、まさしく彼女にうってつけの選択なのかもしれない。

そんな風に薫は思っていたのだが、幼馴染の河村正人と川合光流(ひかる)の見方は違っていたようだ。


朝、中州なかす分校の前で、自転車での集団登校の待ち合わせをしていた時のことである。


「美緒の奴、ちゃんとおれらの言うことを聞いたじゃねえか」

「まあ、あれだな。俺のおだて方が良かったんだな」

「お前、どうせまた『マドンナの美緒には、お姫様役が似合う』とか言ったんだろ?」

「まあな」


どうやら、美緒に演劇部を勧めたのは、正人と光流ひかるの二人だったようだ。


「となると後は、お嬢だな」

「それはそうなんだが、正直、俺も薫にどんな部活が良いか、今ひとつなんだわ」

「別に、お嬢だったら、何でも良いんじゃねj?」

「駄目だろ。薫が料理部とか入って何か作って持ってきたら、お前、食うか?」

「……無理だな」

「だろ。そうかといって、手芸部で手袋とか編んでるとこも想像できんしな」

「だな」

「ねえねえ、二人で何ごちゃごちゃ話してんの?」

「あ、お嬢」

「あ、いや、薫に合った文科系の部活って何が良いかなって……」

「えっ、文科系? 薫だったら、どう見たって運動系の方じゃない? やっぱ、バスケ部かなあ」

「あ、美緒だ」

「薫、おはよう」

「おはよう……。でも、美緒。バスケ部って、私みたいなチビでも大丈夫かなあ?」

「大丈夫なんじゃない。バスケ部だったら、正人兄まさとにいちゃんと光流兄ひかるにいちゃんだっているんだし……」

「あ、それな。同じバスケ部でも、男子と女子は別々なんだわ」

「えっ、そうなの?」


その後も美緒は運動部を勧めてきたのだが、何故か正人と光流ひかるは否定的なことばかり言ってきた。どうやら男子二人は、薫に文科系の部活を勧めたいらしい。だけど、この時の薫には、それが何故なのか分からなかった。


ところが結局、薫が選んだのは「文芸部」だった。

それを最初に薫に勧めてくれたのは、ケントとセイヤだった。


「姉御、部活なんですが、おれら文芸部にしようと思うんです」

「いろいろ調べたんですが、うちの中学で一番サボり易くて幽霊部員が多いのは、文芸部ってことらしいっス」


この時点で薫は、別に幽霊部員になりたいわけではなかった。だけど、本が好きな薫にとって、多少は文芸部にも惹かれるものがあったのだ。

それで薫は、一学年上の幼馴染である吉田舞香(まいか)にも相談してみた。彼女も昔から本が好きなので、『ひょっとして文芸部かも』と思ったからだ。

その舞香は、薫が文芸部に入ることに大賛成だった。


「良いんじゃない。薫には、まさにピッタリの部活だと思うわ」

「そっかなあ。私、どっかの運動部に入ろうかとも思うんだけど」

「止めといたほうが良いと思うよ。だって毎日、中州から自転車で通わないといけないんだよ。運動部なんかに入ったら、いくら薫だってめっち大変だと思う」

「でもさあ、正人くんも光流ひかるくんもバスケ部なんでしょう?」

「それはそうなんだけど、その二人だって、ほとんど幽霊部員みたいなもんだよ」

「えっ、まさか?」

「うん。大事な試合の時だけ引っ張り出されるって感じみたい。それよりさあ、薫も中学生になったんだから、上級生には『先輩』って言わないと駄目なんだからね」

「そうなの? てことは、舞香先輩?」

「うーん、薫に言われると、なんか変な感じだなあ」

「そんなことより、舞香先輩は何部なの?」

「私? えーと、私も碧衣あおいも手芸部なんだけど、実は、あんまり活動に参加してないんだ」


どうやら、彼女も幽霊部員らしい。



★★★



ともあれ、薫は最終的に「文芸部」に入ることになったのだが……。


「薫ちゃん、この本、サイコーだよ。あ、こっちのも読んでみたら?」

「えーと、それも良いと思うんだけど、まずはこっちのシリーズを先に読んでからの方が理解が深まると思うよ」

「やっぱ、ファンタジーの王道は指輪物語じゃねーの」

「いやいや、まずはSFの古典的名作と言われている作品を読破することを、俺はお勧めするね」

「あのさあ、そういう小説もいいけど、もっとリアルな実録モノの方が魅力的だと思うよ。ほら、幽霊ってのは、世界中どの民族でも主要な民話として語り継がれているわけだし、日本国内だけ取ってみても、妖怪の数ってのは……」

「薫ちゃんってさあ、死後の世界とか興味ない?」

「いやいや、実際に幽霊とかと話したりできたら、凄いと思わない。もちろん、取り憑かれたりするリスクはあるんだけど……」

「せ、先輩、それって、相当にヤバいんじゃ……」


最後に怯え切った声で叫んだのは、薫のクラスメイト、後ろの席の松川穂香(ほのか)だった。

期せずして舎弟にしてしまったカイトとセイヤの勧めで入部した文芸部だったが、幽霊部員になるつもりが幽霊に関する諸々について、すっかりのめり込む結果となってしまったのだ。

「文芸部なんて、事実上の帰宅部って揶揄られるような『ゆるーい』部活」だと思って入部した薫だったけど、実はラノベやSF、そしてオカルト関係全般について熱く語り合う、ガチなオタク系の人達の集まりだったのである。


元々が読書家の薫は、本の話だったら得意である。薫は小さい頃から読むスピードが超人的に早かった上に、ジャンルに関係なく面白そうな本は何だって読んだから、薫の年齢にしては異常なほどに読書量が多かった。

だから彼女は、古典から現代文学、お硬い評論や哲学からSFやファンタジー、ラノベのたぐいに至るまで、どんなジャンルだって先輩達とも互角に話ができる下地を有していた。そして、そんな新入部員をオタクな先輩達が放っておく筈がない。ましてや、それが「お人形さんみたい」に綺麗な「見た目、色白な文学少女」だったら尚更である。


かくして薫は、文芸部のコアをなす先輩達から熱烈な歓迎を受けた。そして薫は、またひとつ、中学での新たな居場所を得た。

それと、もうひとつ特筆すべきは、この文芸部で得た幅広い知識が薫の物の見方や考え方に大きな影響を与えた点で、思春期に差し掛かった彼女には、きっと願ってもないことだったに違いない。


とはいえ、薫が文芸部で得た知識には、ネガティブな側面もあった。その代表がオカルトやホラーのたぐいで、彼女はそうした分野の魅力にすっかりハマってしまったのである。


実は、薫は小さい時から怖い話が大好きだった。大きくなっても、お化け屋敷のアトラクションには目が無いし、肝試しは誰よりも得意である。テレビで恐怖系の実録ドキュメンタリーとかは食い入るように見ていて、怖いモノが苦手な妹のかえでに嫌がられている。

本来、薫は無口な方なのだが、本好きやオタクの常に違わず、好きなことの話になると饒舌になる。なので、文芸部では人見知りの薫でも普通に話の輪に入ることができた。そして、オカルト関係の議論には、より積極的に参加できるようになって行ったのだ。


ただ、ひとつ残念だったのは、ケントとセイヤ以外に同じクラスで一緒に文芸部に入った松川穂香(ほのか)が怖がりで、なかなかオカルト系の話に付き合ってくれなかったことだった。それでも薫は、穂香の一押しだった異世界物のラノベ等で彼女から強い影響を受けることになる。


こんな風に文芸部は薫にとって、とっても居心地良い場所になって行ったのだった。



★★★



四月の後半、水瀬美緒には演劇部での本格的な活動が始まり、薫も文芸部での楽しいお喋りに熱中し始めた頃、二人は川田中かわたちゅうツートップの河村正人(まさと)川合光流かわいひかるからの呼び出しを受けた。しかも場所は、何故か生徒会室。薫は美緒が光流ひかるから受け取ったという見取り図に従って、初めての場所へと足を向けた。

恐る恐るノックをして、「失礼しまーす」と言ってノブを捻ると、ドアが強い力で中から開けられた。傾きそうになった身体からだを咄嗟に立て直して前を見ると、そこにいたのは光流ひかるだった。


「お嬢、悪い悪い」

「薫、おっそーい」

「ごめん。教室で、ちょっと友達と話してた」

「……(ごほん)」


誰かの咳払いの音で部屋の中に目をやると、そこには中州なかすから川田中学に通っているいつものメンバーがだいたい揃っている。何で「だいたい」かと言うと、河村直人(なおと)がいないからだ。

今の中州組は三年だけが四名で、二年と一年は三名ずつ。合計ちょうど十名だ。そのうち男子は三名なのに、今は正人と光流ひかるしかいない。

そこで口を開いたのは、正人と光流だった。


「悪い。直人を連れて来れなかったのは、俺の責任だ。家に帰ったら、ちゃんと言っとく」

「まあ、あいつ、逃げ足は速いからな」

「でも、逃げられると思っていられるのは、今日だけよね」

「舞香ちゃん、なんか怖いんだけど」


正人と光流ひかるに続いて口を挟んだのは、二年の吉田舞香(まいか)と水野碧衣(あおい)だった。


まあ、直人がいないことは良いや。だけど、どうして中州組が生徒会室なんかに集まっているんだろう?


そんな薫の疑問を解消してくれたのは、舞香だった。


「薫と美緒がここに来るのは初めてだから、説明しとくわ。まずは、今の生徒会長が誰なのか知ってる?」


舞香の視線が自分に向いたと感じた薫は、すぐに「知りません」と答えた。


「そっか、知らなかったんだ。会長は、河村先輩よ。そして副会長が川合先輩」


そのことは美緒も知らなかったようで、「えっ、そうなの?」と驚きの声を上げていた。


「そうよ。でね、碧衣あおいが書記で私が会計。つまり、生徒会の役員を中州組が独占してるってわけ。だから、こうして生徒会室を中州組が自由にして良いってことなの」


薫が改めて室内を見回してみると、そこが相当に広い空間であるのに気付いた。それに、ここにある机と椅子はどれも立派で数も多い。更に驚いたのは、部屋の隅に給湯スペースがあって、小さめの冷蔵庫の上にコーヒーメーカーまでもが鎮座していることだった。


「でもね、生徒会の仕事って割と大変なの。役員の四人だけじゃ、とても回せる量があるのよ。だから、スタッフが必要なわけ」


そこで、ようやく舞香の話の意図に気付いた薫が声を上げた。


「てことは、生徒会の下働きとして、美緒と私をこき使おうってこと?」

「あのね、薫。生徒会のスタッフってのは、それなりに名誉なことなの。下働きとか言わないでくれる?」


舞香はそう言うが、薫には寝耳に水だった。私まで生徒会の仕事をするとか、全く意味わかんない!

薫がそう思った矢先、美緒が不満を口にした。


「舞香ちゃんの言ってること、意味わかんないんだけどー。うちらが何で生徒会なんか手伝わなきゃなんないわけ?」

「こら、美緒。いくら幼馴染だからって、私は先輩なのよ。ちゃんと礼儀はわきまえなさい」

「むぅ。分かったよ。舞香先輩って言えば良いんでしょう?」

「まあ、そうね。吉田先輩だと、ちょっと他人行儀だし……。で、さっきの話だけど、あんた達だって分校の時は児童会の会長と副会長だったんだから、ある意味じゃ経験者な訳じゃない」

「だから、手伝って当然ってこと? それって、横暴だと思うんだけど。だいたい、分校のうちらの代は三人しかいなかったんだから、児童会やってたとかは関係ないんじゃない?」

「そうそう。あたしも薫の言ったとおりだと思う。中学校ってのは、分校と違って生徒がいーっぱい居るんだから、生徒会の仕事なんか、やりたい人がやれば良いじゃん」


そこで美緒は、急に何かを思い付いたように、「あ、そうだ」と呟いた。


「あのさ、あたし、ふと思ったんだけど、正人兄まさとにいちゃんと光流兄ひかるにいちゃんが、やたらと文科系の部活を勧めてきたのって、ひょっとして生徒会を手伝わせようって魂胆だったってこと?」

「うっ」

「ふーん、図星なんだ」


美緒の追求に正人と光流ひかるは、さすがに気まずそうな顔をしている。

でも舞香は、逆に開き直ったようだった。


「あのね、美緒。こうやって中州組だけで生徒会室を占有できるのだって、うちらが生徒会を牛耳ってるからなの」

「えっ、この部屋の為に生徒会の仕事、やんなきゃなんないの?」

「色々と、中州組だけで話したいことがあるのよ。ほら、薫が今、岩田先生と揉めてることだとか」

「そんなの、どっかの空き教室とか使えば良いじゃん」

「それだと、他の生徒や先生から変な風に見られそうじゃない。それに、生徒会の役員やってると、他にも何かと好都合なのよ」

「どうゆうこと?」

「生徒会には、それなりの『ちから』があるってことよ。うちらってさ、川田中かわたちゅうだとマイナーな存在な訳でしょう? そういうマイナーなうちらが快適な学校生活を送る為には、生徒会の『ちからが不可欠だと中州の先輩方が判断したってことよ』

「うーん……」


舞香の説明に、美緒は考え込んでしまった。

それを見て苦笑した舞香が視線を送ってきたので、薫は代わりに言ってやった。


「えーと、揉め事とかが起きた時、生徒会の名前を使って対応した方が有利だとか、そういうことかな」

「そうね。だけど、もうひとつあるわよ」


薫は、少しだけ考えて言った。


「先生への対応とか」

「そのとおり。さすが薫ね。中学校って、先生達をどうやって丸め込むかが、すっごく重要なの。そんだけ先生達の権力が強いってことなんだけど、生徒会は一応、生徒達の代表なわけじゃない。だから、先生方も無碍むげには扱えないってわけ」


そこで、それまで黙っていた生徒会長の正人が口を開いた。


「つまりだ。生徒会は、おれらマイナーな存在である中州組が校内で発言力を得るのに都合が良いってわけだ。単純に、この生徒会室が欲しかったからじゃないからな」


そこで、再び舞香が先を続けた。


「美緒、分かった? うちらの生徒会への関与は、中州組の先輩達が試行錯誤して築き上げた伝統なの。だからね。他に部活をやってても構わないけど、週の半分は生徒会室に顔を出して、個々の仕事を手伝うこと」

「えっ、半分も?」

「そうよ。何か、問題ある?」


今度は、薫が不満の声を上げたのだが、あっさりと舞香に否定されてしまった。


「だって、文芸部の活動は毎日なんだけど……」

「活動って言っても、お喋りしてるだけって聞いてるわよ」

「うっ」


薫が言葉に詰まっていると、舞香が駄目押しとばかりに言った。


「具体的な仕事は、次からにしましょう。明日の放課後、またここに来ること。薫も美緒も良いわね」



★★★



という訳で、その翌日には薫も美緒も生徒会の仕事を言い渡されてしまった。仕事の内容は、校内の見回り。ちなみに川田中学校には風紀委員とかは無くて、生徒会がその役割を担っている。

薫と美緒が生徒会室を出ると、そこには何故かケントとセイヤがいて、「姉御、おれらもお伴します」と言ってきた。薫が彼らに「何で、あんた達が知ってるの?」と訊くと、「そんなの、舎弟として当然です」と言い放つ。どうやら、彼らには独自の情報網があるらしい。

という訳で、見回りのメンバーは四人となった。でも、一年生だけでの見回りって、なんか変な気がするんだけど、それって気のせい?


ともあれ、薫たち四人は、腕に生徒会の腕章を付けて校内をそぞろ歩く。そうすると、制服を着崩した見るからに不良っぽい連中が次々と現れて、薫たちの前に立ちはだかった。

すると、その度に美緒が「待ってました」とばかりに腕まくりをするのだが、気が付くと薫の舎弟二人がささっと倒してしまっている。

美緒の不満を見て取った薫が、仕方なく彼らに声を掛けた。


「もう、うちらにもたまには回してくんない?」

「いやいや、むさくるしい野郎どもの相手はおれらで充分ですって」

「そうそう。相手が女だったらお任せします」

「あたし、頭のイカれた女の方が、相手すんの嫌なんだけど……」


そう言いながらも美緒は、いとも簡単に茶髪の女子を迎え討ちにしてしまう。だけど、美緒が派手な立ち廻りで相手を圧倒する中、実は薫も地味に助太刀をしていた。例えば、急にしゃがみ込んでふら付いた相手の背中を押したり、足を引っ掛けてみたり……、それでも人は簡単に転んで傷ついたりするのだ。そんな女子を立たせてあげた上に、埃を払って宥めたりするのも、何故か薫の役目だったりする。

一方のケントとセイヤは、マジで強かった。それでも、立ち向かって来る不良達が次々と現れるのは、この時期に彼らが、新たな序列を巡って勢力争いをするかららしい。中には、何を勘違いしたのか、四天王の座を明け渡せと言って来る奴らもいて、二人がが苦笑しながらこぶしを振っていた。


「お前らさあ、本気で河村さんや川合さんに勝てると思ってんの?」

「まあ、その前にさ、おれらに殴られて現実を思い知れちゅーの」


そういう無謀なのは、同じ一年坊主が多い。そして、一分も経たないうちにケントとセイヤからの教育的指導を受けて、床に横たわることになるのだ。

そんな様子を見た美緒が、途中で薫にブー垂れた。


「分校の時はさあ、あたしが全部こうゆうのやってたんだけどなあ」

「中学じゃ、男子の相手は無理ってことなんじゃない?」

「確かに中学生になると、男子は変わるもんね。女子より背が伸びるし、体格もごっつくなるし……」


美緒は不満そうだったけど、むしろ変わったのは女子だと薫は思うのだ。特に美緒の場合、出る所が出て随分と女らしくなった。


「しっかし、こうして見ると碌なのいないよね。むしろ、男子より女子の方が、元気そうかも」

「いやいや、お二人に敵う奴なんて、どこにもいませんって」

「まっ、そうかもね」

「いや、美緒、私はちょっと違うんだけど……」

「何いってんの。どう見たって薫が一番強いでしょうが」

「えっ、何で? 私、大したことは、してないと思うんだけど……」


そこで美緒は二人の舎弟を見て、お互に頷き合っている。

どうにも納得できない薫だったのだが、その週の金曜日、そんな薫も少しは自覚せざるを得ない出来事が待っていたのである。



★★★



その日の昼休み、薫は隣のクラスの女子に呼ばれて校舎の裏に行くように言われた。

たまたま舎弟二人が教室にいなかった時で一瞬だけ迷った薫だったが、その二人と美緒にショートメールだけ入れて一人で向かうことにした。呼びに来たのが大人しそうな女子だったから、つい油断してしまったのだ。


指定された場所に行ってみると、そこに現れたのは茶髪のヤンキー風の女子三人組。スカート丈が短く、ブレザーは着ていない。スカーフの色が薫と同じ水色だから、この三人が一年生であることは間違いない。

一人はデブでもう一人はケバい系。最後の一人は、そこそこ可愛い子だったけど、髪の毛は茶色だった。中央にいる所を見ると、案外、その子がリーダーなのかもしれない。

その子が最初に声を掛けてきて、それからデブとケバい系が続いた。


「おっ、影の番長さん。お一人様ですかい?」

「舎弟はどうしたんだい」

「おしっこ、ちびっちゃ駄目だよ~」


けらけら笑う三人を見ながら、薫は「そんなわけないでしょう」と呟く。そして、どのタイミングで何処どこに逃げようかを冷静に考えていた。

でも、ケバい系が背中から金属バットを取り出した途端、薫は思わずニヤッと笑ってしまったのだ。何故なら、そのバットは先の所がぐにゃっと曲がっていて、それを持ったケバい系がどうにも間抜けに見えてしまったからだ。


ところが……。


「な、何だよ……」

「逃げましょう」

「そ、そうだな。おい、今回は……きゃっ」


デブとケバい系が一目散いちもくさんに逃げ出した後、遅れて駆け出した三人目が、見事にコケた。

そこに、物陰から美緒と舎弟二人が現れる。すぐに舎弟二人が駆け付けようとするのを、美緒が押さえてくれていたらしい。


薫は、パンツ丸出しで倒れている三人目に手を伸ばして立たせてやると、ブラウスやスカートに着いた埃をパタパタと手で払ってあげた。

薫には、三人が何故、急に逃げ出したのかが不思議でしょうがなくて、そのことを彼女に聞いてみたかった。それで薫は、小声で尋ねてみた。


「ねえ、なんで逃げたの?」


薫としては、普通に訊いただけだった。

なのに、その茶髪の子は突然、大声で泣き出してしまったのだ。

まるで子供のように泣きじゃくる茶髪の子を前にして、薫は途方に暮れてしまった。

でも、考えてみたら当然かもしれない。いくら粋がってはいても、ついこないだまで小学生だったのだ。


「……ひく、ご、ごめんなさい……うえーん」


何だか可哀そうに思えてしまった薫は、彼女の茶髪の頭を優しく撫でてやった。意外にも柔らかい髪で、撫で心地は、とても良かった。

やがて、彼女が落ち着くと、名前を聞いてみた。

彼女は一年四組の古川麻友(まゆ)。デブとケバ系も同じクラスで、三人共に川田東小学校の出身らしい。

その後、美緒やケントとセイヤも入れて少し話した。

そして、ケントとセイヤの二人が薫の舎弟だと言った時だった。


「あのー、あたしもぜひ姉御の舎弟にしてください。何でもします。宜しくお願いします」


こうして、その女子、古川麻友は、薫の三人目の舎弟になった。



★★★



放課後、この事件は当然のごとく生徒会長と副会長に報告され、薫はツートップの二人にきつくお説教されてしまった。

現れた相手が一年の女子三人なんかじゃなくて、「もし、男子生徒だったら、どうなると思ってるんだ」というわけだ。

いつもは優しい正人と光流ひかるの目が怖い。


確かに相手が男子だったら、いくら薫でも一人じゃ逃げられなかったかもしれない。それを思うと、ぞっとして、心の中でそっと冷や汗をかいてしまった。


ところが、美緒の顔をちらっと見ると、何故か平然としている。

そして、さも当然のことのように、こう言い放ったのだ。


「まっ、薫の笑顔は無敵だということよ」

「何それ」


薫が思わずツッコミを入れると、正人が呆れた顔で「お前らなあ」と呟く。

そして、次に光流ひかるが言った言葉が、薫の心を深くえぐった。


「結局、お嬢の笑顔には、どんなヤンキーも敵わないってことなんじゃね?」

「……っ」


どうやら薫の例の「笑顔」には、不良達を黙らせる効果もあるらしい。






ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。

もう1話あります。担任の岩田との騒動が決着します。

その後は、借金の話です。もうしばらく、薫の中学時代の話にお付き合いください。


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