第11話:上京 <薫サイド>
再度、見直しました。
お好み焼き屋からアパートに戻った水草薫は、かなり興奮気味だった。
夕食は食べてくると妹の楓にメールしてあるので、食卓には何もない。その楓は自分の部屋で勉強でもしているのか、部屋から出て来ない。
楓は高校三年生の受験生。さっき「ただいま」を言った時、「おかえり」が返って来たので一応、大丈夫だろう。
薫は、さっとシャワーだけ浴びることにして、浴室へと向かった。
時刻はまだ午後八時を少し回ったくらいなのだが、薫は母親と一緒の寝室にポツンと座っていた。
母の佳代は仕事に出ていて、深夜まで帰って来ない。楓が勉強しているので、テレビを点けるのは止めておいた。そうなると、スマホでネットを見るくらいしかやることがない。
六畳の狭い畳の部屋。母の鏡台と古い箪笥が置いてあるせいで、布団二枚がぎりぎり敷けるスペースしかない。エアコンはリビングにしかないし、今は点けてないので部屋は蒸し暑かった。もちろん、窓は網戸になっているけど、こんな時間でも風が生暖かい。
薫が昔住んでいた中州の屋敷は、やたらとだだっ広かった。あの頃の生活とは、何もかもが違う。
でも、当時と今を比較したって、もう仕方が無いのだ。全ては、もう終わってしまったこと。今更、時間を過去に戻すことなんて、神様じゃなきゃできる訳がない。
そういうことはさっさと頭の片隅に追いやって、今は元カレ、藤田翔との思い出に浸っていたい。
もう二度と会えないと思っていた。
それなのに、偶然でも、ああやって会えたんだもん。
彼は何も変わっていなかった。昔のままだ。私が大好きだった翔くんのままだった。
だけど、その彼は、もう私の手の届かない世界にいる。
薫は、翔から貰ったメアドをスマホに表示してみた。
そして、それをじっと見詰めながら、心は自然に遠い過去へと飛んで行ってしまうのだった。
★★★
水草薫にとっての高校時代は特別である。その三年間は、自分が人生で一番輝いていた時だと思っている。
その中心に位置するのは剣道部の仲間達であり、とりわけ大切なのは親友の山口沙希と、そして彼氏と呼べるかどうかが微妙な存在だった藤田翔であった。
でも、藤田翔と一緒にいた頃、中州の豪農だった水草家は、没落の一途を辿っていたのだ。但し、薫がその結果に翻弄されるのは、もう少し先のことになる。
それよりも当時、楽しく高校生活を送っていた薫たちに突然、冷や水を浴びせたのは、コロナウイルスの蔓延だった。
それは高校二年の終わり頃、最後の夏の大会に向けて、皆でそれなりに頑張ろうとしていた矢先の出来事だった。いきなり学校が閉鎖されてしまったのだ。
もちろん部活動も禁止。生徒は全員、家庭学習ということで友達にも会えない。
薫にとって悲運の時期は、高二の三月から高三の五月まで続いた。五月の中旬からは学校が再開されたが、分散登校ということで半分くらいしか学校に行けない。それでも、部分的ではあっても部活が再開されたし、全く学校に行けないよりはだいぶましだ。
その学校に行けない間、薫は剣道部の仲間達と頻繁にスマホで連絡を取り合っていた。当時でもお互いの顔を見ながら話せるアプリは色々あったから、それでコミュニケーションした後、一人になってやることと言えば受験勉強しかない。その合間に竹刀で素振りをして、また勉強をする。そんな繰り返しをずっと続けた。
たぶん人によるのだろうけど、薫の性格には良い方向に作用して勉強が捗った。学校に行けるようになって受けた模試の偏差値が、一気に十以上も上がったのだ。
『これなら、翔くんと一緒の大学に行くことも不可能じゃないかも』
思わずそんな夢を見てしまい、欲が出た。
当時の薫は、自分より成績が上の翔のことを尊敬していたし、憧れてもいた。その翔の志望校が東京のトップ私大だと知った時、最初は自分になんて絶対ムリだと思って、相当にへこんだ。
でも、成績が上がったことて、翔が目指す大学は無理でも、東京のそれに近いレベルの大学だったら充分に射程圏内だと先生に言われた時、薫は俄然やる気になってしまったのである。
後々思い返してみると、明らかに無謀だったと感じてしまうのだが、当時の薫は一途だった。
何が無謀かと言うと、成績ではない。進学資金の方である。
「私も東京の大学を目指すことにする。翔くん、一緒に頑張ろう」
薫は、翔の前で宣言してしまう。翔は大賛成してくれた。でも、その意味する所は、全く分かって無かったと思う。だって、あの鈍感な翔くんだから……。
でも、親友の沙希は微妙な顔だった。そんな沙希の反応が不満で、薫はちょっと膨れた。
★★★
薫が沙希の真意を理解するのは、両親に東京の私大に行きたいと打ち明けた時だった。両親に揃って反対されてしまったからだ。
父の武は、「女の子なのに東京で一人暮らしだなんて、碌なことになりゃせん。お前、何考えとるんだ」と怒鳴った。
元々母の佳代は、父に黙って従うタイプの人だ。
薫は、父親に言われたことに猛反発した。それで、生まれて初めての大喧嘩になった。
「お父さん、今は昭和じゃないんだよ。男とか女とか関係ないじゃない」
興奮した薫は、祖母の幸子の部屋に飛び込んだ。大好きな祖母だったら、当然、賛成してくれるだろうと思ったからだ。
けど、その祖母は薫に穏やかな口調で「それはまあ、仕方がないことだに、武のこと、大目に見てやってくれんかねえ」と言った後で、家の事情を教えてくれた。
つまり、男とか女とかは関係なかった。父は薫に本当のことを言うのが嫌だっただけで、うちには娘を東京の大学にやるお金なんて、もう無いのだ。
それで、やっと分かった。沙希が何であの時、微妙な顔をしたのかを……。
沙希の志望校は国立の教育大学だけど、二年の終わり頃までは「私、絶対に教師になんかならないから」と言っていた。
彼女の両親は共に高校教師で、そんな二人に反発していたこともある。でも、本当の理由は、別の所にあった。
「私ね、国際的な仕事がしてみたいんだ。海外に出て働くような仕事がしてみたいの」
そんな風に将来のことを話す時、沙希の目は輝いていた。沙希は怒りっぽい所もあるけど、真っ直ぐで素直な子だ。
その彼女がすんなりと夢を諦めた理由……それは、やっぱり、お金だった。
沙希の家は両親が共に高校教師だから割と裕福だと思ってたのに、家計はそれほど楽じゃなかったらしい。細かい事情は言いたがらないので聞かなかったけど、沙希が行きたかった大学というのは、奨学金を借りなければ行けそうもないということのようだった。
つまり、奨学金を借りずにぎりぎり行けるのが、「家から通える国立の大学」だったということだ。
今じゃ、国立大学といえども授業料は高い。それに加えて仕送りしてもらい、一人暮らしをするとなると、庶民じゃなかなか大変なのだ。
ましてや、それが生活費の高い東京で、しかも私大ともなると、その答えは推して知るべしである。
薫の場合、家は専業農家なのだが、日本の標準とはかけ離れた広大な田畑を保有している。大河に橋が架かってからは、大都市の市場とも近い。だから、今までの薫は、自分の家が裕福な部類に入ると信じて疑わなかったのだ。
けど、全然そうじゃなかった。
薫が小学生の頃までは確かにその通りだったようで、相当に羽振りが良かったらしい。でも、薫が中学に上がった後の水草家の家計は、ずっと火の車と言ってもいい状態だったようだ。
実は薫が中学に入学した頃、TPPによる農業の自由化で、農業が儲からなくなってきていることを祖母の幸子から聞かされていた。そんな状態の中、父の武は新しいトラクターを購入してしまい、借金が膨らんできていることも知らされていたのだが、その後は特に何も言われなかったし、祖母も父も頑張っているようだったので多少は改善していると思っていたのだ。
ところが、現実は全く逆で、事態はますます悪化する一方だという。というのは、最近になって銀行が融資を渋るようになってきた為らしい。
「今までは薫に心配掛けたく無くて黙ってたんだけどね。今はかなりまずい状態にあるのは間違いないんだよ。もし銀行が追加融資に応じてくれないようだと、最悪、貸金業者に頼ることも考えないといけないかもしれない。まあ、まだ数年は何とかやっていけるとは思うけど、どこかで見切りを付けるしかないのかもしれないねえ」
祖母の幸子の話は、薫にとってショックだった。
それで一晩ずっと考えたのだが、やっぱり薫には東京の大学への進学を諦める気にはなれない。他のことだったら、祖母が駄目だと言えば止めるけど、これだけは嫌。自分は沙希とは違う。私は絶対に自分の夢を諦めない。
そこで薫は、ふと、沙希の言葉を思い出した。そう言えば、沙希は「奨学金を借りなければ」と言っていた筈。
ということは、奨学金を借りれば良いということなんじゃないだろうか?
そう思い立った薫は、ネットでいろいろと調べてみた。
もちろん奨学金にだって、色々とある。中には返さなくても良いものや、金利が掛からないものもあるにはあるが、それらは借りる条件がとても厳しい。
一般的な奨学金には金利が掛かるし、卒業したら一定の期間で返さないといけない。
とはいえ、薫が高校生だった頃は、まだ金利も安かった。それに、この時の薫は、自分が奨学金を返せなくなるとは露ほども思っていなかった。
そんなのは、ちゃんとした所に就職して、真面目に働きさえすれば良いだけじゃない。そんなに大変なことだとは思えないんだけど……。
問題は、借りられる金額だった。大半の奨学金は、学費の補助でしかない。東京で一人暮らしをするとなると、それだけでは足りないのだ。
当然バイトはするつもりだが、それで稼げる金額には限界がある。それに、もしまた新型コロナ等の感染症が流行ったりしたら、そのバイトだってできなくなってしまうかもしれない。そうしたら、せっかく入った大学だって退学することになってしまう。
そんな時、薫の目に留まったのが、防衛省の奨学金だった。それは金利こそ多少高めだったが、授業料だけでなく生活費の一部まで出してもらえる。そして卒業後五年間、自衛隊で働けば返さなくても良いという救済策まであった。
つまり、最悪の場合でも、災害救助とかの活動をメインにしている自衛隊に入れば良かったのだ。自衛隊なら、外国が日本に攻めてでも来なければ、戦場で戦うなんてことはまず無い。
その案内を見た時、薫は「これだ」と思った。もちろん、自衛隊に入るつもりは毛頭ない。普通の会社に就職した上で、借りた全額を返済するつもりだった。
うん。これで行こう。これだったら、両親だって反対できない筈だ。
かくして、方針は決まった。
この時の薫は、奨学金を返せないというリスクなど、微塵も頭には無かった。
そして両親を前に、薫は宣言した。
「私、大学を卒業したら絶対良い会社に就職して、ちゃんと自分で奨学金を返すから。それに大学に通ってる間も必死でバイトして、仕送りが無くてもやって行けるようにするから」
後になって思えば、無謀だったのかもしれない。若気の至りと言ってしまえば、それまでだ。
それでも薫は、絶対に後悔なんてしていない。
だって、そのおかげで、また四年間、翔くんと一緒にいられたんだから。
どうにか学費の手当てができた薫は、それから更に真剣になって勉強に励んだ。
その後、再び蔓延し始めた新型コロナの影響で社会が混乱し、大学側も受験日を何度も延期したりして情報が錯綜したことで、薫のような地方の学生は痛手を被ることになる。そのせいで、翔が合格したトップ私大は、受験の機会そのものを逸してしまう。
そのことで酷く落ち込んだ薫だったが、そんな彼女の下に、先日ダメ元で受けた私大から補欠合格の通知が届く。補欠ではあったが、その通知書にはもう一枚の紙が同封されていて、そこには「入学を許可する」と書かれていた。
その大学は、翔が合格した所と比べてもランクでは互角以上。誰が見ても快挙と言える結果であった。
★★★
そうして期待に胸を膨らませてやってきた東京だったが、やはり中州のような田舎からではギャップがあり過ぎたのか、薫は軽いホームシックに罹ってしまう。
コロナ禍の影響は治まりかけていたが、それでも入学式は行われず、大教室での授業は遠隔に切り替えられ、大学で行われるのは、語学等の少ない人数で行う授業だけ。そんな環境の中で新しい友達を作ることは、大人しくて人見知りの薫にとってハードルが高過ぎた。
薫が入った大学は翔が入った大学よりかは多少規模が小さいとはいえ、全学部を合わせた学生数は、一学年で何千人もいる。
コロナ禍で学生がまばらなキャンパスであっても、薫のような田舎者からすれば、ドギマキするばかりで一向に落ち着かない。とにかく、知り合いが誰一人いないのだ。心細いことこの上ない。
教室では話し掛けられそうな女子を探すのだが、お洒落に着飾った子ばかりで、しかもしっかりとお化粧までしている。どうせマスクで顔が隠れるからいいやと、薫のようにお化粧してない子なんて一人もいなかった。
そんな薫でも入学当初は、大学に行くと様々なサークルからの勧誘を受けた。良さそうな所があれば入ろうと思っていたのだが、なかなか決められない。傍から見て愛想がないと思われがちなこともあって、しつこく誘われることもない。そんな感じでためらっているうちに、薫は入部するタイミングを逃してしまう。
薫がサークルを選べなかったのには理由があった。
勧誘する男子学生が、たとえどんなにイケメンであっても、薫の目には魅力的に映らない。彼女の目には、翔しか入らない。翔のいないサークルなんて、薫にとって何の意味もないのだった。
そんな訳で、薫は今までに感じたことのない類の孤独感に苛まれていた。
そんな薫を救ったのは、一本の電話である。
薫が上京してから、既に一ヶ月近くが経ったゴールデンウィーク前のことだった。
もちろん、その電話の相手は、藤田翔。スマホの画面に表示された彼の名前を見た時、薫の心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらいに大きく脈打った。薫は、まさに震える指でスマホの画面の上をなぞった。
「薫? 俺だけど」
「あ、翔くん?」
「ああ。なかなか電話しなくて、ごめん」
聞けば翔の方も、ずっと薫に電話したかったのに、電話するのをためらっていたそうだ。
理由は、彼も東京での生活に馴染めずに少々塞ぎ込んでいて、そんな自分を薫には知られたくなかったからだという。
「いやあ、良かったよ。おんなじでさあ。俺がホームシックだなんて言ったら、どんだけ薫に馬鹿にされるかと思って実はビクビクだったんだ。でも、このままゴールデンウィークを越せる気がしなくてさ……」
久しぶりの翔は、随分と饒舌だった。畳み掛けてくる言葉で、彼が話す機会に飢えていたことがミエミエだ。
でも、それは薫も同じこと。「もう、大げさだよ」と言いながらも薫の口元は、ついつい綻んでしまう。そして、翔に見られないのを良いことに彼女の目からは、大粒の涙がポタポタと零れ落ちていたのだった。
★★★
ゴールデンウィークの初日、薫は翔と渋谷のハチ公前で待ち合わせをした。
薫は、ごったがえす人波の中に、ほんの一瞬で彼の姿を見付けることができた。
いくらマスクとかしてたって、そんなのは関係が無い。翔の顔だけが光って見えて、すぐに胸の中が一杯になった。
『ああ、東京に来れて、本当に良かった』
薫が初めてそう思えた瞬間だった。
それなのに薫は、ぎこちなくその場に立ち止まったままだった。
『私、勢いよく駆け寄って、そのまま彼の胸に飛び込んじゃうかも』
そんな感動の再会シーンを昨夜は何度も頭の中で繰り返していたのに、彼女の足はコンクリートの上から一ミリだって動かない。
そうこうするうちに、彼はズンズンと近付いて来る。
彼の歩幅は大きいから、彼女が歩くよりもずっと速いのだ。
彼が一歩ずつ近づいて来る度に、彼女の鼓動は激しくなる。
彼女の視線は、彼の顔に釘付けだ。
やがて、彼女の七十センチ手前で立ち止まった彼は、「薫、久しぶり」と笑顔で言った。
もちろん、彼は彼女に指一本だって触れようとはしない。
『ああ、翔くんだ』と薫は思った。
そうだった。彼がいきなり、そんな大胆なことをする筈がないじゃない。
それに気が付いた途端、なんか色々と考えていたことが全部、どうでも良くなってしまった。
――今、翔くんが私の目の前にいる。
たったそれだけで、薫は幸せなのだった。
★★★
ようやく再会を果たしてからの薫と翔は、やがてコロナ禍が治まった東京の街で毎週のように待ち合わせては、一緒にあちこちに出歩くようになった。
翔と一緒にいられることで、薫は本来のマイペースな自分を徐々に取り戻して行ったのだった。
やがて、運良くファミレスとコンビニでのバイトに採用された薫は、いつしか「普通の女子大生」になっていた。
もちろん、薫は貧乏だから、満足なお化粧もお洒落もできはしない。
でも、そんな女子大生だって東京の街にはいくらでもいるし、そういう子が必死に夢を追い求めて頑張っているのが、東京って街のひとつの顔なんじゃないか。
そんな、口には出せないクサいセリフを胸の奥に秘めながら、薫は毎日の講義でせっせとノートを取り、空いた時間は大学の図書室に通って、そこにあるパソコンで調べものをしてレポートを書いた。
その後は、夜遅くまでバイトに精を出し、レポートの準備が間に合わなければ、バイトが終わった後に徹夜して必死に仕上げた。
相変わらずリモートでの講義もあったから、その時はアパートで、入学祝いに祖母が買ってくれたパソコンを使って視聴する。
そんな慌ただしい中でも、週末の一日だけは必ず空けておいて、翔と一緒に過ごすのだった。
女子大生の薫は、そんな変わりばえのしない毎日を延々と飽きることなく続けていた。
その頃の自分が翔の彼女だったかと問われれば、正直な所、自信が無い。きちんと告白されたことは無かったし、キスだってされたことは無い。
ひょっとして、翔にとっての自分は、単なる親しい女友達に過ぎなかったのかもしれない。
巷で言われる「都合がいい女」とはちょっと違うかもだけど、たぶんそれに似た何かだったんじゃないかと思ってたりもする。
それでも、薫には確信があった。
あの大学での四年間、翔くんの一番近くにいた女の子は、間違いなくこの私だったよね。
さっき翔と会っていた時の興奮は、今もまだ続いている。翔の顔は目に焼き付いたままだし、耳を澄ませば彼の心地よい声が蘇ってきそうだ。
三年と少し前、あんな形で別れてしまったというのに、私はなんてわがままなんだろう。
もう会わないと決めてたのに、偶然に出会っちゃうだなんて、神様はなんて意地悪なんだ。
でも……。
でも、一度会ってしまったら、どうにも抑えきれない思いがある。
どんなに抑え込もうと思っても、抑えきれない強い思い……。
自信なんか、どこにもない。
あの頃に戻れるなんて思わない。
だって私、もう二十五歳なんだもの。
もう、夢見るだけの少女じゃないんだ。
だけど、せっかくメアドを交換したんだし、今夜中に何か入れておくのが、やっぱり礼儀ってもんじゃないかな……。
薫は何度も何度も打っては消しを繰り返し、考えに考え悩んだ末に、ごくシンプルなメールの文面を作ってみた。
そして日が変わる頃になって、ようやく送信ボタンをプチッと押した。
『翔くん、今夜は、会えて嬉しかったよ。
また会えるといいな。
夕方は、たいていコンビニにいるので、会社の帰りにでも寄って下さい。
待ってます。薫』
ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。
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