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第101話:無罪確定 <翔サイド>。

見直しました。


まさに、茶番としか言いようのない取り調べの最中、突然、部屋に入って来たのは、三十代前半と思われる男性警官と若い女性警官のニ人だった。

ひと目で偉そうだと分かる男性警官は、一度だけ藤田(かける)の方にちらっと眼をやってから、ズカズカと部屋の奥へと進んで、何のためらいもなく上座の椅子にドカンと腰を下ろす。そして、入口の所に立ったままの女性警官に声を掛けた。


二村にむらさん。冷たいコーヒー、お願いできるかな?」

「はい、畏まりました」


二村と呼ばれた若い女性警官が一礼して部屋から出て行くと、すぐに「失礼します」と声が掛かった。

入って来たのは三十代後半ぐらいの女性の警官で、翔は彼女に見覚えがあった。このにしき警察署に連れて来られた時、翔が受付の所で社員証と社用スマホを渡した人だからだ。


「すいません。遅くなりました」

「ああ、長谷川さん、こっちにお願いします」

「あ、はい」


奥の席の男性警官に呼ばれた彼女は、彼の所まで行って持参した小さめのプラスチックのトレイを机の上に置くと、再び部屋を出て行った。

彼女が出て行くと、部屋の空気が一変した。翔を尋問していた二人の若い警官の表情が、随分と硬い。翔が初めて見る表情だ。ついさっきまでの緩み切った雰囲気とは大違いで、背筋をピシッと伸ばして真剣な顔を奥の男性警官の方に向けている。

一方、その奥の男性警官もまた、部屋に入ってからの表情は、ずっと険しいままだ。翔は、彼のこの表情がいつもの状態なのか、それとも何らかの理由で怒っているのかを図りかねていた。


翔は、固唾を飲んで彼の言葉を待った。

やがて彼は、改めて翔の方に鋭い眼光を向けながら、おもむろに口を開いた。


「では、最初に自己紹介をさせて下さい。私は、ここのにしき警察署の副署長で警視の小笠原おがさわらと申します」


意外にも、彼の口調が敬語混じりの穏やかなものだったことに、翔は内心で驚いていた。それに警視という割には、どう見ても若い。ということは、本庁から派遣されたキャリア組なんだろう。

翔の方も自己紹介すべきかどうかで迷ったが、先程のように会社名を言っても信じてもらえない可能性を考慮して、まずは軽く頭を下げるだけに留めておく。

どうやら、それで正解だったようだ。それに彼には、さっきまでの取り調べ(もどき)とは違って、一応は翔の言うことを聞く気がありそうだ。翔は、まだ警戒を解くつもりは無いにせよ、内心で少しだけ安堵した。


その彼の目が、次に若い警官二人の方を見た。


「さて、こちらのかたが今回の事件の容疑者ということで良いかね?」

「は、はい」


痩せた方の警官が、緊張して上ずった声で答えた。


「それで君達は、この部屋で長々と話していたようだが、何か分かったのかね?」

「はい。どうやら、こいつは国際的なシンジケートに属しているようなのですが、こいつ、なかなか口を割らなくて……」


今度も痩せた方が答えた。


「なるほど、国際的なシンジケートねえ。で、その根拠は何だね?」

「はい、これです」


痩せた方が差し出したのは、翔のウェアラブル端末だった。


「これは、まだ日本で販売されていない製品でして、これを持っているということは、海外から不法に入手した可能性が……」


痩せた方の説明の途中で、小笠原が口を挟んだ。


「えーと、君は確か宇佐美巡査だったね?」

「はい。宇佐美です。父が市会議員をやっておりまして……」

「君の父親のことは、どうでも良い」

「はい」

「君は、そちらのお方の勤務先を知っとるのかね?」

「あ、いや。こいつ、なかなか口を割らなくて……」

「藤田さんは、七星ななぼし商事にお勤めで、ニューヨーク勤務ですよね?」


宇佐美巡査の話の途中で、小笠原が翔の名前を呼んだ。翔はまだ彼の意図が掴み切れておらず、とりあえず「はい」とだけ答えておく。

ところが、そこで宇佐美が急に騒ぎ出した。


「えっ、こいつ、藤田っていうんですか? 何処どこで警視は、その名前を……」

「あの、名前は一度も聞かれませんでしたので、てっきりご存じかと思っていたんですけど……」

「うるっせえ。それに七星商事ニューヨーク支社勤務って何なんだよ。そんなこと……」

「私は何度も申し上げましたが、全く聞いては頂けませんでしたよね?」

「そ、そんなもん、信じられるわけねーだろーが……」

「そう言われましても、本当のことですし……。あの、私が何を話しても、そんな風に頭ごなしに怒鳴られてしまっては、会話にならないと言いますか……」

「て、てめえ、さっきは、ちっとも喋らなかったくせに……」

「拘束されてから、私が何を言っても聞いて頂けませんし、すぐに殴られたり蹴られたりしたんじゃ、うまく喋れなくて当然でしょう?」

「お、お前、警視の前で何てことを……」

「黙りなさい」


翔は、ようやく話を聞いてもらえる相手と出会えたことで、気が付くと、さっきから言いたかったことを捲し立てていた。どうやら翔は、相当にストレスが溜まっていたみたいだ。

一方の宇佐美巡査は、自分が不利な立場に置かれたと分かり、逆ギレして翔に怒鳴っていたのを、小笠原に一喝されてしまった。

ところが、それでも宇佐美は納得できないようで、尚も小笠原に食い下がろうとするのだが……。


「で、ですが、警視。こいつは……」

「宇佐美巡査。こいつ呼ばわりは止めなさい。失礼だろ。それから、君は七星ななぼし商事を知らないのか?」

「そりゃ、まあ、知ってはいますけど、こいつの言う事なんか……」

「ここに社員証があるんだが……」

「えっ?」


小笠原はトレイの中から翔の社員証を手に取って、宇佐美巡査の方に翳して見せた。

どうやら彼は、翔が社員証を預かってもらった時のことを忘れていたようだ。


「ですが、警視。そんなもん、本物かどうか……」

「だったら、確認すりゃ良いだろう。ここに連絡先があるんだから、すぐに済む筈だ。違うかね、宇佐美巡査?」

「あ、はい。そうでした。ですが……」

「まだ、何かあるのかね?」

「あ、いや……」

「失礼します」


そこで、さっき出て行った二村という女性警官が、トレイの上にストローの入ったグラスを載せて戻って来た。

ところが、不思議なことにグラスは三つしかない。彼女は、それらを翔と小笠原の前に置いて、もうひとつを小笠原の隣の席に置くと、その場で一礼してから、そこに座った。

改めて見る彼女は、背がすらっと高くて知的な印象のある美人だ。どことなく山口沙希(さき)に似ているが、沙希よりも女性らしい雰囲気を漂わせている。


「藤田さん。紹介します。こちら、二村にむら巡査部長です」

「二村と申します。宜しくお願いします」


美人の彼女に見詰められたことで翔は、自分がぼろぼろになったスーツを纏っていることが、急に恥ずかしくなった。

それでも、何とか平静を装って自分の名前を告げる。


「藤田翔です」


しかし、巡査部長ということは、翔をここに連れて来た二人よりも階級が上ということだ。

翔が、その二人の方をちらっと見ると、彼らは二村の方を憎々しげに睨み付けていた。


「お名前は、存じ上げておりますよ。あ、お飲み物の方、アイスコーヒーで宜しかったですか?」

「はい、構いません。ありがとうございます」


彼女は、そこでミルクとシロップを翔の前に置いてくれたが、翔はそのままストローに口を付けた。

一気に三分の一ほど飲んでしまった。やはり、相当に喉が渇いていたようで、生き返った気分だった。

そこで、二村巡査部長が話し掛けてきた。


「あの、藤田さん、すいません。大変失礼とは思いましたが、社員証にあった連絡先の方にコンタクトさせて頂きました。先方は犬飼いぬかいという女性の方が対応して頂きまして、藤田さんのことを良くご存じのようなので安心しました。その犬飼様には、藤田さんににしき署へご足労頂いていることをお伝えしております。あくまで私どもの都合で、事件の目撃者として、お話を伺っているだけだと説明させて頂いておりますので、その旨をご了承頂ければと存じます」


彼女の説明からすると、どうやら、翔の容疑の大半は晴れたということだ。翔は、ホッと胸を撫で下ろしながら、穏やかな口調で答えた。


「全然、問題ありません。色々とお気遣い頂き、どうもありがとうございました」

「いやいや、これは私どもの……あ、すいません」


二村巡査部長が言い掛けた所で、小笠原が咳払いをした。どうやら、まだ翔は、無罪放免という訳では無いということだろうか?

そこで、怪訝そうな声を上げたのは、宇佐美巡査だった。


「あ、あの、いったいどういうことですか? こいつは、犯人なんじゃ……」

「君、こいつ呼ばわりは止めろと言っただろう」

「だって、犯人に……」

「犯人? 容疑者ということかね?」

「どっちでも良いじゃないですか、どうせ犯人なんだし」

「そうか。ということは、何か証拠でもあるのかな?」

「いや、こいつを捕らえたのは最初の爆発が起きた直後でして、そんな時にあんな場所にいたってだけで充分でしょう」

「ほう。君は、この私の質問には答えずに、自分の意見を押し付けようってわけか。随分と強引な性格なんだな」

「あ、いや……」


小笠原が宇佐美をじろっと睨むと、彼は身体からだをビクッと震わせた。


「まあ良い。お前らのことは後だ」


そこで小笠原は翔の方に顔を向けて、今度は穏やかな口調で言った。


「それでは、藤田さん。こいつらには、もう何度もお話しされたかと思いますが、もう一度、爆発の直後に南側地下通路にいらっしゃった理由をお聞きしても宜しいですか?」

「はい。実は……」

「あの、警視さん。そんな奴の話を聞いたって……」


ここで口を挟んで来たのは、大男の方の警官だった。彼は、明らかに焦った様子だった。翔が初めて見る彼の表情だ。

しかし、当然のように小笠原から叱責が飛んだ。


「福田巡査。お前は、黙ってろ」

「で、でも……はい」

「藤田さん、大変、失礼しました。続きをお願いします」


福田と呼ばれた大男は、口を噤んで悔しそうにしている。隣の宇佐美は、完全に怯え切った表情だった。

翔は、ゆっくりと話し出した。


「実は、大変お恥ずかしい話なんですが、地下鉄の中で急にお腹が痛くなりまして、にしき駅に着いてすぐにトイレに駆け込んでしまいました」

「なるほど。それが東改札口の南側トイレだったということですね」

「はい。しばらくトイレに籠ってまして、ようやく外に出たら誰もいなくなってて、不安に思いながら出口に急いだんですけど……」

「そこで、爆発音を聞かれたという訳ですか?」

「そうなんです。それで、思わず立ち竦んでしまって……」

「そうしたら、この警官どもに問答無用で捕らえられたということですかね?」

「はい」「け、警視さん……」「小笠原警視っ、そんな奴の言葉を信じちゃうんで……」

「うるっさーい。お前らは黙っとれっ!」


翔の返事に被せるように二人の若い巡査が声を上げた。それを小笠原は瞬時に一喝する。


「藤田さん、大変失礼しました。あの、何度も同じことをお聞きしてしまい、申し訳ありませんでした」

「あ、いや、実は聞かれたの、初めてなんです」

「えっ、これも初めて?」

「はい。さっきは何度も話そうとしたんですが、聞いてもらえなくて……」

「はあ?」


小笠原が、呆れた表情で二人の若い巡査を睨み付ける。二人は、気まずそうに唇を噛んでいた。

小笠原は、目の前のアイスコーヒーに口を付けた後で、再び二人の巡査を睨んだ。


「お前ら、最後だから一応、聞いておくが、先ほど藤田さんにご説明して頂いた内容に対して、それを否定するような証拠とか事実はあるのかね?」


二人の若い巡査は、お互いに顔を見合わせた後で、やはり痩せた方の宇佐美が口を開いた。


「だって、こいつ、あんな場所にポツンと突っ立ってたんですよ。明らかに怪しいってなるじゃないですか?」

「そうだとしても、普通は相手の言い分を聞くもんだ。それなのに、お前らは問答無用で逮捕した訳だろう?」

「あ、いや」

「どうなんだ?」

「は、はい。現行犯だと思ったもんで……」

「お前、現行犯の意味、分かっとんのかあ……。ああ、もう。頭が痛いわ」


さっきから小笠原は、しきりにこめかみを揉んでいた。


「それで、ここに連行した後も、お前らは、藤田さんの会社名すら確認しとらんのだよな?」

「だ、だって、そんな有名な会社、でまかせだと思うに決ってるじゃ……」

「お前、馬鹿か。ちゃんとした社員証をお持ちなんだぞ。それも確認して無かったのか?」

「それは……」

「お話しにならんな。普通は、身元の確認くらい最初にすることだろうが……と言っても、お前らには無理か。その程度の頭で、勝手に署にまで連れて来て、しかも取り調べとか、職権乱用も甚だしいわ」

「も、申し訳ありません」「すんません」

「宇佐美巡査。お前、俺の指示、憶えてないだろ。俺は、本部テントにお連れしろと言ったんだぞ」

「……っ」

「それと、もうひとつだ。何で爆発が起こるリスクが高い地下をうろちょろしたんだ。あの状況なら、車を使って地上を移動するのが常識だろうが。お前らが地下通路に長々といたせいで、藤田さんを爆発に巻き込むことになったんだぞ」


小笠原は、ここで盛大な溜め息を吐いた。


「もう良い。どうせ、お前らに言っても無駄だ。これ以上、お前と話してると、アホがうつるわ……。あ、そのウェアラブル端末、藤田さんのだろう?」

「はい」

「二村さん。こっちのと一緒に、藤田さんにお返ししてくれ」

「畏まりました」


二村は立ち上がって、宇佐美巡査から翔のウェアラブル端末をサッと奪い取ると、小笠原の前のトレイにあった社用スマホ、社員証と一緒にうやうやしく翔に渡してくれた。

小笠原は、二人の若い巡査を冷ややかな目で見ながら、立ち上がるように促した。


「しかし、何も証拠が無いと言うのに、よくもまあ、藤田コーポレーションの御曹司を逮捕したもんだな。なあ、市会議員の息子君よ」

「えっ、御曹司って?」

「一応、言っておくが、お前の親父さん、次の選挙で引退確定だ。いや、場合によっては、任期途中で辞任かな。息子の不祥事ってことでだが……」

「ふ、不祥事?」

「ただの誤認逮捕ならまだしも、ケガまでさせおって……。お前らも、ただのクビだけじゃないぞ。暴行罪にも問われると思っておけ」

「えっ、何で?」

「地下鉄の出入口とか改札口付近とかは、監視カメラだらけなんだよ。お前らの暴行の証拠なんか、山ほどあるわ」


宇佐美巡査が、その場に崩れ落ちた。大男の福田巡査の方は、呆然と立ちすくんでいる。二村が宇佐美の両肩を掴んで再び立ち上がらせると、「しゃきっとしなさい」と言って背中を叩いた。


小笠原が立ち上がったので、翔もつい釣られて席を立つ。


「藤田さん。この度は私どもの誤解により、多大なるご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ありませんでした」


小笠原が、大きく腰を折って頭を下げてきた。

翔も驚いたが、もっと驚いたのは二人の若い巡査の方だった。


「こらっ、お前らも頭を下げろ」

「えっ、でも」


うろたえる宇佐美の頭を二村が掴んで、強引に頭を下げさせる。もう一人の福田にはローキックを噛ませて正気に戻し、一緒に頭を下げさせた。

沙希よりは女らしいと思ったが、やっぱり性格も同じみたいだ。


「小笠原警視、お呼びでしょうか?」「失礼しまーす」


そこに現れたのは、筋骨隆々の男性警官二人だった。その彼らに二村が、暴力警官二人を引き渡す。


「こいつら、地下の独房へ連行願います」

「了解しました」


マッチョな二人の警官と二村巡査部長が敬礼を交わした所で、それまでうなだれていた暴力警官二人が急に暴れ出す。ところが、大男の方でさえマッチョの警官らには敵う筈もなく、最後は大人しく連行されて行った。

翔を散々いたぶった二人の後ろ姿を眺めながら、ようやく翔は事態が好転したことを悟った。

すると、緊張の糸が切れたことで、右の肩と肘がまたもや痛み出す。翔が左腕で右肩を押さえて顔をしかめていると、その様子を見た二村が慌てて寄って来て、「おケガが、痛むんですか」と訊いた。


「ああ、二度目の爆発に巻き込まれた時のが、ちょっと……」

「大変じゃないですか。すぐに病院に行きましょう。小笠原警視、この次のことは後にして、先に病院の方にお連れしますが宜しいでしょうか?」

「分かった。宜しく頼む」


その後、翔は二村という女性警官に付き添われて、近くの整形外科に向かうことになったのだった。



★★★



結論から言うと、幸いなことに肩も腕も骨には異常が無くて、打ち身と軽い擦り傷だけで済んだみたいだった。

それで翔は、痛み止めと化膿防止の注射を打ってもらい、更に併設された薬局で毎食後に飲む錠剤を出してもらった。もちろん、費用は全て警察持ちである。

それから、当然ながら診断書も出してもらう。その診断書は、その場で付き添いの二村にむら巡査部長に渡した。


診察を終えた翔は、そのまま二村と一緒ににしき警察署に戻って来た。正面玄関から中に入ると、受付の長谷川という女性警官が「お帰りなさいませ」と挨拶してくれる。

そこで翔は、改めて自分がぼろぼろの格好をしていることが気になってしまった。玄関ホールにいる人達の注目を浴びている気がして仕方がないのだ。

そんな翔の姿を隠すように、二村は素早く翔を奥のエレベータの所まで誘導してくれる。すぐにドアが開いて、彼女が押したボタンは最上階。翔が連れて行かれた部屋は、立派な応接室だった。


「あ、愛花あいか先輩、この方が藤田さんですかあ?」


部屋に入ると、待ち構えていた女性警官がいた。二村よりも若くて割と背の低い女性で、翔に「お疲れ様ですぅ」と明るく声を掛けてくれる。予め知らされているからか、ボロボロのスーツ姿に完全スルーだったのは、大変ありがたかった。

ちなみに愛花というのは、二村の下の名前である。整形外科に同行してもらったことで、翔は彼女とだいぶ打ち解けた関係になっていた。やはり、山口沙希に似ている所が、翔にとっては気楽に話せるポイントだったようだ。


「あのー、藤田さん。これ、あたしが選んだものなんですけどー、もし気にいって頂けたら嬉しいですぅ」


その若い彼女は、いきなり翔に大きな紙袋を渡してきた。中を見てみると、新品の白いカッターシャツにグレーの夏用スラックス、そして上下の下着が入っている。


翔のすぐ前に立ち、胸の前でぎゅっと両手を組んだ彼女は、上目遣うわめづかいで翔をじっと見てくる。淡い茶髪でショートボブの髪。服装はもちろん女性警官の制服だが、何故かスカートの丈が二村よりもだいぶ短い。


「こら、星花ほしかちゃん。もっと、ちゃんと藤田さんに説明しないと分からないでしょう。それに、まず自己紹介からじゃないの」

「はーい。あの、藤田さん。あたし、神谷星花かみやほしかって言いますぅ。愛花先輩の後輩でぇ、署内では花々ペアだとか花々姉妹って呼ばれてるんですよー」


鼻に掛かった甲高い声は、桜木莉子(りこ)鈴村千春すずむらちはるを足して二で割った感じだろうか。背が低めの割に胸の膨らみが目立つ所は千春に近いが、もちろん千春ほどではない……。

そのようなことを考えているうちに、星花という女性警官が、いろいろと説明してくれていた。


「……という訳でぇ、この服、取り敢えず藤田さんにお着替えして頂く為のものですので、気に入らなければ一回着て捨てちゃっても構いませんよー。うちの者がいろいろと乱暴して駄目にしちゃったお洋服代は、別にちゃーんと弁償させて戴きますからねっ。そっちのお洋服、サイズは愛花先輩の見立てなんで、たぶん、大丈夫だと思うんですけどー、もし違ってたら大急ぎで取っ替えますんで、遠慮なくおっしゃってくださいねっ!」


説明してくれる星花の隣で、二村もまたにっこりと笑っていた。


「あの-、それで藤田さん、おケガされているから、お着替えの方が大変かと思うんですぅ、どうしましょう? たぶんシャツとかは、お手伝いをさせて頂いた方が宜しいかと思いますけど……あ、もちろん全部でも、あたしは全然、大丈夫ですから……」


そんな風に言われて下着とか渡されても、翔は返す言葉が見付からない。


「こら、星花ちゃん、言い過ぎ。あ、そうだ。藤田さん、シャワーの方、どうしますか? そっと浴びる分には大丈夫だって、お医者さんが言ってましたけど。もし宜しければ、シャワー室の方にご案内させて頂きますよ」


今度は、二村が訊いてきた。確かに、一度は汗まみれになったわけだし、どうせ着替えるのなら浴びておきたい。若い女性の前だし、実は翔も気にしてはいたのだ。


「じゃあ、お願いしようかな」


翔がそう言うと、二人の女性が同時にニッコリと笑った。



★★★



二村愛花にむらあいか神谷星花かみやほしかに案内してもらって、翔は男性用シャワールームに向かった。

さすがに彼女達も、シャワールームの中までは入って来ない。それで何とか左手だけで服を脱いで、右の肩と腕が濡れないように気を付けながら、さっとシャワーを浴びた。

ケガをした所意外でも、身体からだのあちこちで痛みを感じたものの、堪えられない程ではない。それよりも、ずっと気になっていた汗を流せたことでの爽快さの方が上回った感じだ。実は、さっきから若い女性の前に立たされて、自分の身体が臭わないかが心配で仕方がなかったのだ。


その後、パンツとズボンは左手だけで何とか履いたが、それ以外は、やはりどうにもならない。しばらく悪戦苦闘してみたが、やっぱり諦めることにした。

上半身にバスタオルを引っ掛けて、翔が応接室に戻ると、待ち構えていた二村が、まずは髪の毛を乾かし始めた。その間に星花が背中を拭いてくれて、それから二人が協力し合ってシャツを着せてくれる。そのシャツの裾をズボンの中に入れるのが一苦労に思われたのだが、年上の二村がエイッとズボンを下ろして、サッと中に仕舞ってくれた。

最後に椅子に座らされて靴下まで履かせてもらった時は、まるで子供に戻ったみたいで気恥ずかしかった。


「さあ、終わりました。確認しますから、一度立って頂けますか?」


二村の言葉で、翔は靴を履いて立ち上がる。すると、二村達は、女性の厳しい目で翔の全身をくまなくチェックしてくれた。


「うん、これで良しと」

「さすが愛花先輩ですね-。サイズがぴったりですぅ」

「ふふっ、素敵ですよ、藤田さん」

「やっぱ、イケメンですよねぇ」


どうせお世辞だと思いながらも、綺麗な女性達からそんな風に言われると、つい顔がほころんでしまう。


しかし、どうにも不思議なのは、ズボンもシャツも翔の身体にピッタリフィットしていることだ。いったいどうやってサイズが分かったんだろう?


「ふふっ。愛花先輩って、人の体型がひとめで分かっちゃうんですよー」

「本当は、女性の方が得意なんですけどね」

「ブラのサイズとかひとめで当てちゃうから、女の子達に恐れられてるんですよー」


星花が種明かしをしてくれたのだが、それが本当だとしたら、確かに恐ろしいことだ。

脱いだ下着はビニール袋をもらって持ち帰ることにしたが、着ていたスーツとワイシャツはボロボロなので、ポケットから名刺入れと財布だけ取り出して、彼女達の方に引き取ってもらった。適当に処分してくれるらしい。


「だけど、悪いなあ。このシャツとかもブランド品だし、結構いい奴なんじゃないの?」

「全然、大丈夫ですよ。気になさらないでください」

「そうですよー。貰える物は、貰っちゃえば良いんですぅ」

「そうそう。でも、藤田さんって、何を着ても似合いますよね」


彼女達とそんなやりとりをしているうちに、翔の気分はすっかり回復していた。ついさっきまでは、絶望に打ちひしがれていたというのに、まるで別人みたいな変わりようだ。病院で手当てをしてもらい、肩や肘の痛みを感じなくなっていることもあるが、やはり心の切り替えがうまい翔の性格によるものだろう。


そして、翔の身なりが整った所で、さっきの小笠原警視が再び部屋に現れたのである。



★★★



小笠原警視は、かなり年配の男性を伴っていた。更にその後ろには、既に顔なじみになった若い巡査の二人もいる。どうやら、独房から連れ戻されたようだ。


「藤田さん。こちらは署長の水谷です」

「水谷です。あの、藤田さん。今回の私どもの不手際、誠に申し訳ありませんでした!」


水谷署長が深々と頭を下げたのに続いて、小笠原警視、女性警官二名、そして例の問題の巡査二人と、彼らの付き添いの警官達も一緒に頭を下げる。


その後は、小笠原が説明を引き継いだ。


「藤田さんの勤務先の七星ななぼし商事の方には、私から事情を説明させて頂いております。今回は全て私どもの責任ですので、それ以外にも、できる限りのことは、私どもの方でさせて頂きたいと思っております」


そこで小笠原は、翔を誤認逮捕した二人の巡査にチラッと目をやると、「そこで、こいつらのことですが、あちらの方で少しお話しさせて頂いて宜しいでしょうか」と持ち掛けてきた


特に断る理由も無いので、翔は応接セットの方に移動する。翔が三人掛けのソファーに一人で座り、正面には水谷署長と小笠原警視が座った。他の警官は、後ろと脇に立っている形だ。

こうして改めて見ると、小笠原警視は、相当のイケメンだ。さっきは散々、呆れた顔や怒った顔ばかり見せられたこともあるが、落ち着いている所は、凛々しい顔の麗人といった印象である。背も高いし、足も長い。更にキャリア組で、若くして警視。もしも独身だとすれば、恐らく好意を寄せてくる女性警官達の対応で、さぞかし大変だろう。


最初に、水谷署長と小笠原警視が名刺を差し出してくれる。翔も、ワイシャツのポケットから名刺入れを取り出すと、自分の名詞を渡す。

それを見た水谷署長が、「ほお、本当にニューヨーク勤務なんですな」と感心した表情で言った。


「しかし、今回はとんだ災難でしたな」

「署長、そういう言い方は、よろしくないかと」


水谷署長の言葉に対して、すぐに小笠原が咎める。


「あ、申し訳ない。いや、たまたま帰国している時に、こんな事件に巻き込まれてしまってという意味ですよ。もっとも、半分以上はうちが巻き込んでしまった訳で、その点は大変申し訳ありません」


署長がそこまで言った所で、小笠原が軽く咳ばらいをしてから、本題に入った。


「それで、直接、藤田さんにご迷惑をお掛けしたこいつらですが、暴行罪を含め、犯した罪はきちんと償わせます。また、彼らが警官として復帰することは、もはやあり得ません」


そのように小笠原が言い切った所で、問題の二人をちらっと見ると、真っ青な顔をしながらガタガタと震えている。


「それから、今後、このようなことが起きないよう、署員の綱紀粛正をはかることをお約束します」

「まあ、最近は署員の質がどんどん悪くなる一方でしてな。警官は安月給で、なかなか人が集まらんのですわ」

「署長、その内容はごもっともですが、ここでする話では無いかと思いますが」


そこで、再び署長が口を挟んで来て、またも小笠原に咎められてしまった。

それでも、ここまでは翔が口を開く必要は無かったのだが、この後、小笠原の表情が少し険しいものになった。


「そこで、ここは藤田さんにご相談なのですが、私どもとしましては、あまり大げさにはしたくないというのが本音でして……。率直に言わせて頂きますと、にしき署の不祥事と言う形でマスコミとかに公表することをせず、内々に処理したいというのが希望です」

「……はあ」

「藤田さんには、あれだけの肉体面、精神面での苦痛を与えておきながら、勝手なお願いであることは重々承知しておりますが、何卒ご検討頂ければと存じます」


要するに警察としては、不祥事をマスコミに知られて、世間からバッシングされたりすることを避けたいということのようだ。その点では、翔も全く同じ気持ちである。とはいえ、こういうことは、母の恵美の意向を確認しておいた方が良さそうだ。

翔がその旨を小笠原に告げると、彼には予め想定された回答だったのか、即座に頷いてくれた。


「……では、お母様の藤田恵美様の方には、この後すぐにでも私どもの方からご説明に伺わせて頂きます。それと、慰謝料等のお話しも一緒にお話しさせて頂くということで宜しいですか?」

「はい、構いません」

「畏まりました。それでは、できるだけ藤田さんの方には不利益の無い方向で進めさせて頂きますので、宜しくお願いします」


最後に改めて水谷署長を含めた全員に頭を下げて頂き、この短い会談はお開きとなった。

翔に暴行を働いた宇佐美と福田の二人は、すっかり打ちひしがれた様子で、他の警官達に付き添われて部屋を出て行ったのだった。






ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。

次話も今回の続きになります。事件検証です。


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