最終話 帰路へ
ハロウィン・キャッツ2もいよいよ最終話です。
さて、ケイトはグレンを見つけられるのか?
グレーン、カム バーック!
立ち入り禁止のテープがあちらこちらに貼られたままになっている。警察が入った後なら、怖いものなど何もない。庭の噴水で喉を潤すと、ケイトは石畳の玄関から堂々と屋敷内に入り込んだ。そっと耳を澄ましていると、コンコンと何かを規則的に叩く音が聞こえてきた。
グレンかもしれない。
ケイトは本能的にそう思うと、すぐさま音のする方に走っていった。半開きのドアには黄色いテープが張られて、人間が自由に入れないことを示している。しかし、その部屋ではなさそうだ。ケイトはその隣の部屋のドアに飛びついてドアをあけた。そのまま部屋に入ってみると、乱雑な書類の束が大きな机の上に積み上げられてあった。
机の上には初老の男性と若い女性の写真が飾られていた。
「サイテー!趣味が悪いわね」
ケイトはつぶやいた。男性はアースフィールドに間違いなかった。テレビのニュースで顔写真が出されていたので、ケイトにもすぐわかった。そして、その机の向こうにあるソファの下からかすかな物音がしていたのだ。
ケイトは周りを見回し、机の上にあがって先ほど見つけた写真立てを後ろ足で蹴り落としてみた。すると先ほどのコンコンという音がドドドっと激しい音に変った。
「グレン!そこにいるのね」
ケイトが呼びかけても、返事がない。ケイトは迷った挙句、アースフィールドの部屋を飛び出して、アンの姿を探した。
アンは、お茶の支度をしてリサの部屋に届けるところで、きれいなシャムネコが廊下を横切るのを目撃した。
「あ、ネコが!」
アンはすぐさまカートを廊下の隅に置き、ネコが駆け抜けていく後を追いかけていった。ケイトはそんなアンの姿を確認しながら、グレンの方へと誘導していった。
「これ!どこに行くの? そこは旦那様のお部屋なのに…!」
それでもアンは、ネコを見逃す事もできず、アースフィールドの部屋に入った。そして、ドドドっという物音に遭遇した。アンは驚きのあまりネコを追いかけていた事も忘れて駆け寄った。
フローリングの下から、何者かが床を叩いてその存在を知らしめようとしているのが分かった。
「どうしましょう」
アンはおろおろしていたが、リサに報告に行く事を思いつき、転がるようにしてリサの部屋に向かった。その様子を机の下から見つめていたケイトはアンが出て行くのを見届けると、そっと机から抜けだし辺りを探り出した。
フローリングにはわずかだが切れ目が入っているのが分かる。これはそこだけはずして、床下収納やワイン倉庫のような空間へと繋がれる仕組みなのかもしれない。ケイトがそこまで調べたとき、2人の足音が聞こえてきた。
「お嬢様、こちらです」
「パパの書斎?…」
一人は部屋に入ることを躊躇しているようだった。
「床下に何か倉庫でもあるのでしょうか。それとも、先日のブラウンさんのお部屋のように地下室でもあるのでしょうか。。」
「分からないわ。でも、入ってみるしかなさそうね」
つかつかとまっすぐに入ってきた足音を、ケイトは再び机の下で確認した。床下からの物音はさっきより弱くなっていたが、それでもとんとんとなり続けている。
―このまま見つかってくれればいいんだけど-
ケイトは心の中でそう願っていた。しかし、さっきの呼びかけに返事がなかったことや、物音の大きさから考えて、グレンでない可能性も否定できなかった。
―人間かもしれない―
「あら?この切れ目は何かしら。」
リサがフローリングの切れ目に気づいたようだった。
「サムさんを呼びましょう。私たちだけじゃ、手の施しようがないわ」
リサはすぐさまケータイでサムを呼び出した。ケイトはそのまま息を殺して様子を伺っていた。
しばらくすると、サムがどかどかとやってきた。
「リサ、どうした?」
「床下から物音がするのよ。でも、どうしたらいいのか分からなくて…」
「床下から?!」
サムが興奮しているのは、机の下にいるケイトにも分かった。サムはしゃがみこんでコンコンと小さな音を立てている床に耳を当てた。そして、そのまま回りの切れ込みを確かめて、ブラウン氏の部屋の要領でボタンを探し始めた。
「ここだっ!」
サムは飾り棚の裏手にある小さなボタンを見つけると、そっとボタンを押してみた。しかし何一つ変化がなかった。
「おかしいなぁ。。。ここの電源はどうなっているんだ?」
「このエリアは事件のあと、警察の方が電源を落としておくようにと言われたので、そうしています。あの、今電源を入れてきます」
アンはバタバタと廊下を駆けていった。そして、遠くから入れましたっと叫ぶ声が聞こえてきた。
サムは再びボタンを押してみた。すると、目の前にあった床がすーっとスライドし、床から一段下がったところに、小さく丸まった裸の男がいた。
「きゃあっ!」
リサは慌てて目を背けた。そこに戻ってきたアンが、心配してリサに駆け寄った。サムは驚きのあまり声も出なかった。
男は相当に苦しかったらしく、床が開いたというのに立ち上がることもままならなかった。
「なにか…なにか着る物を…」
その声を聞いてサムは余計に驚いた。
「タディ!! タディじゃないか!!」
サムは自分のジャケットを脱ぐのももどかしくすぐさま男に掛けてやった。そして、抱えるように男を救い出すと、すぐさま救急車を要請した。
ずきずきとうずくように頭が痛む。俺はいったいどうなってしまったんだ。朦朧とする意識の中にいても、そばに人の気配がしているのがわかった。
「ここは…?」
「タディ!気がついたのか!」
ぼんやりと目を開けると、やたらまぶしい。ゆっくりと焦点があってくると、サムとマージーがそばに座っているのがわかった。どうやらまっしろな部屋のベッドで寝かされているようだ。まぶしかったのは、この部屋の白さのせいか。
それにしても、こんな風に背中を伸ばして眠るのは久しぶりのような気がした。サムに声を掛けようとパソコンを探しながら、ふと、サムがタディと俺を呼んだことに気がついた。
そうか、俺は人間に戻ったんだ。視線を下げると人間の鼻が見える。手も足も人間のものだ、あの肉球の感触はどの指にも感じることはなかった。
「サム。俺はどうなってしまったんだ?」
「タディ…無事でよかったよ。どうしてあんなところに閉じ込められていたんだ?」
「あんなところ? すまん。今は何も思い出せないんだ」
さっきからの頭痛も手伝って、深いため息がでた。俺は人間に戻れたのだ。うれしいはずなのに、なぜか寂しく切なさすら感じられた。
「タディ。すまん…。 僕は、どうしても謝らなくちゃならないことがあるんだ。…グレンのことだ」
「グレ・ン…?」
どうしたものか。俺はサムになんと言ってやればいいのだろう。どんなに考えても言葉がみつからなかった。しかしサムは、まったく別のことを考えていたようだった。
「タディ、思い出したのか? やっぱりグレンは、グレンはもう…」
サムはグレンの綿毛が落ちていたことやそれ以来グレンの姿が発見されていない事を説明してくれた。サムは誠実だった。俺の、グレンの行方が分からなくなったこと、もしかしたら、もうこの世にはいないかもしれないことの責任は自分にあると、頭を下げてくれた。
マージーが困った表情で俺に視線を送ってきたが、俺自身が戸惑っているのを見て取ると、少し考えて、この問題に結論を下した。
「ねえ、皆でグレンのお葬式をしてあげましょう。きちんと正式なやり方で。それがなによりの供養になるはずよ。そうでしょ、サム?」
「そうだな。そうしてあげよう。」
突然ノックが聞こえて、エリックがやってきた。
「やぁ、気がつかれたようですね…。ん?」
歩み寄りながら、エリックはじっと俺の顔を見つめた。
「どうかしましたか?」
「いや、すみません。どこかで見かけたような気がして…人違いでしょうね。では、少し検査をします。今日明日の2日検査して、異常がなければ退院できますよ」
エリックは、そういいながら脈を取り始めた。マージーは必要なものを買いに行ってくると言って、サムを連れて病室を出て行った。
一通りの検査を済ませると、あとはのんびりと過ごす事が出来た。ふいにしっぽを振ってみたくなって、しっぽがないことに寂しさを覚えたり、顔を洗おうとして、長い指に違和感を覚えたりした。
ふと思い立って、洗面台に向かった。鏡には無精ひげの伸びた冴えない男が立っている。やっと戻れたんだ。長い日々だった。しかし、決して辛いばかりの時間ではなかった。
あの出来事はいったいなんだったんだろう。
チャーリーに見つかったあと、俺はしばらく気を失っていた。気がついたときには小さなゲージに入れられていたんだ。地下室のどこかの部屋だった。悪夢のような出来事だった。
「実験はモルモットでやるつもりだったが、ちょうどいい。このネコで試してみよう」
薄目を開けて確かめると、白衣を着た男が小さなチップのようなものを用意していた。
「一応麻酔を打った方がいいでしょうねぇ」
そばにいた男が白衣の男に確かめていた。どうやら麻酔を打って何かの手術が始めるらしい。実験はモルモットではなくネコで…!
このままでは危ない。俺はとっさにゲージの端に飛びついてゲージごと机から転がり落ちた。うまい具合にゲージが壊れたので、隙間から抜け出す事に成功。ドアノブに飛びついてドアを開けると、闇雲に逃げ出したのだ。男たちが大声で仲間を呼び追いかけてきた。そして、地下の一番奥の行き止まりにまで行き着いてしまったのだ。
男たちは俺を捕まえ、再び実験に取り掛かろうとしたが、俺は自分の毛を引きちぎられても逃げおおせる覚悟だった。つかまれるたび毛をむしられながら逃げ回った。
そうこうしている間に、地上が騒々しくなってきた。上でなにかあったのだ。男たちは慌てて何処かに走り去って行ったが、さっきの白衣の男だけは、俺を許さなかった。
「ちくしょう! もうちょっとでリモコン猫が試せたのに…。もうお前なんぞに用はない!」
そう言うと同時に、何か長いものを振り下ろした。ガシッといやな音が頭の中で響いた。男はそのまま仲間の去った方角に逃げていった。
俺は目がかすみながらも、どこか地上への出口がないか探しまわった。そして、箱のような小部屋をみつけたのだ。小部屋の横には小さなボタンがついていた。ボタンを押すとドアが開いた。構造から考えて、これは簡易のエレベーターだろう。そのまま飛び乗って中のボタンを押すと、床が上がっていくのが分かった。ところが、地上の1階の床が開かないまま迫ったきた。俺は慌ててなにかボタンがないか見回したが、どうしても見つけられなかった。体を横にして小さくなって、運命を天に任せたのだ。
だが、どうやらまだ俺は生きている事を許されたらしい。上昇する床の縁にある30cmあまりの囲いが俺を救ってくれた。床の上昇は囲いの高さで止まり、俺は圧死することを免れたのだ。
俺はできるだけ小さくなって、助けが来るのを待っていた。外での物音はさっきよりよく聞こえていた。救急車の音、パトカーのサイレン。そして、サムの叫び声も!
しかし俺にはどうすることもできなかったのだ。狭い空間では肺を広げる事すら出来なかった。浅い息をしながら、じっと耐え忍んでいたのだ。
俺は再びベッドに横になり、しばらく眠っていたようだ。気がつくとマージーが戻ってきていた。
「目が覚めた?サムは仕事を残してきているから帰ったわ。随分心配してた。さてと、買い物はしてきたわ。着替えと洗面具とタオル。それから、サムがグレンの遺品だと話していたノートパソコンも持ってきておいたわ。」
「ありがとう。助かるよ」
「お帰りなさい。高井忠信さん」
マージーは改まったように手を差し伸べてきた。
「ただいま…」
その手にしっかりと握手で答える事ができた。
俺の退院を待って、サムたちはグレンのためにきちんとした葬儀を執り行ってくれた。そのままサムと一緒に家に戻ると、クレアが笑顔で迎えてくれた。
「高井さま、ようこそいらっしゃいました」
言葉は改まっているが、決してかしこまらない雰囲気だ。それから1週間は人間としての仕事に忙殺される。
仕事が一段落ついて、日本に帰る日が近づいてきた。最後の休日は、はやりあの公園に出かけることにした。
木々のざわめきも噴水のすがすがしさもすべてが懐かしい気分だった。
にゃぁ~っと足元にきれいなシャムネコがやってきた。ケイトだ。俺は、携帯用のノートパソコンを開いて、ケイトに打たせてみた。初めのうちは冷たい視線を投げかけていたが、諦めたようにキーボードを打ち始めた。
「人間に戻れたのね。おめでとう。。」
「やあ、ちょっとした犯罪に巻き込まれてね、頭を殴られたんだ。ただそれだけなんだが。
お前さんへの助言にはなりそうにないな。でも、気を落とさずに。きっと戻れるさ」
ケイトは大きなため息をついた。
「あきれた。自分が人間に戻ったとたん、大きな口を叩くのね。さっさとお帰りなさい」
「もし、君が人間にもどったら、是非そこの通りを左に二度まがったところにあるサムってやつの事務所に顔をだしてくれ。俺に連絡をとってくれるだろう。」
「うぬぼれないで!あなたに会いに、この私が行くとでも思ってるの? ばかばかしいわ」
ケイトはさっさと自宅へ帰って行った。
入れ違いにチェックがやってきたが、ただにゃぁ~んと猫の鳴き声でえさをせがむばかりで、すっかり隔たりができてしまっていた。
サムの家にかえると、クレアが相変わらず暖かな笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい。。 いよいよ明日ですね。 さみしくなるわ。」
「本当に、お世話になりました」
俺はグレンの気持ちのまま、深々と頭を下げた。
「ほほほ。今回はほんとに大変な赴任でしたね。でも、ホットミルクやカフェオレを入れるのも、悪くなかったですわ。もうその必要もないのかと思うと、ちょっと寂しいぐらい。ふふふ。さて、おいしいコーヒーをお淹れするわ」
俺は言葉がでないほど驚いた。クレアは気づいていたのだ。
「本物の猫好きには、敵いませんね」
俺が言うと、クレアは楽しそうに微笑みを返した。
―おわり―
ハロウィン・キャッツ2を最後まで読んでくださってありがとうございます。
よろしければ、ぜひ感想などお寄せください。
このお話の登場人物、みんな大好きなので、またスピンオフなど書けたらなぁっと考えております。
評価もよろしくお願いします。