第8話 気がかり
すっかり意気消沈してしまったサム。
でもグレンはどこに行ってしまったのか。。。
意外な人物が動き出す。
「出来なかったんだよ。今、君のお父さんはあの焼却炉の中にいる。でも、見ないほうがいいだろう。僕は警察を呼ぶよ。」
そう言って溶けたカフスボタンを手渡し、ケータイを取り出した。
リサは受け取ったカフスボタンに見覚えがあったのか、はっと息を飲み込んで、大事そうにそれを握り締めたまま、泣き崩れていった。
サムはリサの気持ちが落ち着くまで、じっとそばにいることにした。手には白いコーヒー豆を握り締め、心の中で叫び続けた。
「タディ!出てきてくれ! グレンがピンチなんだ!」
数分後、何台かのパトカーがアースフィールド家を取り囲んだ。パトリックの上司、ディレクが、ブラウン氏の抗議を受けながらも一斉に捜査した。騒動に気づいたアンは、おろおろと玄関ホールにやってきたが、裏庭にリサがいることに気づき、転げそうになりながら駆け寄ってきた。
「リサお嬢様!! お帰りなさいませ。」
アンは嬉しさのあまり大泣きしていた。リサは良家の子女らしく姿勢を正し、気丈に振舞っていた。先ほどまで泣き崩れていたのがウソのようだった。
「それにしても、いったいこれはどういう騒ぎなんでしょうか」
戸惑うアンにサムが声をかけた。
「大丈夫だよ。ブラウン氏はどうやら裏の世界の人間だったらしい。本当のことはこれから分かってくるだろうけど、アースフィールド家が危機に瀕していたことだけは確かだ。
だけど、今は大丈夫。リサさんが戻ってきてくれたからね。すべてが落ち着いたらメアリーやジョンソンと連絡を取り合うといい。」
「メアリーたちは、私を許してくれるのかしら。」
リサは不安げにつぶやいた。
「大丈夫だよ。メアリーは君の事をとても心配していたんだ。素直に謝れば、すぐに元の関係に戻れるさ。」
話している矢先に、パトリックが焼却炉にやってきた。
「うわっ! 担架を持ってきてくれ! それから鑑識も呼んで!」
どうやらアースフィールド氏の遺体が見つけらたようだ。
「パトリック、ブラウン氏の部屋の地下室は確認できたか?」
「ああ、ものすごいことになっていたよ。地下室なんてものじゃない。会社が1つ丸々入ったような状態だったよ。パソコン、空気調整完備。ブラウン氏は企業乗っ取りのプロだな。」
「で、ネコは見なかったかい」
「ネコ? 見ないねぇ」
サムはじっとしていられなくなって、屋敷の中に駆け込んでいった。
「グレン、無事でいてくれよ」
ブラウン氏の部屋に入ろうとするサムをパトリックの同僚が制止した。
「ここはまだ立ち入り禁止です!」
「通してくれ!僕の相棒が捕まってるんだ。きっとこの中に監禁されているはずなんだよ!」
「監禁?!」
警察官たちは色めき立った。その現場を指揮している警官が、何人かを引き連れて地下室になだれ込んでいったが、サムはその場から進む事を許されなかった。
「グレーン!」
地下室にサムの悲痛な声が響いたが、警官たちは逮捕者以外には人も動物も、見つけることはできなかった。
裏庭では、アースフィールド氏の遺体が焼却炉から出されていた。泣き崩れるリサを慰めながら、アンはメアリーに助けを求めるべく連絡をとった。指示を仰ぐべきブラウン氏は早々に逮捕されてしまったし、頼りのチャーリーまでも、遺体遺棄で逮捕されていた。
警察が去っていった後にぽつんと残されたサムは、それでもまだ納得ができないでいた。閉じてしまったエレベーター式の床をじっと睨みつけていたが、おもむろに立ち上がり、まだ立ち入り禁止のテープの張られたままのエリアにそっと忍び込んでボタンを押した。
消音効果があるのか、静かに床が下がり、ほどよい高さで静止した。サムは地下のエレベータールームのドアを開け、その地下室へと歩き出した。愕然とするほどに、地下内の設備は整っていた。
「ここでいったい何人の人間が活動していたのだろう。パトリックの話では、警察が踏み込んだ時点でも8人は働いていたというが。」
サムは最新の設備におののきながらも奥へと進んでいった。PCルーム、会議室、それぞれの個室らしき部屋。
しかし、グレンの痕跡はどこにも見当たらなかった。
とうとうサムは地下室の一番奥にたどり着いた。そこは、さっきまでのきれいな事務所とは違い、コンクリートがむき出しになった一角で、掃除道具のようなものが無造作に置かれていた。
その一番隅に、見たことのあるグレンの毛が綿毛のようにふんわりとまとまって留まっていた。
「グレン!」
サムは体中から力が抜けていくのがわかった。こんな風に毛をむしられてしまうということは、普通の状態ではないだろうと推測したのだろう。
サムの頭の中を、グレンと一緒に探偵業に励んだ日々が浮かんでは消える。安っぽいドラマみたいだと、サムは自嘲した。
しばらくそこにうずくまるようにしていたサムは、ふいに重い体を起こして地上のブラウン氏の部屋に戻った。
裏庭では、メアリーがやってきたところだった。メアリーはサムを見つけると駆け寄ってきた。
「サムさん。アースフィールド氏のこと、残念でした。でも、リサお嬢様がもう一度雇ってくれるというので、がんばってみようと思います」
サムは、そんな興奮したメアリーの気持ちにこたえることなどできなかった。まともに返事もせず、裏庭へと進んだ。そして、グレンのノートパソコンを手にとると、枯れ草を払ってやった。
「サムさん? どうなさったのですか」
「グレンが、グレンがいなくなったんですよ。地下に綿毛になったグレンの毛が…」
「しっかりしてよ、サムさん!あの子が、あんな賢い子が、そんなに簡単にやられたりしないわ」
大きな肩を落としているサムに、メアリーとリサが声をかけた。
「ありがとう。とりあえず、自宅に帰ってみるよ。ここにいても、今の僕では何の役にもたちそうもない」
サムはうつろな瞳でそういうと、とぼとぼと車に戻っていった。
一夜明けて、警察からはショーンやロゼッタもブラウン氏の傘下にいたことを突き止め逮捕したとの連絡があった。ブラウン氏は企業乗っ取りをしながら、巨大な裏組織の資金調達係として一目置かれる存在になっていた。そして次なる金の種を手に入れようと、秘密裡に良からぬ実験を企てていたのだ。そんな時、石造りで堅牢、地下室も豊富な屋敷を持つアースフィールドに出会ったのだ。世間にばれずに実験するのにはうってつけだったというのだ。
パトリックは興奮冷めやらぬ様子で、電話をかけてきた。このまま捜査が進めば、経済界や政界にまで影響の及ぶ出来事になりそうな予感だったのだ。
しかし、サムにはどうでもいいことだった。どんなに大きな事件を解決する事ができたとしても、グレンは帰ってこない。
クレアもまた、肩を落としていた。そっと斜め向かいの窓辺にすわるネコを眺めては、寂しげな眼差しで微笑みかけていたのだ。
ケイトは、そんなクレアの眼差しがたまらなかった。初めこそ、気高く知らぬ振りを続けていたが、この不思議な境遇になった同じ立場の人間が、忽然と消えうせるのは気持ちのいいものではなかったのだ。
翌日、ケイトは公園に出かけた。老ネコチェックから、グレンの情報を仕入れるつもりなのだ。お昼前まで粘ると、のろのろとチェックがやってくるのが見えた。
「ねぇ、あなたグレンの知り合いでしょ?」
「ああ、あんたかい。グレンなら、最近みないけど、どうかしたのか」
「どうやらグレンは行方不明になったらしいのよ。で、貴方なら、心当たりがあるんじゃないかと。。」
チェックはふぅっと興味なさそうにため息をついて見せたが、ケイトのまっすぐな瞳に睨まれたら知らん振りをきめるこむこともできない。
「あいつは風来坊だからなぁ。長い事公園に出てこないこともあるさ。でも、もし何処かに行くとしたら…。そうだなぁ。アンのところにネコスナックでももらいに行ったんじゃないか?わしも行きたいが、こんな老体じゃあ、あそこまで行くのは辛い。」
「どこなの?」
「ええっと、たしかコーヒー店のキューンとかって言うアメリカンショートヘアの家の近くらしい。アースフィールドとか言う屋敷で働いているって言ってたなぁ」
「ありがと」
ケイトは、キューンのコーヒー店に向かうことにした。アメリカンショートヘアのキューンなら、コンテストで同席したことがあり、飼い主も友人同士だったので、店に行ったことがあった。
ネコにとっては近い距離ではなかったが、ケイトにも、今のグレンが決して普通の状態ではないと分かっていたのだ。
店の近くまで行けば、どこかに地図もあるはず…。ケイトは先を急いだ。
コーヒー専門店の近くまで来ると、ケイトは見たことのある女性を見つけた。アンだった。そのままさりげなくアンの後をつけ、ケイトはまんまとアースフィールド家を見つけ出した。
隙だらけのアンは、ちょうどいい道案内になった。ケイトはそのまま屋敷に侵入し、家の周りを捜索した。
ケイトは女の勘を働かせて、あっさりアースフィールド家にたどり着いたけど、はて、これからどうするの?
次回、いよいよ最終話です!