第4話 邸宅訪問
いよいよアースフィールド家に乗り込みます!
さて、リサはどんな家庭環境で育ったのか。。。
チェックの言うおもしろい常連も確認できたので、俺はサムの家に戻る事にした。
サムの家を目前にして、昨日出会ったケイトが表れた。
「貴方、いつもここの住人と何か仕事でもやっているの?」
「ああ、探偵業さ。今までの仕事も続けている。パソコンとデータがあれば、なんとかやりくりできる仕事なんでね。ここでは一応俺は飼い猫ってことで通ってる。俺は猫になって2年だが、人間とはパソコンで会話しているんだ。もちろん、限られた人間とだけだがな」
ケイトは呆れたように眉をひそめた。
「猫になってまで、ワークホリックってわけ?」
「なんとでも言えばいいさ。俺は自分を必要としてくれる仕事仲間がいる限り、仕事は続けるつもりさ。君はすっかり猫の生活に馴染んでいるってわけかい?」
俺は、どうもこのケイトという人物が気に食わなかった。初めてみたときから、こちらを見下げているというか、小ばかにしているような印象を受けてしまう。
「しょうがないでしょ。飼い主が大変な猫好きなのよ。健康管理や美容にも時間とお金を使ってくれているわ。私は猫のコンクールで優勝したこともあるの。
自分の動きが常に視線を集めているってことを意識しながら生きてきたわ。まあ、その辺りは人間の頃と同じだけど。おかげでいろんな国を回ったわ。」
ケイトは晴れ渡った空を見上げてつぶやく。
「だけど…
だけど、どうしても人間に戻るヒントを見つけることが出来ないのよ。調べ物をしたくても、そうそう自由な時間もないのよね。貴方はそのままで良いと思っているわけ?」
ケイトはやや神経質に眉間に皺を寄せて早口で捲くし立てた。それは、人間に戻れないことへの焦りの表れだろう。
俺だって、諦めてしまったわけではない。だけど、どうすることもできないんだ。こういうときは、チャンスが訪れるのを我慢強く待つしかない。
「思っているわけないさ。だけど、今は出来ることをやるしかないじゃないか。いつか人間に戻るヒントが見つかったら、ケイトにも知らせてやるよ。じゃあ、俺は仕事があるんで、失礼するよ」
まったく、ケイトというヤツはどんな人間だったんだ。高飛車で傲慢で、ろくな女じゃないな。俺はさっさとケイトの横をすり抜けて、サムの家に入って行った。
「おかえりなさい、グレン」
クレアが笑顔で迎えてくれたので、俺の気分もすっかりリセットされた。サムの部屋に戻ると、待ちかねたようにサムが迎えてくれた。
「なあ、グレン。これからちょっと出掛けたいんだが、付き合わないか」
俺はパソコンに手を掛けたまま、首をかしげた。サムもすっかり心得たもので、すぐさま答えて来た。
「アースフィールドの屋敷だよ。ヤツの会社は健康食品の輸出入をやっているそうだ。さっきアンから連絡があって、今朝からアースフィールドは海外に出掛けたらしいぜ。こういうときこそ、情報収集のチャンスじゃないか」
俺はすぐさまパソコンをリュックに入れると、サムの上着に飛びついた。
途中でちょっとしたケーキを手土産に用意して、豪邸の建ち並ぶ街中に入った。
サムが呼び鈴を押すとアンがやってきて、すぐに俺たちを屋敷の隣にある宿舎に案内してくれた。
「ここでお待ちいただけますか。今は料理人のチャーリーさんと執事のブラウンさんしかいませんが、ブラウンさんはご主人がお留守の間、ご主人の隣の部屋でお仕事をなさっているので、お約束のないお客様は通さないようにと言われています。
私より、チャーリーさんの方がお嬢様のことをよく知っていると思うので呼んで来ます」
そう言って、ぺこりと頭を下げると、アンはすぐさま厨房があるらしい屋敷の中に入っていった。そして、ほどなく年配の穏やかな印象の男性を連れてきた。
「はじめまして。私は、サムと申します。娘とこちらのお嬢さんが少し揉めているようで、心配しているのですが、なにかご協力いただけると嬉しいのですが」
サムは先に自己紹介を済ませて、右手を差し出した。
「私はチャーリーと申します。こちらでは、もう長いこと厨房を任せてもらっています」
チャーリーは、少し戸惑ったような笑顔で、サムの右手に答えた。
「それにしても、リサお嬢さんはどうなってしまわれたのだろうねぇ。ご友人と揉めるようなことなど、今まで無かったのだが」
チャーリーは顔を曇らせた。
「私がこちらに仕えるようになったのは、奥様が嫁いで来られる少し前でした。そのころは、私も見習いでよくご主人様に叱られたものでしたが、奥様がなだめてくださることも多くて、なんとかここまで勤め上げることが出来ているのです。
リサお嬢様も、幼い頃は本当に子どもらしい愛らしいお子さんで、ご両親が仕事で海外に行かれるときは、いつも厨房に遊びにおいででした。
それが、どういうわけか1年ぐらい前からでしょうか。お嬢様の様子がおかしくなってきたのです。補導されることもしばしばで、マスコミに見つからないように、ご主人様は相当な額を使って口止めされていると聞きました」
「それなら、私、メアリーさんから聞いたことがあります」
アンが急に思い出したように立ち上がったので、テーブルの紅茶がぐらりっと揺れて、危うくやけどをしそうになった。
「ご主人様のお仕事に対して、お嬢様は納得できなかったんだろうって。メアリーさんも、そのことに心を痛めていました。
なんでも、学校で世の中の仕事についてレポートを書いていらっしゃるとき、お父様のお仕事も取材したいって、ご主人様のお留守にお部屋に入られたのだとか」
横で聞いていたチャーリーが首をかしげた。
「おい、ちょっと待ってくれ。じゃあ、うちのご主人様のお仕事に何か問題があったってことかい」
その質問に、アンは答えることができなかった。
「わかりません。でも、その日を境にお嬢様の様子は少しずつ変わっていったとメアリーさんから聞いています」
「アン。ご主人様に失礼なことを言うもんじゃない。メアリーはご主人様のお仕事のことなど知らないんだ。」
そう言いながら、ちらっとサムを値踏みしているのがわかった。
「とにかく、このことがブラウンさんの耳に入ったらどんな罰を受けることになるかわかったもんじゃない。くれぐれもブラウンさんの部屋に近寄るなよ」
これはどうやらご主人様の書斎を調べる必要がありそうだ。俺はサムに目配せして、チャーリーには適当に礼を言って部屋をでた。中庭まで見送ってくれたアンが急に声をかけた。
「やっぱり、一度ブラウンさんにお尋ねしてきます。ブラウンさんなら、ご主人様とも親しくなさっていましたので」
どうやらアンには、チャーリーの言う事が伝わっていないらしい。いや、これぐらいの神経でないとこのお屋敷では勤まらないだろう。慌てて屋敷の中に入って行ったアンだったが、ほどなく首をかしげながら戻ってきた。
「あの、さっきブラウンさんにご都合を伺おうと思ったのですが、何度ノックしてもお返事がなくて…。お車もありますし、お出かけの様子はないのですが」
どういうことだ。外出していないのに、ノックに反応がないって? サムがちらっと内ポケットの俺を見た。
「もしかして、中で具合が悪くなってらっしゃるんじゃないでしょうねぇ。とりあえず、ブラウンさんのお部屋まで案内してもらえますか」
サムはそう言ってアンに道案内を頼んだ。天井の高い廊下をコツコツと靴音が響く。随分古い作りだが、がっちりと重厚な感じの建物だ。こういった建物には、古くから隠し扉や一般には公表していない地下室なんかがあるもんだが、ここはどうだろう。そんなことを考えていると、アンが小走りでドアの前に向かった。
「ブラウンさんのお部屋はこちらです」
そういうと、すぐさまドアをノックした。しかし、ブラウン氏の返答はない。
「ブラウンさんはお若い方ですか?それとも、ご年配で?」
サムが心配そうに囁くと、アンは急に不安になったのか、思い切ってドアを押し開けようとしたが、中から鍵がかかっているらしく、ドアはびくともしなかった。
「ブラウンさん、大丈夫かしら・・・。あっ、そうだわ」
アンは突然何かを思い出し、今来た廊下を駆けていった。そして、なにやらカギの束を持って戻ってきた。後からチャーリーも追いかけてきた。
「ブラウンさんの様子がおかしいんだって?」
チャーリーは心配そうにこちらに質問を投げかけたが、サムと俺は逆に面食らってしまった。
「返事がないんです。でも中から鍵が掛かっていて…。と、とにかくあけてみますね」
アンはそういいながらすでにカギを差し込んでドアを開いていた。
ブラウン氏を助けようとチャーリーが一目散に駆け込んだ。続いてアンが奥へと駆け込んだが、部屋の中には誰も居なかった。
サムが遠慮気味に部屋に踏み込むと、俺も床に降りてそそくさとその後に続いた。
古い建物に重厚な家具がしっくりと馴染んでいた。ドアを入って正面にメインディスクがあり、右手にはソファ、左手には背の高い本棚があった。品のいいレースのカーテンの向こうには華やかな春の草花が咲き乱れているのが見える。
チャーリーが室内を一回りして確かめたが、変わった様子もなかったので、とりあえずそこにいたみんなは外に出ようとしていた。
サムの後に続いて廊下に向かっていた俺は、ソファの下に何かが光っているのが見えた。カフスボタンだった。
前足を使ってじゃれるように転がしてサムに声をかけた。
「なんだ、グレン? こんなのが落ちていたのか?」
サムはしゃがみこんでカフスボタンを拾い上げると、デスクの端に置きなおした。
「さ、もういいだろう。みんな外に出てくれ。ブラウンさんはきっと、他の用事に出かけているんだろう。勝手に部屋に入ったことが知れたら大目玉だ。」
チャーリーの言葉にアンが何か申し訳なさそうに言い訳しようとしたとき、その後ろで気配がした。ブラウン氏だった。
「君たち、どういうつもりで他人の部屋に入っているんだ!」
静かだが、圧倒的な威厳をもった声だった。アンが申し訳ありませんと事情を説明したが、ブラウン氏の機嫌は簡単には治らない。
「いや、本当に申し訳ありませんでした。しかし、ブラウンさんの身になにかあったのではと、心配していたのです。どうかお許しを」
サムが間に入って言うと、改めてじっとサムを凝視したブラウン氏が尋ねた。
「あなたは?」
サムは一通りの自己紹介をしたが、ブラウン氏は子どものけんかに親が口を挟むなんてと呆れたようにつぶやくと、そのままきびすを返した。
「あ、言い忘れていたんですが。ブラウンさん、変わったカフスボタンが落ちていましたよ。デスクに置いておきました」
サムはさりげなくそう言いながらブラウン氏の後姿を見送る。ブラウン氏はカフスボタンのことを聞いたほんの一瞬、顔をこわばらせた。
「では、私はこれで。親御さんがいらっしゃらないのであれば、ご相談のしようもありませんのでね。しかし、リサさんは寂しいでしょうねぇ。娘にはその辺りの事情を話して、そっとしておくように話しておきます」
誰に言うともなくサムはそう言うと、さっさと屋敷を出た。申し訳なさそうに後からついて来ようとするアンを、ブラウン氏が呼びとめ自分の部屋に入るように言ったが、サムはまるで気づかない振りで自分の車に乗り込むと、さきのコーヒー専門店の傍まで来て車を止めた。
どうやら盗聴器を仕掛けてきたようだ。サムは慌てて機械を操作し、音声がきれいに受信できるように調整した。
「すみませんっ!!」
「すみませんで済む問題ではないぞ!リサお嬢様の事を心配するのはいいが、赤の他人を屋敷に入れるとはどういうことだ!私はアースフィールド家の執事なんだぞ。この部屋にはご主人様のビジネスに関する書類もたくさんあるのだ。外部に漏れるようなことがあれば、ご主人様に迷惑が掛かるやもしれんのだ!」
小さな嗚咽が聞こえていた。アンが叱られて泣いているのがわかった。
「可哀想に…」
サムは心配そうに聞きながら、車を出した。とにかくこの地域から出てしまわなくては怪しまれる。
「申し訳ありません。でも、リサお嬢様のことが心配で。メアリーさんもいなくなってしまったし、リサお嬢様もあの日以来こちらにお戻りではないようですし」
「あー、うるさい。リサお嬢様もお年頃なんだ。自由に活動したい年頃なんだろう。その内飽きられて、ご自宅に戻ってこられるに決まっているのだ。メアリーはリサお嬢様には厳しすぎたのだろう。亡くなった奥様でさえ、メアリーの厳しさには眉をひそめておいでだったのだ。とにかく、お前はリサお嬢様がお帰りになった時、不自由なく過ごせるように万事抜かりないよう整えておくように。いいな」
「はい。わかりました。では、失礼します」
ドアを開ける気配がした。アンが部屋を出るのだろう。
「ああ、アン。私はこれから急ぎの仕事があるので、用事は夕方から受け付ける。それまでは邪魔をしないでくれたまえ」
「はい。分かりました。では失礼します」
バタンッとドアが閉まって、ブラウン氏の深いため息が聞こえた。
「あぁ。なんだかアンに悪い事しちまったなぁ」
サムが堪らなくなって言ったが、俺にはその先のことが気になった。
「ニャーオ!」
サムの腕に手を掛けると同時に、ブラウン氏のデスクの電話が鳴った。
「どうした。こちらには電話するなと言ってあっただろう」
ブラウンさん、怪しすぎです。
ええ、最後のこの電話。良からぬにおいがプンプンしますね。