第2話 リストの住人
まさかまさかの詐欺だったとは。ロイドはこれからどうなる?
いろいろ探偵チームサム&グレンが動き出す!
画面を進めていると、突然犯罪者リストには不似合いな顔が現れた。まだ幼さの残るその顔は、今日レストランで見たあの少女のものに間違いない。
リサ・アースフィールド、16歳。スリ、恐喝、売春補助、数えたらきりがない。いやな奴に目を付けられたもんだ。この少女もロイドのこととかかわっているのだろうか。
サムが部屋に戻ってくると、すぐさまショーンとリサのことを話した。リサについてはあまり乗り気ではなかったが、ショーンに関しては身を乗り出してきた。
「旦那様、お客様がお見えですが」
クレアがちょっと戸惑った様子で声をかけてきた。サムと一緒に階下に下りてみると、そこには鼻息を荒くしたロイド本人が立っていた。
「なにをかぎまわっているんだ! 僕のことを調べているのはどうしてなんだ!」
サムの姿を見つけると、ロイドはすぐさますたすたとサムに歩み寄り、その胸倉をつかんで叫んだ。
「おいおい、そんなこと急に言われても困るよ。まずは落ち着いて事情を話してくれないか」
サムは胸倉をつかまれたまま穏かに言うと、奥のソファへロイドを誘った。ロイドは深いため息をつくと、少し落ち着きを取り戻し、悪かったといって勧められたソファに腰掛けた。すかさずクレアが薫り高いコーヒーを持ってやってきた。もちろん俺へのミルクも忘れない。
「すまない。ある人物から、君たちが僕のことを調べて回っていると忠告されたもので…」
ロイドはバツが悪い様子で、うなだれたままそう言った。
「いや、気にしないでください。俺たちが調べ物をしていたのは事実だし、それが、ロイドさんの近くで起こっていることについて、であることも事実です。申し訳ないが、それ以上のことを話すかどうかは、依頼人の許可をもらってからになりますが」
サムは襟元を整えて、なんでもないように言った。
「これは依頼と関係のない私の意見なのですが、ロイドさんが今関わっている連中は、癖が悪いですよ。どういういきさつで付き合っているのかは知りませんが、早く手を切ることをお勧めします」
ロイドは肩を落として、辛そうに言った。
「連中って、どういうことですか? まぁ確かに、できることならすぐにでも縁を切りたい人物はいます。だけど、どうすることもできないのです」
「もしよかったら、私たちにお話ください。力になりますよ。私たちが知りたいのは奴らの最近の動向なんです。こちらにとっても情報が得られるわけですから、とても助かります」
サムはちらりとこちらをみて目配せすると、さも心配そうにそういった。
ロイドは戸惑った表情でしばらく考えてから、決心したようにサムに向きなおした。
「やっぱり聞いてください。実は…」
ロイドの話は俺のいやな予感を的中させるものだった。いや、少しは外れているものもあったが、大筋で的中だ。
何日か前に展示会場の視察に出掛けた帰り、道路を横断しようとした老婆に接触してしまったという。そして、一緒に居合わせたその老婆の息子夫婦から脅迫されているというのだ。
「普段から安全運転には自信があったんですが、あの日はうちの部にとって大きなステップアップになる展示会の下見だったので、気持ちが高揚していて、まったくおばあさんの存在には気づいていませんでした。
息子さんがおばあさんをかかりつけの病院に運んでくれましたが、おばあさんの命を助けることはできませんでした。何度もそのおばあさんのご自宅に謝りに行きました。しかし、慰謝料は受け取ってくださったものの、息子さん夫婦やそこのお嬢さんにまで恨まれてしまって…。おばあちゃんの命を奪っておきながら、平然と仕事をしているなんて許せない。勤め先にこの事故のことを言いふらしてやると脅されて、もうどうしていいか分からなくなっているのです」
俺はサムのズボンのすそを引っ張ってするどく鳴いた。これはサムとの合図で、話があるからこっちにこいという俺の意思を伝えるものだ。
「なんだよ、ミルクのお変わりかい? ロイドさん、ちょっと待っててくださいね」
サムはそういうと、俺を抱き上げて部屋を出た。俺はすぐさまパソコンに飛びついてキーボードを叩いた。
「サム、ロイドにショーンやリサの顔を見てもらって確認してくれ。それから、ロイドが接触したのが本当におばあさんだったのかどうかもな」
サムは了解したと短く答え、すぐにパソコンを抱えてロイドの前に戻ってきた。
「ちょっとこれを見てもらえますか?」
サムが画面にショーンとリサの顔写真を映し出すと、ロイドはひどく驚いたように画面にしがみついた。
「どうしてこの人たちの写真を持っているのですか。こちらがその息子さんで、そのとなりにいるのがお孫さんなんです」
「彼らは犯罪者リストに載っている人物ですよ。ロイドさん、1つ質問なんですが、あなたが接触したのは本当におばあさんだったのですか?」
ロイドは質問の意味を理解するのに少し時間を要した。
「そういわれてみれば、おばあさんが倒れたとき息子さんがすぐさま助け起こして自分の車に乗せてしまったので、おばあさんだったのかどうか、どれほどの怪我をなさったのかを確かめる暇はありませんでした。ただ、息子さんの奥さんが、おばあさんが死にそうだとひどく混乱した様子で泣き叫んでいたので、こちらもパニックに陥ってしまって…」
「息子さんの奥さんはどんな人でした?」
「そうですねぇ。車の窓越しだったのでよく見えませんでしたが、すこしぼさぼさした巻き毛の赤毛の女性でした」
「そちらも調べてみましょう」
サムは画面を動かしてそれらしい人物を探し始めると、ロイドが叫んだ。
「この人です! この人に間違いありません。今思い出したんですが、目の下にひどいクマがあったのと、頬骨が浮き出ているのとで、彼らの生活状況が気になっていたのです」
「ロゼッタ・マイヤー。やっぱり犯罪者リストに載っていましたね。詐欺の前歴があります」
ロイドは体の力が抜け落ちたようにソファに座ると、天井を見上げてああっとため息をついた。やっと嵌められていたことに気がついたのだ。
「お聞きしてもいいですか? ロイドさん、あなたはその事故の時、なにか落し物を拾いませんでしたか?」
「落し物? ええ、その事故のときおばあさんが落とされたものらしいスカーフがありましたので、それは拾いました。今は家のクローゼットに置いたままです。後で謝りにいくとき渡そうと思っていたのですが、いつも門前払いで部屋には入れてもらったことがなくて。そうか、彼らが詐欺師だったなら、家に入れてもらえないのも頷ける」
サムは納得顔で俺を振り向くと、今後のことについてロイドと相談し始めた。俺は興味なさそうな態度でキッチンに向かうと、クレアにミルクのお変わりをねだることにした。
「ほら、グレン。今日はおいしいおやつがあるわよ。斜めお向かいに先週越してこられたご家族もネコを飼ってらっしゃるんですって。仲良くしてあげてね」
カリカリのネコスナックをトレイに入れながら、クレアはまるで母親のように俺に諭した。俺はさっそくそのネコスナックを楽しむと、さっさと窓辺に陣取った。春の日差しがぽかぽかと俺の背中を暖めてくれる。この窓辺は、最近の俺のお気に入りの場所だ。
斜め向かいのネコか。どんなやつだろう。気が合う奴だったらいいのだが、ネコというやつはそれぞれ個性的で、なかなか犬のように馴染もうとはしないのがやっかいだ。
ちらりと見上げると、斜め向かいの2階の窓辺に手入れの行き届いたきれいなシャムネコが座っていた。俺の視線に気づいたのか、小首をかしげて俺の方を見下ろしている。パッと見た瞬間に、俺は2年前に失踪した大物女優のエリザベス・クリスを思い出した。優雅で、気品に満ちた感じが良く似ていた。俺は、ネコ流の挨拶でゆるくしっぽをふり、声を出さずににゃあと口をあけた。だがそのシャムネコは、ふっと視線を下ろしただけでけだるそうに横を向いてあくびをすると、さっさとその場を立ち去った。
なんだ、随分愛想のないネコだな。新入りなら新入りらしくもうちょっと可愛い素振りでも見せればいいものを。そんな気分のまま、自分もサムの下に戻った。ロイドが帰るところだった。
「ありがとうございました。お蔭様で、やっと自分のペースを取り戻すことができそうです」
照れくさそうに頭を下げながら言うと、ロイドは帰っていった。きっと展示会に力を入れなおすために会社に戻ったのだろう。
「グレン、やっぱりお前の見込んだとおりだったな。ロイドはこのまましばらくはおとなしくしておいてくれるそうだ。俺たちが動かぬ証拠をつかむまではね。その後のことは奥さんと相談して決めるそうだ。まあ、仕事はこのまま続けるだろうけどね」
自室にもどったサムが、俺を抱き上げて報告してくれた。
「では、どこから始める? ショーンはプロだからなかなか尻尾をつかませてはくれないだろうから、あのリサって子から探ってみるかい?」
俺が画面に打ちこんでいる横からサムは頷いていた。
「うん、やっぱりそれしかなさそうだな。まずは家庭訪問と行きますか」
サムはすぐさま上着を取り出して車庫に向かった。俺も携帯バッグにパソコンを入れると、すぐに追いかけた。
リサ・アースフィールドの家は高級住宅地の中にあった。サムはひゅーっとおどけて口笛をふいた。
「飛んでもない豪邸が並んでいるな。 家の主に会える確立は5パーセントもなさそうだ」
「だけど、使用人のほうが口は軽いじゃないか。これはラッキーと取るべきだ」
サムは俺の打ち出した言葉を眺めると、しげしげと俺を見つめてつぶやいた。
「お前ってネコらしくないネコだな。タディとしゃべっているみたいだ。まあ、長いこと飼われていたのなら、そういうものなのかもしれんな。おっと! ここだ!」
軽口をたたいて危うくアースフィールドの家を通り過ぎるところだった。
わざと正面の門を通り過ぎ、長い塀をすぎてから一筋曲がって車を止めると、サムはわざわざ地図をひっぱりだして広げだした。
「さて、どうする? 随分とごりっぱなお宅だが、突然現れた見知らぬ客にあれこれぺらぺらとおしゃべりするほど、この家の使用人は低俗ではなさそうだが」
サムはときどき地図を指差しながら、下を向いてつぶやいた。ここまでくると、当然防犯用のカメラがあることは意識しておかないといけない。俺は助手席に放り投げられたサムの上着の下に隠れてキーボードを叩いた。
「ここの使用人が買い物に出るのを待とう。この家から離れたら、少しは警戒心も薄れるだろう。リサのクラスメートの親という設定が無難じゃないか? 少し口げんかしたようなので、とでも言って同情をかえばこっちのものだ」
「まったく、お前ってやつは…」
サムは呆れて言う。そして、しばらく地図をみていて納得した様子でまた地図をたたみ、運転を再開してつぶやくように言った。
「この先に自家焙煎のコーヒー専門店がある。隣には紅茶の専門店もあるからそっちにでも行ってみるか」
賢明だろう。ついでだからそちらでうまいコーヒーでも飲んでいきたいぐらいだ。
「なあ。ついでだからちょっとうまいコーヒーでも飲んでいくか? ゲージに入れよ。ホットミルクぐらいごちそうするよ」
サムも同じことを考えていたようだ。俺はおとなしくゲージの中に納まると、薫り高いコーヒーの館に移動した。
ネコってコーヒー飲まないですよねぇ?たぶん。
ま、元コーヒー好きの中年男性なので、お許しを。