魔物召喚
孝允の日常は変わらなかった。
朝起きて、母の作った朝食を食べ、母の作った弁当を持ち、学校へ向かう。
母の弁当は、冷凍食品を解凍せずに詰めたものであるので、早弁しようとすると、まだ凍ってたりする。
普通電車から急行電車に乗り換え、学校最寄りの駅から10分ほど歩くと、丘の上に学校がある。
孝允は、混雑する電車が嫌なので、いつも早めに家を出ていた。
そして、横断歩道を渡ると学校というところで、車に轢かれたのか足を引きずった猫が、力尽きて道路に横たわるのを目撃した。
そして、その猫を助けようと道路に一人の女の子が飛び出す。
この時、2つの不運が重なった。
少女は、急いで猫を拾い上げようとして、焦りから手間取ってしまう。
そして、この時に横断歩道に差し掛かっていた大型トラックは、集積所から荷物を最大積載量ギリギリまで搭載しており、急に止まれない状態となっていた。
「まずい!!」
目の前で少女が大型トラックに轢かれる光景など、一生のトラウマものだ。
孝允は、とっさに横断歩道に飛び出し、左手をかざす。
手から勢いよく「黒い波動」が吹き出す。
しかし、何も起きなかった。
トラックはタイヤをロックさせながら突っ込んでくる。
「ダメだ!!」
孝允はトラックに対して両手を突き出した。
すると、トラックに触れた瞬間、ぴたりとトラックは止まった。
孝允が触れた部分が若干へこんでいる。
少女は慌てて猫を抱え、学校の方へ横断歩道を渡った。
「これが、もしかして・・・魔王の隠された力・・・?」
孝允は、両手の手のひらを見た。驚くほどの力が出た。
キキキッ、ゴン!!
孝允が停めたトラックに、後ろから来たトラックが追突し、今度こそ孝允は吹き飛ばされた。
孝允は、生活福祉事務所の会議室に来ていた。
横に、付き添いの警察官がいる。この前と同じ人だ。
「なるほど、で怪我は?」
モニターの向こうに映っているのは、大賢者、佐倉義人だ。
「吹き飛ばされて、地面にたたきつけられて、起き上がるまでの間に治ってました」
「ふむ、確か魔王には自然回復の能力があったな。それに伴い、痛覚も無効だったはずだ」
「そういえば、痛くなかったような・・・」
「どんどん前職への先祖返りが進んでおるようだな。特に生命の危機に瀕したときに、発言するとの調査結果も出ている」
「大型トラックも止めちゃったんですよ」
「魔王だから、それぐらいの力は出てしまうかもな」
「大賢者は、攻撃魔法と回復魔法が両方使えたりするんですか?」
「なんのゲームの話だ。賢者とは、知識の泉だ。あらゆる知識も持ち、それを生かすことに存在意義がある。魔法などというものは使えんわ」
「なるほど」
「だが、最近、身に危険を感じることが多くなってな。政府に協力して知識を提供していることを快く思わぬ者たちもおるのだ」
前職を持つ者たちが現れてきているが、そのことごとくの能力と欠点も知り尽くしている。
大賢者がいることで都合が悪いと思うものも出てきているようだ。
「前職の能力が濃く具現化した者に対しては、普通の人間では太刀打ちできんのでな」
偉そうなおっさんだと思っていたが、意外に苦労が多いのだろうと孝允は思った。
「なにか、ボディーガードになるようなものを召喚しましょうか?」
「ふむ、なるほど。それを私の護衛に付けてくれるわけか」
言下に否定されるかと思っていたが、意外と反応は良い。
「どうやって召喚するんでしょうね」
「召喚術師や死霊術師は、召喚に複雑なステップを擁するようだが、魔王の場合は存在をイメージするだけで魔物を召喚できたそうだ」
「大賢者、好きな動物とかいますか?」
「一応、犬は飼っておるが・・・」
孝允は、目を閉じ、犬をイメージする。そしてどこぞの魔王に習い、指をパチンと鳴らした。
すると、魔法陣が現れ、そこに大型犬らしき姿のシルエットが現れる。
魔法陣が薄れ、シルエットがあらわになると、そこには漆黒の体に、深紅の顔を持つ大きな犬がいた。
ただ、通常の犬と違うのは、頭が2つあることだ。
「おお、ケルベロスか!!」
しっぽをパタパタ振って孝允にまとわりつく。
「おすわり」
ケルベロスは素直に座り、孝允の方を見て次の指示を待っている。
「ケルベロスは、地獄の門番と言われ、味方に従順で敵に獰猛、魔王城の入り口を守っていたほど強力な魔物だ」
「お役に立ちそうでよかったです。なんかちょっとかわいいな。でも、こっちに出てきちゃった」
大賢者のいる東京都庁に出現させられれば良かったのだが、流石にそうは都合よくいかなかった。
「我々が責任をもって、大賢者の元へ輸送いたします!」
警察官の人が、力強く宣言する。
「お願いします。ケルベロス。おまわりさんの言うことをちゃんと聞くんだぞ。あと、東京に着いたら、あのおじさんの言うことをちゃんと聞いて、あのおじさんを守るんだ」
「がう」「がう」
と二つの頭が順番に返事をする。
孝允は、ケルベロスを連れて出ていこうとする警察官に、あらためて事故処理を円滑に行ってくれたことと、自分の魔王としての力のことを、事故の関係者に秘密にしてくれたことを感謝した。
警察官は、当然のことです。と孝允に一礼して出ていった。
時刻は10:30.孝允は、学校に戻ることにした。