住民票の備考欄に「魔王」って書いてあった
16歳の誕生日を機に、原付免許を取得に行った麻生 孝允は、マイナンバーカードを使用してコンビニで住民票を取得したが、備考欄に「魔王」と書かれていることに気が付いた。
家に帰った孝允は、キッチンに入る。母が夕飯の支度をしている。
「お母さん、俺の住民票に魔王って書いてあるんだけど、何か知ってる?」
「さあ、市役所で聞いてみたら?」
その後、仕事を終え帰宅した父にも確認してみるが
「お前の出生届を出したのは、お祖父ちゃんだったからなぁ」
とあまり関心もなさそうで、テレビでソフトバンクホークスのナイター中継を見始めた。
翌日の朝、2階の自室から1階のリビングに降りてTVを点けると、眼鏡をかけたおじさんが記者会見をやっていた。
『ですので、今後も表面化してくる人々がいると思いますが、慌てず、冷静に行動をしてください』
『現在わかっているのは、私の『大賢者』、それに『勇者』『聖騎士』『神官』です。今後も増えていく可能性があります。何か新しい能力が発動することがあるかもしれませんが、むやみに使用せずに、最寄りの警察署か、24時間受付を行っている以下の電話番号まで・・・』
「なんか、凄いことになってるな」
父が、みそ汁をすすりながら、他人事のように言った。
「あんた、昨日住民票に魔王って書いてあったって言ったわよね。それも、これなんじゃないの?」
卵焼きを焼きながら、母があごでテレビを示す。
「なんなの、これ?」
というか、あごで指すな、と思いながら孝允は聞いた。
「この世界の人間は、他の世界から移住してきた人たちの世界で、移住してきた時に、前世界で争いが絶えなかった反省から、全ての人が平等になるように、能力を封印して世代を重ねてきた。でも、時間と共に封印が劣化して、能力が表面化し始めたのが、昨日ってことらしい」
父が、ポリポリと漬物をかじりながら、新聞を渡して来た。
「魔王って、あんたなんかできるの?」
「犬が芸するみたいに言わないでよ。普通の高校生だよ?」
「お風呂掃除とか、洗濯ものを一瞬で乾かすとか、何かできたっていいでしょ?」
「お風呂掃除はいつもやってるだろ」
「ああ、就職のときに有利になるかもなぁ。履歴書に書くことが一個増えるし」
便利機能としか思ってない母に、経歴の一つとしか思っていない父。
「だいたい、魔王って何が出来るのよ」
「洗濯物を乾かす能力があるわけではないのは確かだと思うけど」
室内干ししている母のヨレヨレのTシャツに、バッと手をかざしてみる。
すると、手から黒い霧のようなものが勢いよく噴射し、Tシャツが揺れた。
「ちょっと、何やってるの!それまだ部屋着として着れるのよ!」
一般家庭だったら、雑巾として、こぼれた牛乳を拭かれた後に捨てられるレベルの代物だ。
孝允は、慌てて手を止めてTシャツを見てみるが、特に何かが起こったようには見えない。
色も特に黒くなってはいない。
母が慌てて見に来る。
「ちょっとぉ、Tシャツが黄ばんじゃってるじゃない」
「いや、それはもともと、こんな色だったでしょ」
「あら。そうだったかしら」
最初は真っ白だったはずだが、数年も着ると黄ばんでくる。
「でも、風が出せるのね、ちょっとお母さんにやってみなさい」
「はいはい」
手から再び黒い何かを出す。
「あー、涼しいわね」
黒い何かを顔面に浴びながら、母や涼しそうだ。傍から見ているとかなりオドロオドロしい。
「あんた、時間がある時にあれに電話かけておきなさいよ。フリーダイヤルだから、電話代掛からないらしいからね」
電話代掛かると、連絡したらダメなのか。
「わかったよ。原付の試験受けたらね」
孝允は、出かける準備をして、自動車免許センターへ向かった。