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後編 「大正時代のナースの亡霊は、スマホを使いこなせない」

 こうして、ネット検索で見つけた手順を正確に再現した結果、呼び出した悪霊に私は後ろを取られてしまったの。

 だけど、スマホを確認した私の精神は、普段と同様に落ち着いていたんだ。

「貴女、黄泉子さん?ずっと昔に、院長先生の不正を目撃して殺された看護婦さんの…」

 少なくとも、こうして悪霊に話し掛けられる位にはね。

「あら、よく知ってるわね…私と会っても驚かない覚悟は誉めてあげるわ。」

 私の平然とした態度に虚を突かれたのか、悪霊の声にも訝しがる人間臭さが混ざってきたよ。

「本当は驚きたかったんだけどね…このメール、貴女が書いたんでしょ?」

「ええ、そうよ!『呪ってやる』って書いたのは、この私。そこに書いてあるように、無限に呪い続けてあげるわ!」

 悪霊の言葉に反応したのだろうね。

 スマホに目をやれば、文字入力のペースは更に加速していったんだ。

「ちょっと言いにくいんですけど…『呪ってやる』じゃなくて『祝ってやる』って書いてありますよ、このメール。」

「え…?」

 その次の瞬間、部屋の中の時間が止まった。


 スマホの画面を埋め尽くしていた「祝ってやる」の文字入力はピタリと止まり、あれだけ騒々しかったラップ音も、嘘みたいに静まっている。

 サッと後ろを振り向けば、古臭いナース服を着た若い女性が、呆然とした顔で固まっていたんだ。

「私の何をお祝いしてくれるのか…詳しく御説明頂けるとありがたいんですけどね、黄泉子さん?」

 憎たらしい嫌味な口調になっているとは、重々承知の上だよ。

 だけど私にしてみれば、せっかく楽しみにしていた心霊現象に水を差されて、色々と気持ちの整理が追いつかないんだ。

「いや、あの…それは決して、お祝いのメッセージじゃなく…」

 青白い顔をした看護婦さんの悪霊が、しどろもどろになりながら目を左右に泳がせているよ。

 向こうは私以上に、気持ちの整理が追いついてないんだね。

「ええ、よく存じ上げております。『呪ってやる』の誤字ですよね。私も中学の漢字テストで『妄想』を『妾想』と書き間違えて、国語の先生に笑われた事がありましたよ。でも…普通にタップしていたら、『呪って』を『祝って』に間違えないと思うんですよね。」

「う…うるさいわね!これでも私なりに時代に合わせようとしたのよ!私の生きていた時代には、こんな小さな電話なんて無かったのに…」

 さすがに少し言い過ぎちゃったかな?

 元から青ざめていた顔だけど、今じゃ紙みたいに真っ白になっていて冷や汗をダラダラかいているし、すっかり声も涙ぐんでいるし。

「という事は…黄泉子さんは普通にスマホで入力せずに、昔の写植みたいに活字を選んでメッセージを送ってくれていたんですか?ちょうど、念写的なノリで?スマホにメッセージを送る時は、他の幽霊も同じ方法なんですかね?」

 もう今の私には、恐怖も無ければ苛立ちもないの。

 あるのは単なる好奇心だけ。

-スマホが発明される前に死んだ人の幽霊が、どのような手段でスマホへメッセージを送るのか。

 聞きたい事は、それだけじゃないの。

-自分が死ぬ前から幽霊は沢山いるはずなのに、どうして新しい幽霊の仲間を作る必要があるのか。

-仮に幽霊の仲間を増やすのにノルマがあるなら、達成出来た時のメリットはあるのか。

 今まで気になっていた幽霊への疑問が、堰を切ったように溢れてくるんだ。

「知らないっ!あんたなんか嫌いよ!」

 ところが、私の質問には何一つ答えず、ナース姿の悪霊は蒸発するように消えてしまったんだ。

「待って、行かないでよ!チェッ、逃げられちゃった…」

 せめてスクショを撮ろうとスマホを見てみると、例の「祝ってやる」のメッセージが物凄い勢いで消えていき、一切の証拠がなくなってしまったの。


 それから私は仏滅の日が近づく度に、何度も降霊の儀式を試みたんだけど、黄泉子さんは二度と現れてくれなかったの。

 私のウザ絡みで現世に嫌気がさして、そのまま成仏してしまったみたい。

 悪い事しちゃったなぁ…


 都市伝説や怪談を見聞きするだけの傍観者でいるのには飽き飽きしちゃったけど、悪霊の被害者にはなれず仕舞い。

 むしろ中途半端に悪霊と接触体験をした事で、私の欲求不満はさらにエスカレートしちゃったんだ。

「やっぱり能動的に動かなくちゃダメなのかな…そっか!」

 ここで私が閃いたのは、私自身が怪異譚や都市伝説の主人公になる事なの。

 勿論、誰かを殺したり傷付けたりすれば、速攻で私の人生が破滅する訳だから、あくまで驚かせるだけだよ。

 驚かせるだけなら、ドッキリ企画の延長線として大目に見て貰えそうだね。

 後は、どんな怪異に成りすますかだけど…

「口裂け女…これがいいや!」

 マスクを着けて自分の美醜を尋ね、返答次第で子供を追い回す女性の怪人。

 これなら、マスクを用意して似たような服装をすれば簡単に変装出来るね。

 中学時代に陸上部で鍛えた健脚があれば、驚かせた後の逃走もお手の物だよ。

「髪はロングヘアーの方がイメージに近いし、コートとマスクを着るには冬場がベストかなぁ…」

 口裂け女に変装した私を見て驚く子供達の顔が、今から楽しみだよ。

 あーあ、早く冬にならないかなぁ…

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― 新着の感想 ―
[良い点] 黄泉子さん怖いですが、 「祝ってやる」の誤字に笑いました。 小説を書く身としては身につまされるものがあります。 ウザ絡みで霊を成仏させてしまう飛鳥ちゃん、流石ですね。
[一言] 面白かったです。富士の樹海の落書きに「祝ってやる」の落書きを思い出しました。暴走族の落書きが添削されている写真とか。 好奇心が猫を殺さず悪霊を成仏させたんですね。写植の考察、これを鳳駆露亜さ…
[一言] 「誤字から企画」から拝読させていただきました。 考えてみれば、貞子も昔の怨霊なのにビデオを使いこなしてましたね。 飛鳥ちゃんなら貞子にも勝てるかも。 でも、まあ口裂け女はほどほどに。 通報さ…
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