前編 「都市伝説を愛する少女は、悪霊に憧れる」
一人娘としての平和な家庭環境に、女子高生としての平穏な学園生活。
順風満帆な日常でも、あまりに波風が立たないと退屈になってくるよね。
今の幸せを壊したくはないけど、退屈な毎日をピリッと刺激的にしてみたい。
私こと鳳飛鳥にとって、オカルトは日常生活をスパイシーに味付けする調味料みたいな物なんだ。
最初の頃は、実話系の怪談本やオカルト雑誌を読んだり、ホラー系のサイトにアクセスしたりすれば、それで充分だったの。
ところが、刺激を求める気持ちは次第にエスカレートしていったの。
閲覧するだけじゃ飽きたらず、鳳駆露亜というハンドルネームを使って都市伝説サイトを運営したり、心霊スポットへ遊びに行くようになっていったんだ。
だけどエスカレートするのも速ければ、同程度の刺激では物足りなくなっていくのも早いんだよね。
-この際だから、悪霊を呼んで祟られてみたい。
そんな危険な欲望が鎌首をもたげて来るのも、時間の問題だったの。
そこで私は本物のオカルト体験を味わうために、禁忌を冒す事にしたんだ。
「まずはオカルトサイトへアクセスしてっと…おっ!良いのを見~つけた!」
スマホで検索した所、良さそうな悪霊の目撃談を見つけたよ。
黄泉子さんと言って、大正時代に非業の死を遂げた看護婦さんの悪霊なんだ。
話を人から聞いただけで現れるタイプの悪霊なら手間もかからないんだけど、贅沢は言ってられないね。
こうして黄泉子さんの話を知った私は、先負の日の早朝四時四十四分に行動を開始したんだ。
「平仮名だけで文字を書くのって、幼稚園児みたいで間抜けだなぁ…」
こうして文句を言いながらも書き上げた、平仮名の五十音表。
それを机に広げた私は、朱色の墨で濡らした筆を取り出し、「よ」と「み」と「こ」の三文字に丸を付けたんだ。
「折り紙なんて久し振りだよ。しかも、こんな変な紙でなんて…」
丸付けした墨が乾いたのを確認したら、今度は例の紙で鶴を折り、灰皿に乗せてマッチで燃やすんだ。
「お父さんが喫煙者で良かったって、初めて感謝したよ…」
寝室で高鼾をかいているお父さんは知る由もないだろうな。
変てこな理由で娘に感謝されているのも、書斎に忍び込んだ娘が危険な火遊びをしているのも。
そうして燃え尽きた灰を庭に巻いた私は、紐で結んだ四枚の五円玉を打ち鳴らして「黄泉子さん、おいで下さい。」と唱えたの。
すると翌日である仏滅の丑三つ時には、スマホのメールアプリが勝手に起動して、「呪ってやる」と無限に表示されるんだって。
驚いてスマホを止めようとしても、まるで言う事をきかないの。
やがて怪しい気配を感じて振り向くと、青白い顔をしたナース服姿の黄泉子さんが立っていて、恐ろしい目に遭わされるんだとか。
「私、どんな目に遭わされちゃうんだろ?」
それを思うだけで、ドキドキしてきちゃうよ。
その日の夜。
私は全く寝付けなかったの。
-これで私も単なる傍観者の立場を脱し、オカルト事件の当事者になれる。
そう思うと興奮してきて、目が冴えちゃったんだ。
「寝られないのが呪いだなんて、下らないオチは勘弁してよね…」
充電器に差したままのスマホを横目で見ながら、私は小さく呟いたの。
そんな私の独り言が引き金となったのか、スマホが勝手に起動したんだ。
「おっ!もしかして…」
期待に打ち振るえながら液晶を覗けば、噂通りにメールアプリが起動されていて、物凄い勢いで文字が入力されていくの。
それと時を同じくして、硫黄みたいな悪臭が部屋全体に立ち込め、ピシピシという奇怪な音が鳴り響き出したんだ。
「ラップ音に悪臭…霊障の典型例だね!ネットになかった新情報じゃない!」
私の驚きと興奮は、最高潮へ達しつつあったの。
この事実を拡散出来れば、私は今までの目撃談以上の実体験を投稿した事になる訳だもの。
仮に悪霊に殺されたとしても、怪異譚の主役になれるなら言う事なしだよ。
どうせなら、殺し主の悪霊すら驚く程の奇怪千万な物の怪になってやろう。
そうして末代まで語り継がれれば、もう最高だね。
「私を呼んだのは、貴女ね…」
やがて「背後を取られた」という嫌な感覚がしたと思ったら、陰に籠もった恨めしそうな声が、私の耳元で囁いたんだ。
「呪ってあげるわ…」
その言葉を耳にして、私は再びスマホの画面に目を落としたの。
「こ…これは!?」
声が震えているのが、自分でもよく分かる。
スマホのメールアプリに勝手に入力されていく文字を見る私は、ただ自分の目を疑って驚愕するばかりだった…