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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘口

きつねとたぬきの化けくらべ

 むかしむかし、あるところに、人を化かして金目のものを奪い取る泥棒きつねがいました。野山でねずみやうさぎを探し回るよりも、人に化けて買い物をするほうが、いつでも簡単に食べ物が手に入ります。運が悪ければ冬を越せずに死んでしまう普通のきつね達と違って、化けきつねは少しばかり長生きでした。


 遠い山々の陰にお天道さまが沈みゆく茜色の夕暮れどき、ふんどし一丁でふらふらと山道を下りてゆく旅人を見送ったきつねが、小さな地蔵堂の石に腰掛けて小銭を数えていると、不意に後ろから殴り飛ばされました。

「やいやい、ここはおいらの縄張りぞ」

 お堂から出てきたお地蔵さまの正体は、頭に葉っぱを乗せた化けたぬきでした。きつねが何か言おうとしても、たぬきは聞く耳を持ちません。いきなり殴られて腹が立ったきつねは、あっちに噛みつき、こっちに噛みつき、わんわん、きゃんきゃん、と大げんかを始めましたが、土にまみれた毛皮がぐしゃぐしゃになるまで揉み合っても、たぬきはぜんぜん降参しません。しまいにお互い疲れ果て、息を切らして山道に倒れてしまいました。

「たぬきどん、なかなかやるのう」

「きつねどん、おまえもなあ」

「のう、たぬきどん、これ以上怪我をしてもつまらない。ここはひとつ、わしら得意の化けくらべで勝負をつけよう。たぬきどんが勝てば、わしは山から出ていく。にどとここらで化け仕事はせん」

「どんな勝負じゃ?」

 きつねとたぬきは起き上がり、お堂の裏で相談を始めました。

「娘に化けて男をかどわかしてはどうじゃ?」

「どっちの男が男前かで言い合いになる」

「なら、金持ち男を化かしたほうが勝ちじゃ」

「どっちの男が金持ちか、どうやって確かめる?」

「そいつの懐の銭の多さで決める」

「そんなら銭だけ盗んで決めよう。いちいち男を連れてくるより簡単じゃ」

「そうじゃそうじゃ。そうしよう」

「明日の夕暮れ、地蔵堂の前に、どんぐりでも葉っぱでもない本物の銭を持ってくる。たくさん盗んだほうが勝ちじゃ」

 こうして二匹はお堂から別れ、互いに山道を反対側へ向かいました。


 きつねは山のふもとの村の近くまで降りると、若いさむらいに化けて村名主を訪ね、屋敷に村人を集めさせて、夕暮れどきの山道に現れる化けたぬきのことを話しました。すると村人達から、お地蔵さまに供えた食べ物がすぐなくなる、畑から野菜を盗まれた、といった話がぽろぽろこぼれ出し、きつねが少し煽ってやるだけで、明日みんなでたぬき退治に出掛けることになりました。その夜のきつねは人に化けたままで名主の屋敷の部屋を借りて休み、村人達の怒りの炎が勝手に燃え上がってゆくのを待ちました。

 流れ者のきつねは、そもそもたぬきの縄張りに興味がありません。化けくらべなどすっぽかすつもりでしたが、別れ際にたぬきがこう言いました。

“もしも日暮れまでに間に合わなかったら、『化けくらべでたぬきに負けた、いくじなしのきつねがいる』と、山じゅうに言いふらしてやる。腹太鼓で拍子をつけて、きつねにもたぬきにも、ねずみにもうさぎにも唄って聞かせてやる。噂は山から山へ広まり、きつねどんはどこへ逃げても、きつね仲間の笑いもんじゃ”

 次の日の夕方、手に手に鍬や鋤を持った村人達の先頭をゆくきつねは、腹太鼓も打てないようになるまでたぬきをぶちのめしてやる気でいました。化けくらべでたぬきを負かしたとしても、放っておいたら根も葉もない噂を流されかねないからです。ところが地蔵堂の前へたどり着くと、たぬきが見当たりません。

「どこにたぬきがおるんじゃ?」「わしら化かされとるのか?」「おさむらいさま、もしや……」

「これは、つまり、その……ええい、正体見たりーっ!」

 きつねはお地蔵さまを蹴倒し、それから口を動かさずにたぬきの声を真似ました。

「いたい、いたい」

 性悪しょうわるたぬきめー!!と、村人達がいっせいにお地蔵さまを小突き回します。実際それはお地蔵さまでしたが、たぬきと思い込んだ村人の怒りは収まりません。お堂から山道へ引きずり出されて粉々になってゆくお地蔵さまを見ているうちに、きつねは自分で声真似をしていながら、なんだか本当にお地蔵さまが泣いているような気がしてきて、適当なところでみんなをなだめて一緒に村へ引き上げました。


 その晩遅く、村から抜け出したきつねがきつねの姿で地蔵堂の前へ戻ると、お堂の裏からたぬきがひょっこり顔を出しました。

「きつねどん、きつねどん」

「いやあ、みごとに化かされた。わしの考えを読んだうえでわざと怒らせ、裏をかくとは。たぬきどんの勝ちじゃ」

「きつねどん、おいらもびた一銭盗めなかった。この勝負引き分けにせんか」

「引き分け?」

「きつねどんが化けくらべをすっぽかしそうだとは思っとったが、そのあとの知恵は、とあるお方からの借り物なんじゃ」

 そのお方に挨拶しておかないと、おいらが噂を流すよりもひどいめに遭うかもしれんぞ、と言うので、きつねはたぬきの案内で山道を下りました。こちら側の山道の先は街道になっていて、街道の向こうに大きな町がありました。誰もいない通りを駆け抜ける二匹をお月さまが青白く照らし、地面に影を落とします。

「今日、おいらはこの町を狙った。遊びに化けて、これ見よがしに乳を揺らしながら表通りを練り歩いてやったんじゃ」

「真っ昼間からか!」

「ところが、自慢の玉袋に群がる男ときたら、どいつもこいつも金のなさそうな、汚らしいすけべ男ばかり。そこで大きな屋敷に狙いを切り替えたら、門番に捕まった」

「そりゃ真っ昼間から遊び女がそんなところをうろつくからじゃ!」

「きつねどんと違って人に化けるのは不得意なんじゃ。それはともかく、おいらは牢に放り込まれた。牢抜けなんぞたぬきに戻れば昼飯前、と思ったところ、たぬきの姿を“あのお方”に見られた。……着いたぞ。この屋敷じゃ」

 塀のそばに生えた立木をよじ登って屋敷の庭へ飛び降り、帰り道に使えそうな庭木に目星をつけてから、たぬきの後について縁側の前で立ち止まりました。きつねは少したぬきを疑いましたが、きつねを騙すつもりでも、こんなに広い町の真ん中では、たぬきだって危ないはずです。

「もうし、助けて頂いたたぬきです。例の者を連れて参りました」

 開いた障子の奥に、きつねは目を見張りました。


「人じゃ!」

「きつねどん!が高いぞ!」

 月明かりの下に白い着物の女が現れました。座敷から障子の外へわずかに身を乗り出した若い女の着物の裾から、白い毛でふさふさの尻尾がのぞいています。

「わたしの縄張りで盗みをはたらくこそ泥はおまえか」女が言いました。

「え?縄張り……?」

「見よ」

 女の手のひらの上で月光に鈍く輝くつややかな丸石を目にしたとたん、きつねは体の震えを抑えられなくなりました。きつねの臭いとともに、この世のものとも思われぬ甘い香りが丸石から漂ってきます。あれこそは、千年を生きた化けきつねだけがもつという力の結晶、《化け玉》に違いありません!ちょっと葉っぱを使って人を化かすとか、そんな小手先の術とは比べものにならない強大な力が《化け玉》には宿っています。ということは……。

「まさか、町そのものが……!?」

「気づかぬのも無理はない。本物そっくりじゃろう?この力で町の幻を作り、旅人をおびき寄せておるのじゃ。もっとも、あまりにも本物らしく作ってしまったために存外に人が集まり、昼も夜も化かしたまま住まわせ続けておるが……」

「はっ……ははーっ!!たいへん失礼をいたしました!!」

「ま、たまには顔を見せよ」

 上には上がいるものじゃな、会ってよかったじゃろ、などと言い合いながら、きつねとたぬきは揃って屋敷を去りました。すっかり仲良くなった二匹はそのまま町を離れ、化け修行の旅に出ました。


 ……さて、縁側から二匹を見送った女は障子をそっと閉じると、着物の裾を探って座敷きつねを抱き上げ、白い毛皮に顔をうずめて寝床の上を転げ回りました。

「もふもふじゃったぁー!またもふもふの友達が増えてしもうたぁー!もふもふともふもふは引き合うのかのう?おまえのおかげじゃ、今夜も離さんぞっ!むふーっ!」

 迷惑そうな座敷きつねを抱きしめる女は、化けきつねでもなんでもありませんでした。そして床に転がる丸石の正体は、海辺で採れる“竜涎香りゅうぜんこう”という香料を磨いたもので、とても珍しい宝物でしたけれども、《化け玉》のような摩訶不思議な力はありませんでした。ふつうの町に住むふつうの女が、化けきつねと化けたぬきをまんまと化かしてしまいました。上には上がいるものです。


めでたしめでたし



 数日後、山道の地蔵堂をひとりの旅人が訪れ、なくなってしまったお地蔵さまの代わりに、背負ってきた真新しいお地蔵さまを納めました。笠を脱いでお地蔵さまを拝む旅人の頭には、毛むくじゃらの白い耳が立っていました。

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