ツインテールの日
「あっ。今日ツインテールの日なんだ」
私はツイッターに入ってきた情報を見て知った。ツインテールの絵が何個か上がっていて、私はむむむっと眉間にしわを寄せる。
別にツイッターに表示された絵が可愛くないからではない。むしろ可愛い。絵師様すごいと素直に思える。
問題なのは、このツインテール。私の彼氏である零君の好きな髪型なのである。
しかしだ。ツインテールというのは、こう絵で見ると可愛いのだけど、実際にやると妙に幼い感じになるというか、あざとい感じになる気がして、正直ハードルが高い。特に頭の高い位置で結ぶと言うのは。
「ううう。こういうの許されるのは、カースト上位だけだよぉ」
絶対学校にはしていけない。少なくとも私がすべき髪型ではない。休日だって、知り合いに見られたらと思うと勇気が出ない。
でも零君は好きなのだ。この髪型が好き……。
「零君に可愛いって言われたい。でも女子の反応怖い」
私は頭を抱えた。
そんな私に神託でもおりたかのように、ピロンとラインが入った。
メリー【天野はどんな髪型でも可愛いわ】
メリー【ツインテールもおかしくないわよ?】
メリー【女子の目線が気になるなら、皆でやったら怖くないんじゃない?】
相変わらずの早打ちで、メリーさんからラインが入ってくる。
どんなタップスピードなのだろう。正直ホラーの域だと思うけれど、そもそもこのライン相手のメリーさんはホラー的立場の存在だ。
【確かに友達を誘えば怖くないかも……】
送信。
そう打ち込んだところで、はっと私は気が付いた。どうしてメリーさんは私の独り言の内容を知っていたのだろう。ごくりと私は、唾を飲み込む。
「メリーさん……今、どこにいるの?」
震える声で宙に問いかければ、返事をするようにピロンと音が鳴る。
ズリッ。
それと同時に、はいずるような音がした。
私は心臓が口から飛び出てしまいそうな気分で振り返る。きっと今のは飼い猫の音のはず。そうであってほしい――。
「ひょわぁぁぁぁ!」
私は振り返った先のベッドの下から少しだけ顔をのぞかせた市松人形を見て叫び声を上げた。
メリー【さすが天野】
メリー【これよ、これ。これこそ私が求める恐怖よ】
メリー【柳田は、私がベッドの下にいると照れた顔をするの】
メリー【お前のベッド下の趣味なんて興味ないわ!】
メリー【でも天野。ちゃんとベッド下も掃除をした方がいいわよ】
腰を抜かすぐらい驚いた私を無視して、ピロンピロンと着信音がなる。
それをスマホに書かれた言葉を読み、私はガクッと肩を落とした。そしてほこりまみれの市松人形、メリーさんを拾い上げる。
「メリーさん。もう。……とりあえず、ティッシュとウェットティッシュで拭くよ」
怪異というのは人間の恐怖心を食べるもらしい。(福の神)になっていても、メリーさんは認めてないので、食べるのは恐怖心なのだろう。
でも体を張り過ぎである。綺麗な黒髪に絡んだほこりを丁寧に取り除く。
メリー【流石、天野。手入れが丁寧で完璧よ】
メリー【柳田は私がほこりだらけになっても気にも止めないもの」
メリー【そもそも柳田に細やかな気遣いを期待するだけ無駄ね」
私の彼氏である柳田零君とメリーさんは相性最悪である。寺の息子と怪異なのだからそうなるのは当たり前かもしれない。でも性格の不一致の方が大きな問題なようで、喧嘩した内容を聞くたびに、この寺の息子だからという理由を忘れそうになる。
「それでどうしたの? 零君と喧嘩したの?」
メリー【そもそも私が何故あの男と喧嘩しなければいけないの?】
メリー【喧嘩する価値もないわね】
メリー【すべて柳田が悪い】
喧嘩したのか。
いつもの事ではあるけれど、家出をするほどとは、一体何があったのか。
とはいえ、メリーさんは私の飼い猫とも相性が悪いので、家にずっとおいてあげることはできない。
「メリーさん……そうだ。髪型をツインテールにしてみる? そうしたら柳田君も優しくしてくれるかも」
いや。そもそも零君はメリーさんに対して悪意がない。悪意なく、メリーさんの神経を逆なでするのだ。だからちょっと違うかなと思わなくもないけれど、今日はツインテールの日。柳田君の好きなツインテールにすれば、少しは和やかになるかもしれない。
メリー【……髪型を変えるのは好きだからやるわ】
メリー【柳田のためじゃないんだからね】
メリー【ツンデレではなく、本気よ?】
メリー【私が天野に髪の毛を結ってもらうのが好きなだけなんだから】
メリーさん……ツンデレではないかもしれないけれど、私に対してデレデレになってます。
正直髪が伸びる系市松人形はどこか不気味で、しょっちゅう怖がらされているけれど、メリーさんの性格は可愛い。
可愛いは正義で、たとえ怪異でも、可愛いならば何でも許される気がする。
「うん。可愛くしてあげるね」
私はウキウキと髪型を整える。メリーさんがこれもつけてとかどこからともなく可愛い髪飾りを取り出すのでそちらもつける。
メリー【天野。これは、天野用よ】
メリー【このサイズは私では大きすぎるもの】
メリー【別に嫌ならいいのよ?】
沢山髪飾りを出したなと思ったら、どうやら私のも出してくれたようだ。ツインテールができるように同じものがそろっている。
「嫌ではないけど……明日学校に付けて行ったらどうかという話だよね?」
メリー【校則では大丈夫でしょ?】
「メリーさん、ちゃんと校則も把握してるんだ」
確かに校則では華美すぎなければ問題ないとなっているので、ちょっとしたリボンをつけるのは問題がない。問題はないが……周りの目が気になる。
メリー【だったら、友達と一緒にツインテールにすればいいじゃない】
メリー【ツインテールの日なんでしょ?】
「いや、うーん。そうなんだけど……」
お揃いの髪型にしようよとかうざいと思われたりしないかな……。
とりあえず友人はいるけど、お揃いにしようよとか言って大丈夫という自信がない。
メリー【なら、ラインを私が送ってあげるわ】
「えっ。メリーさん?!」
突然メリーさんからラインが届いたら、絶対びっくりする。いたずらだと思うか、スパムだと思うか、怪異だと思うかは分からないけれど。私がちょっと迷ったばかりに友人がメリーさんからのラインに頭を悩ませるなんて申し訳ない。
メリー【柳田に送ったわ】
メリー【天野のツインテールが見たければ、ツインテールにしたうえで、友人も誘いなさいとね】
「えっ? 零君?」
予想してなかった名前に、私は目を瞬かせた。
確かに零君は交友関係広いし、彼が言えば皆ツインテールで来そうだ。でも待って。ツインテールにした上でって、零君も?
メリーさんの無茶ぶりにギョッとする。
「メリーさん、幾ら柳田君でも――」
それはしないよと言おうとした瞬間、携帯の着信音がなる。表示名は柳田零君だ。
えっ⁉
「も、もしもし?」
『あ、莉緒? メリーさんからライン貰ったんだけど』
「あ、うん。あのね。メリーさんが変なこと言ってごめんね」
『俺がツインテールにしたら莉緒がツインテールにするの本当?』
「えっ。あー、本当と言うか……」
何と言えばいいのか。
『なら、明日はお揃いな!』
マジで?
えっ? 本気?
ぎょっとしつつも、メリーさんは明日学校に連れてきて欲しいという話をして切れてしまった。断るタイミングを見失った。
メリー【ふふふふふ。柳田のツインテール、しっかり写真に収めて、鼻で笑ってあげるわ】
メリー【愉悦】
こうして地味なメリーさんの仕返しは無事に成功し、次の日零君は、二つゴムをくっつけて登校した。
「ああああ。莉緒、可愛すぎる」
いや、頭にちっちゃく髪ゴムつけてる零君の方が可愛いと思う。
そんな感じで新たな零君に惚れ直しているとスマホがピロンと鳴った。
メリー【なんでいやがらせで二人がいい雰囲気になって――やめて。嘘。(福の神)が(恋愛成就の神)に変わってるじゃないの! 私に祈らないで! 感謝するな、柳田‼】
どうやらメリーさんと柳田君の喧嘩はまだまだ終わらなさそうだ。




