ハッピー・メリー・嫌あぁぁぁぁ(2021年お年賀小説)
「莉緒。もうすぐ行く時間じゃないの?」
「分かってるってば。ねえ、お母さん、変じゃない?」
「だから、可愛い服買っておいた方がいいんじゃないのって言ったのよ。大丈夫、変ではないし、上にダッフルコート着てるんだから」
二階から降りてきた私にお母さんは呆れ顔で言う。だって、まさか新年早々、初詣に零君と行くことになるなんて思ってなかったんだもん。今日は太ももまで隠れる茶色と白の横縞セーターにジーンズ。本当はスカートの方が可愛いとは思ったけど、雪が積もってて寒すぎて断念。今年は出席日数的に学校休めないし、無理はできない。可愛くは来年リベンジであったか重視をさせてもらう。
「というか、服を脱ぐような行為は駄目よ。そう言うのは社会人になって、自分の事に責任とれるようになって――」
「わかってるし、絶対ないから」
手を繋ぐだけで精一杯だし、零君だって考えてないと思う。零君に変な事言われないようにしないと、凄く気まずくなりそうだ。まあ、その手のニュースも多いし、親が心配するのもわからなくもない。でも思春期の娘としては、恥ずかしいし気まずい。
「それに今日は零君だけじゃないから」
「ああ。零君の知り合いの子も一緒なのよね」
「そういう事。じゃあ行ってきます」
「待って。はい、お年玉。それで一緒に買い食いとかしなさい」
「ありがとう!」
玄関先でお母さんにお年玉を貰えて、私はウキウキで外に出る。朝の道路は車道近くは雪がどけてもらえていたけれど凍りついてつるつる滑るから走れない。
「寒っ」
背中にホッカイロを貼っておいたけれど、やっぱり寒い。今日はズボンで正解だ。吐く息も白い。
今から私は零君と電車で少し遠めの神社に初詣に向かう。零君とは別にもう一人いると言うのは、本当でも嘘でもない。見た目的には二人っきりなので、間違いなくデートだ。
ただもう一人は、お母さんより更に厳しそうな――。
ピロン。
歩いているとラインの通知が鳴った。
メリー【あけましておめでとう】
メリー【既読ついたわね】
メリー【歩きスマホは良くないわ】
メリー【一寸先は闇よ】
スマホを開いた瞬間次々ともう一人(?)の待ち合わせ相手から、ラインが入ってくる。歩いているから打ち返せないというのもあるけれど、相変わらずメリーさんは早打ちだ。普通に返せる気がしない。
とりあえず集合場所に着いてから打ち返そう。
メリー【ちゃんと周りを気にしていないと、大変な事になるかもしれないわ】
メリー【ちなみに、痴漢がいた場合は私を呼びなさい。速攻で相手を呪って腹痛を引き起こすから】
メリー【不審者も同様よ。突然の腹痛を引き起こし、ついでに花子に告げ口してやる】
あっ、それ。社会的に死ぬパターン。
腹痛という呪いが微妙に強いのか弱いのか分からないけれど、どう考えても最悪の結果が待っている。
「というか、何で腹痛なんてピンポイント……」
メリー【しばらくは(福の神)でも仕方がないと割り切った結果、神力で私ができる悪事がその程度なのよ】
メリー【どうせなら、天変地異ぐらいの能力が欲しいわ】
メリー【まあ、すぐに(福の神)なんて撤廃するし。絶対周りを幸福になんてしてやらないわ】
メリー【きっと明日にはメリー(福の神)(仮)になっているはずよ】
「メリーさん、(仮)メリーにならないように、気を付けてね」
メリーさんがどの程度で変容するか分からないけれど、メリーさんは口で言うほど悪い人形じない――ん?
私は違和感感じて思考を一度止めた。
何故、メリーさんが私の言葉に反応しているのだろう。もちろん、メリーさんはただの市松人形ではない。髪がのびるし、四次元ポケット的な収納でる上に、LINEもでき、空も飛べる。万能型怪異だ。
でも近くにいないと会話などできないタイプのはずで――。
「ねえ。……メリーさん、今何処にいるの?」
そうつぶやいた瞬間だった。不意に足が何かを蹴った感覚がしたのは。
スマホに気を取られていたので、ちゃんと確認していなかった。私は何を蹴ってしまったのかをおもむろに確認しよう目線を移動した所で、息を飲んだ。
「ひぃっ!!」
メリー【私メリー。今、貴方の足元にいるの】
ピロンという音と共に申告が来たけれど、うつろな表情で雪に埋もれたメリーさんはいつもの数倍怖い。寒さがきついのに、更に冷えて心臓が止まってしまいそうだ。
「メ、メリーさん、何でこんな場所に?!」
メリー【新鮮な恐怖が欲しかったの】
メリー【柳田ったら、あろうことか新年早々感謝を伝えて来るわ、お神酒や餅をお供えしてくるわ、本当に碌な事をしない】
メリー【だから天野の恐怖を一足先に貰いに来たの】
メリー【アイツがいると、恐怖が薄れる】
メリー【誰が恋愛の神よ】
ラインにはぷんすこ怒っている市松人形がのスタンプが貼られていた。スタンプに関しては、怖いはずなのに、微妙に可愛く感じている事は内緒にしておこう。
というか、新鮮な恐怖って……。確かに恐怖が彼女のご飯なのだから、新鮮とついてもおかしくないのかもしれないけれど。
それにしてもメリーさんが福の神化して、本人が嫌がっているのだから零君もやめてあげればいいのに。零君のメリーさんへの接し方はいつも微妙にずれている。
「でも突然現れるから蹴っちゃったよ。ごめんね」
私は雪に埋もれたメリーさんを抱き上げ、雪を払う。確かにいい恐怖を渡せたかもしれないけれど、少し捨て身すぎるのではないだろうか。
メリー【車に轢かれても問題ないから、気にしなくていいわ】
メリー【まあ、わざとけってボールにしたら呪うけど】
メリー【私達怪異は、物理攻撃は基本効かないのよ。あの男が例外なだけで】
なるほど。確かに幽霊を蹴る事ができるのは零君だけだ。
メリーさんは市松人形という肉体があるけれど、形状記憶機能付きで、いつでも修復できる。
「でもやっぱりメリーさんが汚れたり、傷つくのは嫌かな。私も色んな意味で蹴りたくないし。次は別の方法で驚かせてね」
メリーさんは友達なので蹴るのは抵抗がある。あと、何となくわざとでなくても呪われそうなのが嫌だ。メリーさんを傷つける行為は、一時的にだけではなく、長く嫌な気持ちが付きまといそうな気がする。
メリー【……仕方がないわね】
メリー【この方法は今度からしないわ】
メリー【我儘なんだから】
メリー【天野は特別なんだからね】
「うん。ありがとう」
メリーさんの言葉を読んで私はくすりと笑う。
文句を言いつつも、こっちの言い分もちゃんと聞いてくれるメリーさんは、やっぱり優しい怪異だ。
「あっ、やっぱりメリーさん、莉緒の方に行っていたのか!」
「零君?!」
待ち合わせの場所よりもずっと私の家のに近い道路で、零君が手を振っていた。私は転ばないように気を付けつつ足早に零君のところに向かう。
「あっ。えっと。あけましておめでとう」
「おう。あけましておめでとう」
私が挨拶をすれば、零君も笑いつつちょっとかしこまって新年のあいさつをした。学校が休みに入ってからそれほど日数が立ったわけでもないのに、何だか久々に会った感じがして少し気恥ずかしい。
「零君、待ち合わせ場所って――」
「ごめん。すれ違ったら不味いとは思ったんだけど、時間があったし、メリーさんもいなかったから迎えにきたんだ。少しでも早く会いたくて」
どうやら私が待ち合わせ場所を間違えたわけではなかったようだ。
「ううん。大丈夫。私も早く会えてうれしいし」
数分の差だとは分かっているけれど、でもその気持ちが凄く嬉しい。
「良かった。やっぱり、メリーさんは恋愛成就の神様だな」
にこっと笑って柳田君が言った瞬間ラインの通知音がピロンピロン鳴り響いた。若干ホラーに近いなり方だ。いや、確かにメリーさんは、ホラー系の存在だけど。
メリー【誰が、恋愛成就の神よ】
メリー【拝むな、祈るな、感謝するな】
メリー【キリキリキリキリ】
「だって、メリーさんが居たから莉緒に再会できたんだし。メリーさん、ありがとう。これからもよろしくお願いします!」
零君が顔を近づけて私のスマホをのぞき見る。その近さに心臓がバクバクなった。……確かにメリーさん、恋愛系の神様かもとここの中で思ってしまう程度にラッキー恋人イベントを発生させてくれている。
メリー【嫌ぁぁぁぁぁ】
その後も怒涛のメリーさんからの文句通知が来るが零君が懲りた様子はない。
メリーさんには悪いが、零君とメリーさんがいる限り、今年も私にとって楽しい一年になりそうだなと思うのだった。




