莉緒さんと零君のその後2
しばらくすると、零君は横道にそれて人気がない場所へと入った。
多分、境内だと思う。あまり私もこの辺りを散策した事がないので、行ったことはないが、鳥居があるので、神社だと思っただけだ。薄暗くて不気味だけれど、零君が行くのなら、安全な場所なのだろう。
そして、境内に入った零君は足を止め、後ろを振り返った。
「そおいっ!!」
私の手を放すと、右手を前に突き出す。ブンっと空気が揺れた気がしたけれど、霊感のない私なので、多分気分的にそう感じたのだろう。
一突きした零君は清々しい顔をしていた。
「もう大丈夫。さっきまでは意地悪く笑ってついて来ていたけど、腹パンしたら、泣きながら逃げて行ったから」
「さっきのは腹パンだったんだ」
「顔でも良かったんだけど、一応女性の霊だったし。可哀想かなって」
腹パンをしているので優しいのか優しくないのか分からないけれど、顔を狙わなかったので、多分優しい方なのだろう。泣いたと言うことは、相手の幽霊は殴られなれてないに違いないけど。でも話し合いでどうにかならないから腹パンしたんだろうし。ギリ正当防衛だろう。
私だって見えなくても、ずっと後をつけられ続けて、ジッと見られていると聞けば気分が悪い。零君からしたら見える分、変なストーカーに付きまとわれている感覚に違いない。
「零君は怪異でも女性の尊重をするんだね。あ、顔を狙えって意味じゃないよ? 腹パンでも痛いだろうし」
私の言葉が嫉妬ととらえられても困るので、付け加える。とりあえず、幽霊相手に嫉妬はしない。そもそも腹パンは私の中ではそこまで優しい部類には入っていない。
ただ、怪異嫌いなのに、零君なりの気遣いがあったのでおやっと思っただけだ。
「怪異もなりたくて怪異になっているわけじゃない場合もあるんだよなと思うと、女相手に顔はやめとこうかなって最近思うようになって。かといって調子のって近づいてこられても嫌だから、腹パンぐらいはするけどさ。元々、こっちに近づいてこなければ俺も何もしないわけだし」
零君からは極力怪異に自分からは近づかない。忌避するがゆえににあまりそういった知識もないので、対処方法がいつも物理になるぐらいだ。メリーさん曰く、怪異の中でも恐れられているので、近づいた方が悪いともいえる。
「たぶん認識してもらえるのが嬉しいからか付きまとってくるんだろうけど。ストーカーに対して、同情はしてもその行為を認めるわけにはいかないというか。んー……でも、怪異に対してでも顔を殴ったらいけないかなと思うようになったのは、莉緒がいたからかな」
「私?」
「俺、莉緒のおかげで、怪異だからって全部を毛嫌いしなくなったし、怪異の事情もちょっとは知ったんだ。前までは遠慮なく顔を吹き飛ばしていたからなぁ」
「……なんだか漫画の主人公みたいだね」
怪異の顔を吹き飛ばすって……そりゃ怪異も近づかない。
きっとさっきの幽霊は新参者の浮遊霊だったのだろう。今頃他の怪異に腹パンですんで良かったと思えと説教をされてそうだ。
零君は私が思っている以上に怪異にとっては魔王みたいな感じかもしれない。
「多分これからもこんな感じだと思うんだ。見えない人からしたら、すごい間抜けな動きを何度も繰り返してさ。折角の夏祭りなのに、こんな場所に来る羽目になって——」
零君がしゅんとしながら喋っていると、ひゅるるるるっという音が鳴った。そして、ドンと大きな音が空気を振るわせ、夜空に大輪の花が咲く。
その音につられ、私も零君も空を見上げる。
次は、ドンドンドンと連続で花火が打ちあがった。
「なんか、ここ、特等席だね! 蚊がいるのが難点だけど」
虫よけスプレーはして来たけれど、蚊が飛んできて零君のおでこに止まったので、ぺちっと叩き潰す。零君はその行動に目を丸くした。
「ごめん。蚊が居たから」
「あ、ああ。大丈夫」
「零君が居なかったら、私こんな場所で花火見れなかったと思うんだよね。そもそも、夏祭り自体行かないというか」
私は零君とは違い、社交的な性格ではない。
恐竜オタクで、趣味の為なら動くが、それ以外はあまり興味が持てない。
「だから、零君と私が違う人間で良かったなって思うんだよね。それに、危険な怪異が出てきたら、守ってもらえるし。怖がりだからこそ、零君の傍ほど安全地帯もないと思うんだよね」
怪異が寄ってくる可能性もあるけど、物理でこれだけ最強なら安心だ。
「私と付き合ってくれてありがとう。大好きだよ」
照れくさいけれど、明日も言えるとは限らない。
人間はいつかは死ぬ。そんな経験を私はした。一応、零君より私の方が長生きをする約束をしたので、頑張る気はある。でも零君が、明日怪異になっていたなんてことがあったっておかしくはないのだ。
だから、伝えられる時にちゃんと伝えておきたい。
「俺も……俺も、莉緒が好き」
「ありがとう」
ドンと再び花火が打ちあがる。
「また来年も一緒に行ってくれる?」
「もちろん」
「それと、春の桜を見損ねたから、秋に咲く桜スポットに行ってみたくない? それから、初詣も一緒に行ってみたいな。あと、春はやっぱり桜を見たいよね! それからまた一緒に恐竜博物館に行きたいなぁ」
「行きたいところばっかじゃん」
私の強欲な望みを放すと、零君は笑った。
「うん。一緒に沢山行きたいから、これからも一緒に生きてこうね」
沢山約束して、沢山思い出を作っていきたい。
いつか必ず終わりが来るけれど、それまで私は今を楽しもうと思う。




