花子さんと4
心臓が破裂しそうなぐらいバクバクいっている。
そろりと鏡を見たが幸い私しか映っていない。声も私が喋らなければ聞こえない。ただ、不気味にジジジジと天井の電気が音を鳴らしているだけだ。
お、落ち着こう。
トイレと言えば彼女しかいない。そして彼女とは知り合いであり、生霊時代はお世話になったし、逆に迷惑もかけられた仲だ。
更に会いに行くことを零君に制限され、彼女と仲良くなりたいが為に、零君と喧嘩した事もある。今更、怖がる必要はない。そう、ないと分かっている。それでもやっぱり怖いのが、怪異だ。
でも友達になりたいのなら、一歩踏み出すべきだろう。
「は、花子さん?」
『はぁい』
い、いたぁぁぁぁぁ!!
知ってたけど。知っていた上で声をかけたけれど。
でもいざ声が聞こえると、ビクビクビクっとしてしまう。
「えっと。花子さんは、こちらにもお住まいで?」
『前に会ったところは違ったものね。私はトイレだったら、何処でも行けるよ。ただどこでも私がいると怖くてトイレに行けない子が出てきてしまうからね。そういう場所は、制限をかけて、そこ以外は出ないよと言っているわけさ』
なるほど。
確かに小学校の低学年だと、怖くてトイレに行けなくて漏らしてしまうという事例も出てきそうだ。そう思えば、何番目のトイレとか指定されて、尚且つ一定の条件下でしか出てきませんと言っておけば、逆に安心材料となる。
流石は元トイレの神様。色々親切だ。
「あの、もしかして、いつでも花子さんとは話せるのですか?」
『そうだよ。私は悩める女子の話を聞くためにいるからね。特に天野さんは私がいると認識しているから、波長が合いやすいんだ。ただし天野さんは誰かがいる場所で声をかけられたら迷惑だよね? だからこれまでは声をかけなかったんだ。突然ごめんね。どう声をかけていいかも分からなくて』
「い、いえ。お気遣い、ありがとうございます」
どのあたりの人まで、花子さんの声が聞こえるのか分からないけれど、誰もいない所で私が突然話しだしたら、再入院させられる可能性が高い。幻聴とか頭の病気でありがちだ。単位がギリギリなので、これ以上は休みたくないので、花子さんの気づかいはありがたい。
そして同時に、零君の生きにくさがちょっとだけ分かる。零君は殴って黙らせて、普段から相手が近寄ってこないような状態にしなければ、人間社会ではまともに生活ができないだろう。
『この間は、私の一部が迷惑をかけたね』
「いえ……その、もう大丈夫なんですか?」
花子さんは様々な女の子達の切り捨ててしまいたい気持ちを流してくれていたが、アレは流しきれなかったものが徐々に積もって淀んだものだった。今も、生徒たちの嫌な気持ちを花子さんが受け止め流しているのなら、第二、第三のアレが生まれるかもしれない。
『今のところはね。基本的に、流してしまうのに特化しているから』
「あの、私では力不足かもしれないですけど、花子さんも何かあったら、愚痴って下さい。えっと。聞くしかできないですけど。その、私、聞いてもらえただけでもすっきりしたので」
結局のところ、花子さんがああなったのは、花子さんがただずっと聞き役だったからではないかと思う。誰だって感情があれば、色々淀む。人の愚痴を聞き続けるのも結構大変だ。
ただの愚痴。されど、愚痴。
ただこぼれ落ちた時は愚痴でも、二人会わせて言い合えば悪口となる。それが広がり一人を罵り合えば、虐めとなる。そこまでくると、毒のようだ。
だけど、まったく関係ない第三者に毒となる前に愚痴れれば、まったく関係ないのでその第三者は何もせず、愚痴った相手もスッキリする。
勿論愚痴ばかり聞かされれば第三者も毒されていくが、そうでなければ問題ない。
『……その発想はなかった』
「そうですか。ならそんな発想もしてみて下さい。花子さんは神様ではないので、聖人君子でいなければいけないわけでもないでしょうし」
まるで、王子様のようだけど、別に私はそんな役割を彼女に求めていない。
すると、クスりと笑い声が聞こえた。
『なら、敬語は止めてくれ。私は、君と友達になりたい。人ではなく、神でもなく、ただの怪異だけれど、どうだろう?』
「私も、友達になりたいです。あっ……えっと。友達になろう」
見えないので手は握り返せないけれど、私は笑顔を花子さんに向けたのだった。




