花子さんと3
ある日、体育館の中、ジェイソン君に出会った♪
舞台のカーテン裏、ジェイソン君に出会った~♪
「先輩、こんな所にジェイソン君置くとか、本気だね」
「しかも鏡つきとかねえ……莉緒っち大丈夫?」
「……なんとか」
私の悲鳴で、他の場所を探していた皆もあつまってきて、しげしげとジェイソン君を観察している。……本当に怖くないんだ。尻餅までついてしまった自分が情けない。
「はっ?! 体育館の呼び出し……カーテン裏の秘密のデート……」
ニコちゃんにいたっては、何やら、創作の神様が折りてきたようで、不穏な言葉を発している。ジェイソン君が喜んでいそうだ。表情は変わらないけれど。
「莉緒、ごめん。俺が先に行けばよかったな」
「ううん。私が勝手に行っちゃったから、大丈夫」
例え零君が先に行っても、零君は反応が薄そうだから、結局私がびっくりするオチになってそうだし。結局は私が怖がりである事が原因だ。
よいしょと立ち上がろうとした時、零君が手を差し出してくれたが、首を横に振る。
「ごめん。この辺り掃除が不十分だったみたいで、手が汚れちゃったから大丈夫」
手をついた場所が悪かったみたいで、懐中電灯に照らすと手が真っ黒になっている。……ついていない。
「うわぁ。これは一回手を洗いに行った方がいいんじゃない?」
「だよね……。ちょっとちょっとトイレ行ってくるから、先に屋上に向かってて」
手が気持ち悪いので、さっさと流してしまいたい私は、校舎の方に向かう。一番近いトイレは一号館の一階のトイレだ。
「なら俺も——」
「駄目に決まってるでしょうが!」
私が移動すると、零君もついてこようとしたけれど、陽菜が零君の肩を捕まえた。
「だって、莉緒が一人だけなんて」
「だからって、トイレまでついて行くな!! 莉緒っち、ここは私達に任せて、行って!!」
「そう。私達の分まで、お願い!」
いや、人の分のトイレまでは済ませられません。
でも確かに零君が女子トイレまでくるのはアウトだ。私が生霊だった時、零君が女子トイレの前でウロウロしていたことがあったけれど、あの時も誰かに見られたら危険だった。折角の零君の爽やか天然キャラも、変態の烙印が押され地に落ちてしまう。
「分かった。無事に帰れたら、一緒に星を見ようね!」
「莉緒ぉぉぉぉぉぉ!!」
勇者が魔王と最終決戦するかのような、コントっぽくなってしまったけれど、零君の為にも、ここは自立をしなければ。
後ろを振り返らず、私は廊下を走った。
廊下などの電気はつけられないけれど、トイレの電気ぐらいならつけても大丈夫なはずだ。怖いけれど、トイレまで誰かについて来てもらわなければいけないのはさすがに恥ずかしいので、さっさと済ませようと思う。
体育館から一番近いトイレにたどり着いた私は、入口の所についているスイッチで電気をつけた。微妙に電気が切れかけているのか点滅するのが怖い。
「きっと怖い怖いって思うから怖いんだよね」
暑い暑いと思えば余計に熱く感じるのと同じで、怖い怖いと思えば余計怖く感じるに違いない。怖くない、怖くない、怖くない、怖くない――。
中に足を踏み入れればいつものトイレだ。なのでそのまま水道の方へ向かう。
「……音が嫌だな」
誰もいない静かな学校な為、ジジジジという電気の音が妙に大きく聞こえて恐怖を誘う。
「怖くない、怖くない、怖くない、怖くない――」
電気の音が聞こえないように、私は呪文を声にした。
さっき鏡をのぞいて怖い目にあった為、私はできるだけ鏡は見ないよう水道だけを見つめる。背後に何か映ったら、今度こそ心臓が止まるに違いない。
「怖くない、怖くない、怖くない、怖くない――」
せめて安心材料として、般若心経を零君に教えて貰うんだったと思うが今更だ。あれはメリーさんだって寝かしつける優れものなので、今度教えて貰おう。
でも夜のトイレで般若心経が聞こえてきたら、それはそれでホラーな気も……。
「――怖くない、怖くない、怖くない、怖くない」
『……怖くない、怖くない、怖くない、怖くない』
何だか今、自分の声が割れた気がした。
私がしゃべるのを止めれば、水道の音だけになる。……特に水道の音は反響したりしていない気がするし、気のせいだよね?
「怖くない」
『怖くない』
「怖くない」
『怖くない』
「……怖く、ない」
『……怖く、ない』
「こ、わ、く、な、い」
『こ、わ、く、な、い』
ほ、ほら。やっぱり、ちょっと音が反響してるだけだ。私はほうと息をつく。
「……生麦中米生卵」
『生麦生麦生卵』
「隣の客はよく柿食う客だ」
『隣の客はよく柿きゅうきゃきゅだ』
微妙に音がおかしいような。いやいや。怖い怖いと思ってるからそう聞こえるだけだ。
「青巻き紙、赤巻き紙、き」
『青巻き紙、赤巻き紙、きまきまき』
ひぃぃぃぃぃぃ。
やっぱり私以外の声が聞こえてる!!
私は微妙に言えてない、私に続く声にひゅっと息を飲んだのだった。




