体育館の妖精さんと6
私はタオルに絡まったメリーさんを救出して胸に抱えながら、体育館の真ん中でジェイソン君と妖精さんと零君と一緒に座り込んだ。いや、ジェイソン君は座ったというよりは崩れたままだ。直してあげたいが、骨の位置を間違えそうなので、とりあえずそのままだ。
夏なので蒸し暑いはずなのにどことなく涼しいのは面子のせいだろうか。クーラー要らずでエコだなんて考えながら、この面々の中に座れている自分が若干凄い。
ホラーが駄目なはずなのに……人間とはなれる生き物らしい。メリーさんが、恐怖が薄れるのを嫌がるのも納得だ。
「えっと。体育館の妖精さん、この間はありがとうございました」
『いいわよー。むしろ、私が助けられちゃったわけだし。もう、律儀な子ね』
右手をパタパタさせながら、ウフフフフと笑う姿はさながらおばちゃんだ。……違う意味で怖さがあるけれど、まあ慣れれば大丈夫だ。妖精さんは悪い妖精さんではない。
それに対して、ジェイソン君がカタカタと鳴る。骨伝導は私には伝道してこないようなので、微妙に怖さがある。
メリー【ジェイソン君『天野ちゃんは、いい子。私にもわざわざお礼を言ってくれた。更に私を助けるために科学部にも入ってくれた。ありがとう』と言っているわ】
メリー【どうやら天野には言葉までは聞こえないみたいだから、ジェイソン君は、グループトークでラインをしなさいよ】
メリー【通訳するのも面倒だから】
カタカタの数と言葉が合っていない気もするけれど、多分骨伝導だからだ……としておこう。ツッコんではいけない系な気がする。
『グループラインて何なの?』
「えっと。スマホのライン機能の一つで、複数人でやり取りができるものですけど……妖精さんはラインをやられた事は?」
『ないわねぇ。ブラック企業に勤めてるとね、友達と話す暇も気力もなくなってくるのよねぇ……それで、余計に洗脳されちゃって自分を追い込んでいくんだけど』
おおう。そうだった。妖精さんは、姿や名前に似合わず、かなりディープな過去をお持ちの方だった。私は余計な事を言ってしまっただろうかと不安になったが、特に暗黒面に落ちた様子はない。流石、綺麗な妖精さんだ。
メリー【仕方ないわね。メリフォンあげるわ】
メリー【貴方は天野と一番波長が似ているようだけど、それでも私を介さないと言葉が伝えられないでしょ?】
メリー【メリフォンなら、いつでもどこでも、電波なんて関係なく繋がるから】
流石メリーさんの不思議道具だ。猫型ロボットにも出せない便利さがある。ただし、色々呪われそうという欠点はあるけれど。
『貰ってしまっていいの?』
とはいえ、既に怪異である妖精さんに呪いは関係ない。嬉しそうに受け取りつつも、申し訳なさそうにしている。
メリー【ええ。どうせ、天野はまた話しかけるでしょう?】
メリー【その度に通訳させられるなんて嫌だもの】
メリー【私が楽したいだけよ】
わざわざ通訳してくれる気があるんだ。
流石メリーさん、優しい。
「メリーさん。ありがとう」
メリー【天野……貴方がいい子なのは分かってるから、感謝は止めなさい】
メリー【最近、いい感じで貴方の恐怖を食べていたんだから】
メリー【いい加減この()を取り除きたいの】
メリーさんのアイコンの隣は、相変わらずメリー(福の神)となっている。メリーさんは優しいから、もしかしたらずっとこのままな気がするけれど、まだただの怪異に戻る事を諦めていないようだ。
「ありがとう、メリーさん」
メリー【柳田。嫌がらせは止めなさいよ】
メリー【本当に、ムカつく男ね】
メリー【ジェイソン君の紳士さをみならいなさいよ】
「あのさ。前からちょっと気になっていたけど、神様の方が何かと便利じゃん? 何で嫌なわけ?」
柳田君は不思議そうにメリーさんを見た。私としても神になって困る事が分からない。
確かに神様って言ったら結構万能なイメージが強いので、怪異でいるよりもいい事が多そうな気もするけれど……。
メリー【決めつけないで】
メリー【人が嫌がる事はしてはいけないと習わなかったの?】
メリー【私はいつか、大怪異になる女なの】
プンプンとお怒りのスタンプがちょっと可愛いなと思ったけれど、口に出したら怒られそうなので黙っておく。
でもメリーさんが嫌だと言うなら無理強いは良くない。
『気持ちは分かるわ。自分が変わると言うのはアイデンティティの危機だもの。第三者が認識してくれるなら別だけど、怪異は普通見えないし、戸籍があるわけでもないものね。変わった私が、私かなんて分からないわ』
妖精さんに言われてみると確かにと思う。自己を確立するためには他者が必要だという。でも怪異にはその他者がいない。とても存在があやふやだ。
変化した時、それは果たしてメリーさんなのかどうか。
……まあ、私にとっては、優しいのがメリーさんなのだけど。
メリー【まあ、そういうことよ】
メリー【それより、天野達は、時間は大丈夫なの?】
メリー【遅れて、心配して探しに来られたら厄介でしょ】
メリー【私達怪異は、探した時は見つからないものなの。肝試し中は隠れてるわ】
メリー【お祓い呼ばれても困るし】
確かに。集団で怪異を目撃したら、お祓いとか、何かと大問題になりそうだ。
時間的にもそろそろ部室に行かなければいけない。
「妖精さん。また後でラインしますね! 今日は肝試しをするのでよろしくお願いします! 行こう、零君」
「だな」
メリーさんには私のカバンに入ってもらい私達は急いで部室に向かって走るのだった。




