体育館の妖精さんと3
科学部の天体観測は、夕食を家で食べてからの集合なので、既に辺りが暗くになってからだった。夜道の一人歩きは危険なので、参加条件として、保護者が送る又は二人以上で来るということになっている。その為私は、零君が家まで迎えに来てくれて、一緒に向かう事となった。
「ううう。ごめんね。お母さんが遠慮なくて」
一緒に部活の天体観測に向かう事を話したら、是非ご馳走するという話になってしまい、零君は私の家で一緒に夕食を食べる羽目になったのだ。これがご近所で幼いころからの幼馴染とかなら零君もまだやりやすいだろうが、中学三年から仲良くなったばかりなのだ。しかも彼氏彼女……。反抗期中の娘としては、親の強引さが辛い。
「全然。一緒に莉緒とご飯食べれて嬉しかったし。それに、莉緒も夕食作ってくれたんだろ? ありがとな
」
二カッと笑う零君の笑顔が眩しい。
流石は婿にしたいナンバーワンの男だ。気を使っただろうに、全然そんな素振りを見せない。
「作ったと言っても、カレーだし」
「すっごく美味しかった」
市販のルーの御味ですと言いたいところだけれど、零君が喜んでくれると嬉しいので、まあよかったということにしておこう。
「お粗末様です」
私と零君は幸い徒歩圏内という、ラッキーな立地条件なので歩いて高校に行ける。ちなみに先輩方も陽菜も電車通学組で、天体観測で遅くなるので、学校に泊まる事になっていた。どうやら運動部が合宿などもしているらしく、貸出可能な布団があるのだ。ちなみに男女別の部屋である。
私と零君も折角なので泊まる予定で、既に寝る時と兼用で学校指定のジャージ姿だ。掛布団代わりにバスタオルを持参するように言われているので、大きめのバックを持っている。
「莉緒、荷物持つよ?」
「それは大丈夫。これぐらいだったら平気だし。ちゃんと筋力つけて行かないと」
二ヶ月寝たきりになると、人間の筋肉はここまで衰えるのかと思えるぐらいやせ細っていた。なので退院前に怪我をしたわけでもないのに歩行訓練をする羽目になったのだ。
もう二度と幽体離脱はしたくない。
「辛くなったら、ちゃんと言ってよ。遠慮とかいらないから」
「うん。ありがとう」
零君は本当に紳士だなと感動しつつも、頼ってばかりもいられないので私は少しずり下がった鞄をかけなおす。
「莉緒っち~!!」
「陽菜! こんばんは」
高校の門前に行くと、既に陽菜が先についており私達に手を振った。流石はギャルっ子な彼女は今日もしっかり可愛くメイクしている。ジャージでも可愛い。
「柳田も護衛ご苦労。莉緒っちを無事に送り届け、誉めて使わす」
「なんでお前が偉そうなんだよ」
陽菜が片手をあげて労うと、零君は面白くなさそうな顔をした。陽菜とにやり取りは冗談だとは分かるけど、なんだか零君が、ちょっと不機嫌な気がする。やっぱり、彼女の親と夕食会は精神的に疲れるよね。ごめんねっと心の中で謝っておく。
「陽菜は早かったね」
「時刻表の関係でね。先輩は姉ちゃんと一緒にもう部室に行ってるよ」
「お姉さんも来たんだ」
「OB枠って勝手に名乗って、ニコちゃんと一緒にジェイソン君の妄想を継ぎ足してる」
おおう。
どうやら陽菜のお姉さんは、活発なオタクらしい。そしてニコちゃんという子も。年齢が違っても付き合いがあるということは、ネットか同人の即売会とかそういうところで知り合ったのだろうか?
「私は、ここでミッチー待ってるね。親が送ってくれるんだって」
「うん。分かったけど、一人で大丈夫?」
一応は敷地内だけど、不審者が来たら女の子一人だと心配だ。
「平気平気。不審者来たら、超大声出して、急所蹴飛ばして学校逃げ込むから。防犯ブザーも持ってるし。後ね、結構ギャルって狙われにくいんだよ。大人しい系の方が電車で痴漢とか狙われやすいんだよねーってのが、姉ちゃんからの教え」
「えっ。もしかして、それで毎日メイクしてるの?」
「まっさかー。単純に綺麗なのが好きだからだよ。休みの日とか、爪をデコったりするのも好きだし」
あっけらかんと陽菜は笑った。まあ、好きでもないメイクを毎日痴漢対策の為だけにやるのはストレスだ。
「莉緒も器用だから、髪とかいじるの上手いぞ」
「えっ。そうなの?!」
「違うよ。普通、普通だから。零君が壊滅してるだけだから」
基本どんなものでも着こなせる零君だからこそ、お洒落への関心度は低いのだろう。基本的に男子はそういうものなのかもしれないけれど。
「なら今度やってよ。代わりに爪デコって上げるから。恐竜の足跡とか、シルエットとか描けるよ」
「よろしくお願いします」
そんな芸術は、是非やってもらいたい。陽菜ちゃんの髪は長いし、明るめの色合いだから、編み込みとか色々いじりがいがありそうだ。
「じゃあ、俺らはちょっと寄りたいところがあるから先に行くな」
「おっけー。また後でねー」
陽菜に手を振りながら学校の方へ零君と一緒に行くけれど、寄る場所って何処だろう。特に聞いていないんだけど。
「零君、寄るところって?」
「体育館。先に体育館の妖精に肝試しをするって伝えておいた方が良いだろ」
「へ?」
「誰かの家に行くなら、事前連絡は大事だし」
いや、うん。そうだけど。
確かに夏休みに入った上に夜の時間に人が来るなんて、体育館の妖精さんも予想はしていないし、事前連絡は大切だとは思うんだけど……うう。
既に日が落ちた学校は暗く不気味だ。
虫の音色しか音もない。
「怖いなら手を繋ごう」
「お、お世話になります」
暗い学校というだけで、既に恐怖キャパを超えかけている私は、柳田君に差し出された手を握るという恋愛イベントに感動する余裕はなかった。ひたすら見えないから大丈夫と、心の中で呪文を唱え続けるのだった。




