ジェイソン君と3
『見たよね?』
この文句は、ホラーにありがちな技法だと思う。あれだ。見てはいけないものを見て、次の場面で被害者になる奴だ。……いや。既に被害者だ。結構心臓に悪い。下手したら止まる。
「えっと……な、何を?」
「あー、見られちゃったか」
「大井田、ちゃんと隠せよ」
「だって、過去の研究ノート見る人なんて今までいなかったしー。姉ちゃんも木を隠すなら森だって、言ってたからさ」
ジェイソン君だと思われる骸骨が、お耽美的な薔薇に囲まれた絵を——いや、アレ、お耽美か? 普通に埋葬シーンじゃないか? まあ、イケメンスタンドが一緒に描かれているけれど。参拝者とか親族ってオチでもいいような。
とにかく、一般人には公開不可系のノートだと思われるブツを見てしまったわけだが、ちょっと困った顔をしているだけで、意外に皆あっちゃー的な反応だけだった。
「これね、うちの部の先輩方が書き続けた、BL設定集なんだよね」
「ええっと、ビー、エル?」
違うと思い込もうとしたのに、あっけらかんと暴露される現実。
「あれ? 莉緒っちは知らない? BLって言うのは、男同士の恋愛を題材にしたものでね。んー、やおいとか、他に何か言い方あったかなぁ?」
「えっと。大丈夫。うん。分かる。衆道とか、そういう話だよね」
「しゅーどう?」
おっと。こっちの方がマイナーな表現だったか。
いや、うん。そっちの道に足は踏み入れていないけれど、言葉としては知っている。私だって恐竜が好きだし、そういうものが好きと言う人がいても別にいいとは思う。ただし、それを不快に思う相手がいない場所ではだ。
……今、男子が沢山いる状態で、この話をするのは大丈夫なのだろうか。
「えっと。そちらの男性は、俗にいう腐男子ですか?」
「こいつだけな。俺達は違う」
眼鏡先輩……腐男子でしたか。
いや、うん。人の趣味、とやかく言うべからず。
……ではあるんだけどなぁ。零君とか、大丈夫かな? チラリと、零君を確認したが、零君もどうってことない顔をしていた。
流石零君。懐が広い。
「まあ人の趣味はとやかく言わないが、この部の良いところだね。まあ、言ったところで、昔から女子強いから」
「へぇ」
「というわけで、人の事をとやかく言わないのもこの部の入部条件かな。人は集まって欲しいけどね、居心地がいい場所が壊れるのも嫌だし。柳田君は、そういうのは大丈夫?」
「まあ。人は人だと思いますし、傾向は違いますが、兄がオタクですから。強制されたり、無理に理解を求められなければ、まあ、そういうものかと。迷惑かけなければいいんじゃないですかね?」
えっ。零君のお兄様、オタクなの?!
頭がいいとは零君の塾の件で聞いた事があったけれど。新たなる零君情報を私の心のメモに書き残す。
「へぇ。お兄さんはどんなジャンルのオタクなの?」
「ボーカロイドって分かります? あの緑の髪のツインテールの子に、般若心経を歌わせる程度のオタクです」
「えっ。それ、零君が好きなんじゃないの?!」
「嫌いではないけど、特に?」
……マジか。
実は私は昔、零君と二人っきりで恐竜の博物館に行く時、お洒落に悩んで零君の友人にアドバイスをもらったのだ。
零君が緑のツインテールのボーカロイドの動画を見てたことがあると。
緑は無理だが、ツインテールならいけると思い、子供っぽいけれどそれにあえてして見たのに……。
「でも今はツインテールは神だと思います」
「分かる。ツインテールいいよね!!」
何だか、男同士の語り合いをしている。ツインテールそんなにいいのかな? 子どもっぽいから個人的には微妙だけど。でもまあ、ツインテール推しなら、偶然だけどラッキーということにしておこう。でも、相手の情報が間違ってないかの見極めは、今後はもっと気を付けようと心に誓う。
「莉緒っちは、BLは読まないの?」
「あまり読んだ事ないですね。恐竜オタクをこじらせてそっちに全振りしてまして。陽菜はそっち系なんですか?」
「んー。私は何でもオッケーかな。でも小説より漫画が好き。BLって、綺麗な絵師が多いんだよね」
なるほど。彼女はきれいな絵が好きなタイプか。
確かにジェイソン君もイケメンスタンドも薔薇も綺麗だ。きっとこの絵を書かれた方は、相当描き込みをされたに違いない。鉛筆書きなのに骨がものすごくリアルだし。
「ちなみにこの骨は、ジェイソン君で、この学校にある骨格標本を題材にしてるんだよね」
「そうなんですね。ところで、このイケメンスタンドは?」
「ジェイソン君の生前」
……ジェイソン君の生前?
ジェイソン君に生きていた時代があった? えっ?
ホラーな回答に、私は固まった。
「えっ。あの骨格標本……本物?」
しかもこのイケメンスタンド、眼鏡かけてる?!
メリーさんと一緒にメイクアップしたジェイソン君を思い出し、私はさぁぁぁぁと血の気が引く。えっ。マジで、本物?
「あはははは。違う違う。そういう公式設定なの。あれが本物かどうかは私も知らないよ。先輩は知ってる?」
「さぁ」
「いわくつきっていう噂はあるけどな」
止めて。BLは問題ないけど、ホラー耐性はゼロなの。
カタカタと震えていると、零君が私の手を握った。
「莉緒、大丈夫?」
「うん。でも、ちょっと怖いかな?」
「よし。じゃあ、もう少し詳しく聞いておこう」
「えっ」
なんで?!
恐怖のあまり、ぎゅっと手を握り零君を見たが、彼はいたって普通だった。
「メリーさんも言ってたじゃん。知らない事は怖いことだって」
いや、そうだけどさぁ。
私はこれ以上恐怖展開にならないことを祈るしかなかった。




