柳田君のエピソードゼロ4
「莉緒が歩道橋から落ちたって聞いた時、俺は落とされたと思ったよ。香織が莉緒に復讐したんだって」
メリー【違ったのね】
俺はメリーさんの言葉にうなづいた。
心境的には復讐であったと思いたい。けれど、違った。
「香織はさ、泣いてた。自分の所為だって。それに周りて見ていた人もいて、足を踏み外した香織を助けるために莉緒が落ちた事故と結論付けられた。復讐だったら、俺は香織に復讐できて、気持ちは楽になったんだろうなと思うよ」
絶対莉緒は復讐なんて望まないタイプだけど。というか、そういうタイプだったら、そもそも莉緒が悩むことはなかった。いじめがなくなった時点で、彼女はハッピーエンドだったはずだ。
優しい人間だから、彼女は悩んでいた。
そしてそんな人間だから俺は、彼女が好きになった。
「まあ、ここまでが、莉緒と俺の一年間って所かな。それからは、前にも話した通り、メリーさんがここに来るまで、俺と莉緒は住む世界が分断されたおかげで会話1つまともにできていないんだよ」
ただ彼女を見るしかできなかった。
それは俺にとっては、まるで罰の様だった。昔莉緒が、死んだら私を見つけてねと軽く言われたのに対して、俺も軽い気持ちで了承した事がある。そんなすぐに相手が死にかけるなんて、どちらも思っていないから言えた言葉だ。必ず明日が来るなんて誰にも分からないのに。
そしてその言葉の残酷さを俺は身をもって知った。
怪異は……違う世界を生きているのだ。決して交わらない。
触れそうで触れない。見えているのに、相手からはちゃんと見えていない。声が聞こえない。想いが届かない。
「だから、メリーさん。お願いします。どうか、莉緒を俺の世界に連れ戻す、手助けをして下さい」
怪異なんて嫌いだ。
怪異が見える所為で、俺はずっとしなくていい苦労をして来た。
怪異の世界なんて知りたくもなかった。知れば知るほど、俺は人間の輪からはみ出てしまうから。
でも、今は、この力に感謝している。
莉緒が目覚めないのは、脳の腫瘍の所為だとなっているけれど、きっとこのままでは腫瘍を取ったところで目が覚める事はない。
今の人間の科学では、【魂】を証明する事ができないのだから。だからこれは俺にしかできない事。
莉緒を取り戻す為だったら、悪魔とだって契約してやる。
メリー【いいわよ】
メリー【私も借りを作ったままというのは嫌だもの】
メリー【私は怪異よ。人を怖がらせ、畏れを抱かせる存在。それなのに助けてもらうだけなんて癪だわ】
メリー【天野を病院まで連れて行くことはできるかもしれないけれど、彼女の魂は欠けているわ】
メリー【だから天野自身に欠けたものを取り戻させるように慎重に行くわよ】
メリー【ただし、幽霊というものは風化していくものよ】
メリー【時間が勝負ね。それから、生霊はエネルギーの塊のようなものだから、欲しがる怪異は結構いると思うの】
メリー【家は基本招かなければ入れないから大丈夫だけど、問題は学校ね】
「近づいて来た奴らは、片っ端から殴ればいいんだな」
浄霊とか除霊とかはできないけれど、物理的に遠ざけるのは昔からやっている。
メリー【この狂犬め】
メリー【でもまあ、今はそれが一番有効ね】
メリー【ただし学校にいる怪異にも助けを求めるから、何でもかんでも殴るんじゃないわよ】
メリー【柳田の怪異嫌いはこっちの世界でも有名よ】
「あ、そうなんだ」
俺は怪異の事を知らないので、メリーさんの存在はありがたかった。
メリー【でもその分、恩を売っておきたい怪異はいるわ】
メリー【怪異と交流を持つ事は柳田か一番避けたかった事でしょ?】
メリー【どうする?】
「どうするも、こうするも、莉緒を取り戻せるなら、何だってやる。それに、俺、莉緒のおかげで、この力をそこまで嫌いじゃなくなったから」
莉緒が居なかったら、メリーさんとこんなに穏やかに会話だって出来なかった。
莉緒が居なかったら怪異と交流を持たずに済んだかもしれないけれど、莉緒が居なかった世界なんて俺は嫌だ。俺は莉緒が居てくれるなら、怪異も自分の力も受け入れられる。
メリー【契約成立ね】
俺はこうして、メリーさんと共に『天野莉緒』を取り戻すミッションを開始した。




