柳田君のエピソードゼロ2
中学三年が始まり、周りは一気に受験ムードになった。
俺もできれば県立高校に行きたかったから、それなりに勉強は頑張っていた。けれど、特になりたいものも思いつかず、今の自分の学力にあった高校でいいかと適当に選んで、適当な学校生活を過ごしていた。
そんな中、莉緒が仲良くしているグループの動きが明らかにおかしくなった。
今まで五人で仲良くしていたはずなのに、気がつくと莉緒だけが無視されるようになった。周りからしたら莉緒が何かやったんだろうなと思ったけれど、関わるのも面倒な雰囲気だ。
コレ、早めにどうにかしないと、クラスの苛めとかそういういうのになるんじゃないか?
あからさまな無視が始まって一週間。俺は何となく彼女が気になっていた。
仲直りするなら問題ないが……莉緒の頑固さは知っている。わざわざ自分から出る杭になりにはいかないけれど、小学校の頃は恐竜好きを隠しもせずに、堂々としていた。それの所為で周りから指を指されてもお構いなしだ。普段おかしな言動をするわけではないので、恐竜の事にさえ触れなければ普通だったし、誰かにそれを知って欲しいというわけでもなかったので、莉緒なりに自分の好きな事を邪魔しない人間とだけ付き合っていたんだと思う。でもそれだけでは難しいとも思ったようで、中学からは恐竜の事はあまり言わないようにしている様子だった。それでも、何か趣味を否定するようなことを言われたらその相手からはすぐに距離を置いていた。
つまりは譲りたくないものは譲らないのだ。
しかも莉緒が孤立していることをいい事に、コイツなら苛めてもいいんじゃないかという空気が出始めている。受験で皆ストレスが溜まっているのは分かるけれど、それをやったらおしまいだろ。クラスでいじめとか……見つからなければいいとか、苛めているつもりはないとかコイツらは思うんだろうな。
その後の結果がどうなるか、どうしてわからないのだろうと思う。だけど案外何にも考えずに気持ちのままに行動する奴って結構多いことをこれまでの人生で知っている。
だから俺はとりあえず自分の受験もあるから、莉緒の事に少しだけ頭を突っこむ事にした。もちろん自分に火の粉が飛んでこない範囲でだ。
「じゃあ、俺、掃除変わるよ。その代り、次は俺の時よろしくな」
一人だけに教室の掃除を任せようとしているのを察知して、俺は気楽に交代を申し出た。これ、相手が自分が天野をいじめているなんて口が裂けても言えないからできるんだよな。俺自身ちょっと天然だよなと言われて、それを否定せずにいるようなキャラづくりをしているから問題もない。それに相手よりも俺の方が友達にも恵まれている事を認識してやっている。
正直自分が不利にならない事を計算しての手助けだ。ズルイかもしれないけれど、イジメの身代わりになるほどの正義感はないし、莉緒と仲がいいわけではない。
莉緒は、素直に俺に感謝していた。俺が安全を確保してから、手を出したとか気が付いていないんじゃないだろうか? そこまで涙ぐまれるほどの事ではないと思う。
でもそれ以来、莉緒が確実に俺に懐いたのが分かった。
男子だからと言うだけで、距離を取りがちだったのに、その距離が一気に縮まる。
他の男子に対してもそうだ。一気に険がなくなって、付き合いやすくなった。
あれか。小学校の頃に莉緒をからかっていた奴らがトラウマだったのか。
そう気が付いた時には、俺がいるグループは莉緒に対して、それなりに好意的になっていたし、俺のグループと交流がある女子も、無視に参加する事はなくなった。
修学旅行も団体行動だったり、学校が決めたグループ行動だからハブられる事もなさそうだ。更に違うクラスに小学校から仲が良かった女子がいたのが功を奏して、何とか無事に終えたようだ。何で俺がこんなに気にしてるんだろと思うけれど、ただあいさつしただけでもうれしそうにする莉緒を見ているとほっとけなくなっていた。……アレだな。野生の猫に懐かれた感じだったんだろうと思う。
そんな中、学校の帰り道の途中、久々に怪異に絡まれて殴ったところを莉緒に見られてしまった。
莉緒は見えない人間らしく、俺がパントマイムでもしているように見えたらしい……うん。まあ、誰もいない所で変な動きをしたらそう思うよな。いや、でも道の真ん中でそういう行動をするような天然に思われていたのか、俺。
後から知った情報は釈然としないが、あの時の俺はかなり慌てた。
そして、莉緒を俺の家まで連れて行き、素直に事情を話してしまった。……誤魔化せよ俺と思うけれど、全力で殴らないと離れない怪異は久々で、凄く焦っていていたんだと思う。
そして全てを話した莉緒は、正直肩透かしなぐらい普通だった。
偏見の目で見るとか、変に異質の力に憧れるとか、そういうことがない。俺の霊感に対して、そういう特技があるんだねー程度だ。言いふらされる事もなかった。
正直莉緒が何を考えているか分からない為に、心配になって、その週の土曜日に勉強に誘って話をした。だけどやっぱり普通で、恐竜の幽霊っているのかなぁと頓珍漢な事を言ってくるぐらいだった。
そこでようやく俺は、莉緒は自分の好きな事を貶される事が嫌いだからこそ、人の事に対してもちゃんと線引きしてとやかく言わないのだと気が付いた。
同情とかそうではなく、自分が嫌な事はしない。損得とか、そういうものは何も考えていない。
莉緒は俺みたいに計算高いわけではなくて、自然とそういうことができる人間なのだ。
ありのままの俺を受け入れてくれると知った瞬間……多分、あの瞬間に俺は恋に落ちたんだと思う。




