柳田君のエピソードゼロ1
柳田君視点で本編前の話です。
「莉緒との出会い?」
メリー【そうよ。その辺り、ちょっと話してくれない?】
メリー【今のこんがらがっている彼女の魂の状態を見る限り、転落の衝撃だけが原因で忘却が繰り返されているわけではないと思うの】
メリー【彼女を取り戻す協力してあげるから、ちょっとはそっちも協力しなさいよ】
「いや、別に話さないとは言ってないだろ」
俺はメリーさんと名乗る市松人形にラインで話しかけられ、人形に話かけるという、頭がおかしくなったかのような行動をとっていた。
といっても、そう思うのは普通の人間の感想だ。見える人間だったら、別に頭がおかしくなったわけではないと分かるだろう。
そう。俺は残念な事に、『見える』人間だった。
『見える』人間だからこそ、正直怪異は苦手だ。
俺以外大抵の人間は認知できないから、下手に会話したり、ソレがいる事を指摘すると、異分子扱いされる。そんな経験をもとに、俺が思う対怪異の扱いで、一番いいのが無視だ。
保育園の頃に、そういうものだと気が付いた俺は、これまでの人生、極力怪異には近づかないように気を付けていた。そして例え近づいて来ても殴って追い返すをこれまで繰り返してきた。
もしも俺が【物語の主人公】だったら、もっとちゃんと怪異について学んで、浄霊とか除霊とかする職業に就くんだろうなと思う。でも生憎と俺はそういう特殊な職業をして、周りから偏見の目で見られる気はない。正直物語の主人公は、よくそんなマイナーな職業につこうと思ったものだとその心意気に感心する。
だから『見える』人間だけれど、俺はあまりオカルト知識がなかった。殴ればなんとかなるから、必要性がなかったのだ。
でもそんな俺でもメリーさんぐらいは知っているし、この存在が怪異だということは分かっている。それでも彼女を利用することで、確実に俺の大切な恋人である莉緒と話ができると気が付いた俺は、莉緒を取り戻す為に協力をして貰っていた。だからメリーさんに関しては無視もしないし、ちゃんと話しかけているというわけだ。
莉緒の現状は特殊だ。
彼女は入学式に向かう途中、誤って歩道橋から転落をし頭を打ってしまった。その結果外傷部分は治ったにも関わらず、二カ月たった今もなお病院で眠り続けている。眠り続ける原因が不明だった為、最近もう一度大がかりな検査をした結果、脳腫瘍が見つかった。それほど大きくないので、かなり早期の発見だったらしい。そして医者達はこの腫瘍が悪さをして、目覚めない原因を作っているのではないかと結論付た。
実際この腫瘍が大きくなった場合、命の危険があるそうで、来月頭に手術が予定されている。
科学的見解での莉緒の状況は、そういう状況だけれど、オカルト的見解ではちょっと違う。
『見える』人間である俺は、ある日から度々学校で、眠り続けているはずの莉緒を見かけるようになった。
怪我をした当時の制服姿の莉緒は、フラッと教室に現れては自分の席に座る。最初に見た時は、とうとう俺の頭がいかれてしまったのかと思ったぐらいだ。しかし彼女の魂は、間違いなく体を離れて彷徨っている。そしてそれが原因で目が覚めないのだと俺は気が付いた。
しかし生霊は死霊ともまた波長が違うのか揺らぎやすく、俺の声は莉緒には届かなかった。掴んで無理やり病院まで連れて行こうとしてもするりとすり抜けたり、消えてしまったりしてお手上げ状態だ。何よりも、彼女自身が自分の現状に気が付いていない様子だった。
そんな中、偶然ゴミ捨て場に打ち捨てられた市松人形を見つけた俺は、ちょっとした同情心でそれを拾って綺麗にしてから実家の人形供養の部屋に置いておいた。綺麗な黒髪が散らばった状態で倒れている姿が、何となく莉緒と重なったからだ。
しかしそれが原因で、俺はメリーさんに憑りつかれてしまった。
正直どうしようかなと思ったけれど、メリーさんが学校までついて来てくれたおかげで、莉緒と初めて会話することができた俺はメリーさんを飼う事にした。怪異と一緒に生活とか、正直憂鬱だけれど、莉緒の事があるのだから妥協するべきだろう。それに憑り殺されそうになったら、殴って躾ければいいかと思っている。
でも飼うとなると……怪異って何食べるんだろ? あと、髪とかの手入れもやらないとだよな。メリーさんを利用すると決めたのだから、最低限の事は俺も頑張ろう。確かあべのなんちゃらっていう、偉い陰陽師は、怪異を飼っていたとかって兄貴が言っていた気がするし、何とかなるだろう。
メリー【それで、いつ、どういう風に出会ったわけ?】
メリー【ついでにいつ頃から付き合ったのかも話しなさい。彼女、貴方と付き合っていた記憶を失っているなら、何か関係しているのかもしれないわ】
そうなのだ。
メリーさんを通せば最低限話せるようになったけれど、莉緒は俺のことを付き合う前の呼び名だった【柳田君】と呼ぶ。どうやら莉緒の中に俺と付き合っていたという記憶はないらしい。
俺に対して好意はあると思う。話しかければ必ず嬉しそうにしてくれるから。でもだったら、何で付き合っていた記憶がないのか分からない。
そしてそれを指摘すると、莉緒は俺の前から消え、また話しかける前の状態まで記憶がリセットされるのだ。……俺と付き合たことは、忘れてしまいたいぐらい莉緒にとって負担だったのだろうかと、時折不安になる。
「分かったよ。莉緒との出会い事態は、うーん、小学生か? その頃は交流もなかったからアレだけど、俺とは別の意味で莉緒はちょっと浮いていたな」
メリー【浮いていた?】
「俺は怪異が見えてしまうから微調整しながら、周りとの関係を維持していたけど、莉緒は自分の好きなものを認めないなら付き合う気はないって線引きしているタイプだったんだ。特に気が強いってわけではないけど、恐竜が好きで、一人で図鑑とか読んでいることも多かったと思う。まあ、その頃は俺も莉緒との付き合いがなかったから、詳しくは分からないけれど」
比較的恐竜好きをオープンにしなくなったのは、中学生ぐらいからだったと思う。それまでは、我関せずな感じで、好きなものは好きだと遠慮なく言っていた。その所為で、莉緒が好きな男子が、気を引こうとして恐竜は男のものだと一方的に喧嘩を吹っ掛けた事件もあった。
物静かな莉緒もその時ばかりは反撃して、殴り合いになり、ちょっとした騒ぎになったので俺も覚えている。ただそれ以来、だんだんと莉緒は恐竜好きな事は隠すようになり、男子とは距離を置くようになった。
多分必要以上に絡まれないようにする、莉緒なりの対策だったのだろう。
俺も男子と距離を置くようにしている莉緒に絡んでもお互いいい事はないだろうと思い、特に接点のないまま中学三年生を迎え、同じクラスとなった。




