天野さんの日記
一体どれぐらい茫然と立ち尽くしていただろう。
気が付けば、スマホからけたたましく通知音が鳴り続けていた。
メリー【しっかりして】
メリー【大丈夫? 覚えてる?】
メリー【どんなことが書かれていても、安心しなさい。柳田は受け止めるわ】
メリー【だって、これまでだって、どれだけ忘れられても、諦め悪くチャレンジしてきた男なのよ】
メリー【それに、私も同じよ】
メリー【天野が過去に何をして、何を忘れたがっていたとしても、気にしないわ】
何処までも続く、怒涛の励まし言葉に、私は苦笑いした。
ここまで書かれたら、確認しないわけにはいかない。
「ありがとう、メリーさん」
私は日記の最後となっている4月6日のページを読んだ。
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4月6日
学校に一緒に行こうと電話で誘われた。不安だけど、行かないとだよね。零君とは入学式後に桜の木の下で待ち合わせ。楽しみだな。
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日記は一言日記みたいな付け方だったので、元々長々とは書かれていない。
この文章から分かるのは、私は誰かと一緒に登校する約束をしていた事。そして柳田君の事は零君と呼んでいて、入学式後に会う約束をしていたという事……。うん。確実に今よりも仲がよさそうだ。
「あっ。桜の木……」
柳田君のラインの写真は桜だ。もしかしたら、柳田君は私に思い出してほしくて、あえて桜の写真を載せているのかもしれない。ただしあの写真を見た今も、私の記憶は戻っていなかった。戻らないどころか、今の今まで、何にも引っかかりすらしなかった。
柳田君はきっと何度も何度も、挑戦しては失敗するを繰り返していたのだろう。涙して、私が怖いと言った柳田君の気持ちを思うと辛い。
私は日記を後ろから前へと遡る。
私が通っているのは県立なので受験は三月の頭だったはず。そして私立受験が二月だ。最終的な受験校を決定するのは十二月か一月だったと思う。
そして三月の日記で、恐竜シールの出どころが分かった。分かりやすく恐竜のシールがここにも張られている。
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3月18日
柳田君と合格祝いに恐竜博物館に行った。
夏休みにも休憩で一緒に行ったけど、また行けて嬉しい。今度はお揃いの恐竜のキーホルダーを買った。前に買ったシールも追加で買った。もったいなくて使えなかったけれど、折角だから沢山貼ろう。
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どうやら私は柳田君と、夏休みと春休みの二回恐竜博物館に行っていたらしい。そしてそこでシールを買ったのだ。ここに貼ってあるのは夏に買ったものだろうか。……少なくとも、この様子を見る限り、私は柳田君と付き合っていたのを後悔していたり、悩んだりしている様子は書いてない。
入学式の前日まで、問題ない状態が続いている。
ただし書いていない可能性もあるのでなんとも言えない。
「もう一冊前の日記かな」
今持っている日記帳は一月始まりなので、その前の日記は別になる。しかし本棚にはすでになく、どうやら段ボールにしまってしまっているらしい。……珍しい。
私のいつものサイクルだと、ゴールデンウィークに日記などは片づけをしていた。読み返したくなったりするからだ。
……もしかして、読み返したくなかったのだろうか。
一月から始まった日記にはそこまで不穏な内容は書かれていない。というか、勉強漬けの毎日を送っていたらしい。クリスマスも真面目に勉強に精を出していたようだ。そしてたまに図書館で柳田君と一緒に勉強していたらしい。塾も行っていたから、そんなに回数が多いわけではないが、一緒に勉強した日は嬉しいからかちゃんと書き残してある。
私はクローゼットを見て、ごくりと唾を飲んだ。
覚えていないのに、確信がある。……あそこに、忘れたかったものが詰まっていると。
「私は……絶対忘れない」
怪異となってからの私は、何度も柳田君との会話を忘れたらしい。それどころか忘れた事すら覚えていない。
きっとそれはきっと覚えていたいものがそれほどなかったから。でも今の私は、柳田君との会話も、メリーさんとの会話も覚えていたいと思っている。怪異にとって大切なのは、強い意志だ。だから忘れたくないと思えば、きっと大丈夫。
私は意を決して、クローゼットから段ボールを取り出した。




