天野さんの味方2
まさかのメリーさん連れ去り事件の犯人が、私の家族だったなんて。
最新情報はいつでもセンセーショナル。
「シロ、何でそんな事したの? ちゃんと謝って」
「なーう」
「メリーさん、シロも反省してることなので……」
メリー【してない】
メリー【反省の色が見えないわ】
メリー【本気で反省してるなら、喋りなさいよ】
メリーさん、そんな無茶苦茶な。シロは猫なのだから喋れないのに。
「メリーさん。本当にごめんね」
私は喋れないシロの代わりに、もう一度謝った。メリーさんのお怒りも分からなくない。ゴミ捨て場に放置されたり、公園で子供にいじめられるなんて、プライド的にすっごく嫌だっただろう。
メリー【可愛い姿に騙されないで】
メリー【このクソ猫め】
メリー【こいつは雄よ】
「雄って……勿論飼い主だから知ってるよ」
それは悪口なのか?
医者で処置済みだし性別は知っているけどさ。……メリーさんは乙女だもんなぁ。汚されたから責任とれと言われても、困ったなぁ。シロにも、困ったものだ。美猫だから近所の猫達にも人気なんだよねえ。
メリー【……天野に怒っても仕方がないわね】
メリー【だから余計な事は考えないでちょうだい】
メリー【これは当人同士の問題よ】
「えっ。そう?」
メリーさんがそういうなら、そっとしておこう。
メリーさんも流石に、こんなに可愛いシロを呪い殺したりはしないと思う。それにしてもシロは空飛ぶ人形を前にしても動じてないなぁ。私が怪異になっても毎日お出迎えしてくれたのだから……もしかして、かなり凄い子なのでは?
勿論シロが賢いのは知ってたけど。
メリー【シロ、私も家に招き入れなさい】
メリー【そうしたら、これまでの件は水に流してあげるわ】
メリー【ただし、次はないから】
「なーう」
メリーさんのライン通知が来ると、シロは何となく察したのか、スタスタと猫用のドアから家の中へと入る。……もしかしたら、私が怪異になってしまったから、シロは毎日私をお出迎えしてくれたのかもしれない。怪異は招かれなければ家の中によっぽど入れないと言っていた気がするし。
そう思うと、本当にうちのシロは優しくて賢くて、良くできた子だ。
家の中に入ると、母は今日も不在のようだった。元々私が帰ってくるような時間ではないのだから、母だって用事ぐらいあるだろう。
私は一応靴を脱ぐと、自分の部屋である二階へと上がる。
部屋の中の光景はいつもと変わらない……と思うけれど、自分が怪異になってしまったと気が付いたからだろうか。なんだか寂しい気がした。人が使っている形跡がないというか。
ほこりなどは溜まっていないので、母が定期的に掃除をしてくれていたのだろう。……それにしても、私はいつから怪異になってしまったのか。
高校生活で友達ができなかったのは、初めからだ。入学式を欠席して――、あれ? 何で欠席したんだっけ。
ふと、欠席した理由を考えるが、思い出せない事に気が付いた。ただ、痛かったという記憶だけしかない。
自分の記憶のほころびに気が付くとドキリとする。
自分が怪異になっているなんて、いまだに信じられないし、何かを忘れているというのも同じだ。忘れたという記憶がないのだから。それでも慎重に思い返せば、おかしな点は次々出てくる。
部屋の入口の前で固まっていると、ピロンとスマホが鳴った。
メリー【それで、日記は何処なの?】
メリー【時間は有限よ】
メリー【天野が知る勇気を出すなら、私はちゃんと付き合うわ】
知らず知らずのうちに震えていたけれど、メリーさんの言葉を読むと少しだけ気が楽になった。……また忘れてしまうのだろうか。
できるなら、メリーさんにこうやって優しくして貰った事は忘れたくないなと思う。
でも思い出さない限り、柳田君はずっと悲しむだろう。だとしたら、何とか忘れることなく思い出したい。
「こっちだよ。新しいのは机の上の本棚に置いてあって。過去のは段ボールに入れてクローゼットにしまってあるよ」
いつから日記をつけ始めたのかは覚えていないけれど、小学校の低学年ぐらいから始めていた気がする。寝る前に一文だけでも書く作業は普段の生活の一部となっていた。でもしばらくの間書いた記憶がないのは、やはり怪異になってしまい物理的に不可能だからだろう。
本棚から取り出したシンプルな日記帳には、かわいらしい恐竜のシールが貼られていた。……どうしよう。このシールにも記憶がない。
いや。待って。私が恐竜好きになったのは、思い出した。そうだ。私は小学生の時の発掘体験で、サメの歯を見つけれた事が嬉しくて、そこから恐竜を好きになったんだ。女の子の中では珍しい趣味で、同じような友達を見つける事はできなかった。
「そっか。柳田君に恐竜の幽霊の話をしたのは私か……」
柳田君が霊感少年である事を知っている上で、恐竜好きとなれば、かなり限定される。となれば、私である確率が高そうだ。
日記をペラペラとめくれば、記載は4月6日で止まっっていた。ふと、近くの壁にかけられたカレンダーとみると、カレンダーは4月のままで止まっており、7日の欄に入学式と書いてある。
「……今日が4月って事はないよね」
もっと早く気が付くべきだった。
柳田君の学生服は、夏服になっている。対して私の服は冬服のままだ。……当たり前の変化が、私には起こっていない。
そしてこんな冬服で外を走ったのに、汗だくになる事もないのだ。そのことが、無性に悲しくて、でもどうしたらいいのか分からず、ただ白紙の日記帳見つめた。




