怪異の先輩
現在の私、家なき子。
色々起こりすぎて、頭の中は若干フリーズ状態だ。
これからどうしよう。
柳田君が居なくなったことで急に心細くなっていると、ピロンとスマホが鳴った。
メリー【暇なら、髪を切ってくれる?】
メリー【あの恐竜ゾンビ、きれいに消えたけれど、気持ち悪いのよね】
メリー【今日は縦ロールにしてなんて言わないわ】
メリー【でも髪飾りぐらいはつけてくれる?】
メリーさんのさりげない気づかに、私は若干うるっときつつ、首を縦に振った。
私がどうしたらいいのか戸惑っている事に気が付いたのだろう。ここは怪異の先輩の胸を借りる事にして、公園のベンチに移動する。
ふよふよとメリーさんは私の肩ぐらいの位置を浮いていたが、髪が長すぎて地面に引きずっている。形状記憶機能で綺麗な状態に戻るとはいえ、この状態は嫌だろう。
ベンチに移動すれば、ポンと魔法のように櫛やハサミが出てくる。流石メリーさん。未来の猫型ロボットにも負けない素早さだ。
「じゃあ、今日は胸のあたりで切りそろえるね」
メリー【お願いするわ】
メリー【胸のあたりなら、色んな髪型にできるわね】
いつもと変わらないラインをくれるメリーさんに感謝だ。私は櫛を入れてから、サクサクと切っていく。切った髪はどうしようかと思ったけれど。手を放した先から勝手に消えた。流石怪異。こういう時便利だ。
「メリーさん。……私、どうしたらいいのかな。柳田君を泣かせちゃったし」
泣かせるどころか、若干病ませている気がしてならない。しかし忘れてしまうのは不可抗力の部分もあるのではないだろうか。
忘れてしまっているので、本当にそんな事があったのかどうかすら分からない。むしろ信じられないという部分の方が大きくて、ドッキリ成功と言って柳田君が出てきても納得してしまいそうだ。
でもプラカードを持った柳田君はいないし、彼の表情はとても演技には思えなかった。
メリー【ナイス、天野】
メリー【柳田を泣かせられるって、貴方天才よ】
メリー【一杯迷惑かけとけばいいのよ】
メリー【私の復讐は始まったばかりよ】
「メリーさん……」
闇堕ちしかけているのに、これ以上迷惑はかけられない。メリーさんは明るく言って私を励ましてくれているのだろうか……いや、本気で喜んでそうだな。
メリー【まあ、あまり時間がないのは確かだから、このまま柳田を大泣きさせとくだけというわけにはいかないのよね】
メリー【天野はどうしたいのと聞いても、覚えていないから答えられないわよね】
「私は……柳田君を泣かせたままにするのは嫌かな。記憶を消したいぐらい嫌な過去を知るのはちょっと怖いけれど。それにメリーさんの事とか忘れたくないし」
もしも知ってしまったら、また私は忘れてしまうのかもしれない。前の私はどうだったのか分からないけれど、今の私は柳田君と会話した日々、メリーさんや怪異達と出会った日々の記憶を忘れたくない。忘れない為には、思い出さないという選択かもしれない。
でもその選択をすれば柳田君は悲しむだろうし、近い将来、私はさらに過去の記憶を失い【天野】ではなくなるだろう。
メリー【自分で決意して、向き合うのなら、きっと今みたいに消えないと思うわ】
メリー【何か、過去を知る道具はないの?】
メリー【例えば写真とか、日記とか】
「あっ……日記。そうだ。私、ずっと日記をつけていた。高校に入ってから止めてしまっていたけれど」
何故やめたのかは記憶にないが、多分怪異となってちゃんと書けないから、書くという行為を諦めたのだろう。たぶん私は自分が怪異だと気が付かないように、色々都合よく情報をシャットアウトしていたに違いない。だって私は、最近ずっと母の手料理どころか、お弁当も、何も食べた記憶がなかった。でもそれをおかしいとも思わなかった。普通ならボッチなので便所飯とかをやる羽目になり、みじめな思いをしていただろうが、そんな記憶もない。
それどころかトイレにだって入ったことがない。今日だってたまたま、柳田君と顔を会わせずらくてトイレに行っただけだ。だから花子さんとこれまで一度も出会わなかった。体育館もそう。私はずっと教室と家の往復しかしておらず、でもそれがおかしいなんて、一度も感じなかった。
メリー【なら、天野の家に行きましょう】
メリー【ただし、先に髪を整えてからよ】
「もちろん。女の子の髪は大事だから、任せて。メリーさん、私を守ってくれてありがとう」
はさみを入れながらお礼を言うと、珍しくメリーさんからのライン通知が止まった。しばらく無言で髪を切っていたが、終わりかけにピロンと鳴る。
画面には、【友達だもの】と書かれた、照れた市松人形スタンプが押されていた。




