天野さんの現状
柳田君の怖いもの第一位に見事輝いてしまった女、天野です。しかもまさかの柳田君との関係に、ビビっています。
柳田君曰く、私は認知症を患っているような状態で、色々忘れているらしいけれど……詐欺ではないよねと思ったりするぐらい、ありえない超展開だ。
でもあの表情の柳田君が、実は演技でしたとか怖い。そんな事になったら、柳田君こそ怖いものナンバーワンだ。
「えっと。うん。何となく、理解したけれど……でも、私、今のところちゃんと柳田君との会話を覚えているし、消えてもないと思うんだけど」
人間ではないと理解しているし、柳田君の誤爆のような告白も受けたけれど、今のところ普通に柳田君の目には見えていると思うし、会話もできていると思う。
これまでと何か違ったのだろうか。
するとピロンとラインが入った。
メリー【天野が自主的に気が付くか、柳田に指摘されるかの違いじゃないかしら】
メリー【天野が消えるのは、聞きたくない、思い出したくないという想いが強いからでしょ。だから記憶をリセットしてしまう。肉体を持たない怪異は、変容しやすいの】
メリー【だから天野が忘れたいと思えば、忘れるのよ】
……すみません。忘れっぽい女で。
かなり罪な行動をして来たらしいと分かったけれど、同時に、どうしてそこまで忘れたいと思っているのだろうとも思う。
今のところ、付き合っていたという状況も半信半疑だ。柳田君が浮気して――というのは、彼自身が否定したので、たぶん違う。
柳田君と付き合えたら幸せだろうなと思うのに……。付き合うより、片思いの方が幸せだったとでも言うのだろうか。
「だったら……いつか、天野は自主的に思い出せるのか?」
一緒に私のスマホを覗き込んだ柳田君は、震える声で問いかけた。
メリー【可能性がないとは言わないけれど、時間が経てばたつほど、不利になるわよ】
メリー【何度も言うけど、怪異は変容しやすいの】
メリー【例え他の怪異に食べられなくても、記憶は薄れ、違うものを取り込んでいくわ】
メリー【いつまで天野が天野でいられるかは、分からないわ】
自分のことながら、かなり危険な状態らしい。
かといって、思い出す兆しは全くないし、これまでの話を聞くと、柳田君に過去の話を強請れば、私は思い出したくないと思った瞬間にふり出しに戻る……。しかも、そのふり出しは、柳田君と会話していない時代のもの。メリーさんや柳田君と仲良くなった自覚があるだけに、そりゃないなと思ってしまう。
……柳田君は、記憶のない私では嫌なのだろうか。
なんと伝えればいいのか分からずにいると、柳田君のスマホが鳴った。
画面を見た柳田君はハッとした様子で、電話に出る。相手は目上の人なのか、敬語で話していた。
「――はい。ありがとうございます。分かりました。俺も向かいます」
短い時間だったが会話を終えた柳田君は、そう言って電話を切った。
「えっと。用事ができたなら、行ってきて。急ぎなんだよね?」
本来なら、今は学校の授業中だ。電話なんてかかってくるはずもないのに、それが来たということは、かなり緊急性のある用事なのだろう。
「……うん。ごめん。メリーさん、天野を頼む」
申し訳なさそうな顔をして、走りながらこの場を後にした柳田君に、私は手を振る。
色々あったけれど、これからどうしたらいいのだろう。
お母さんには私は見えていない。学校の誰も私が通っていることを知らない。
「メリーさん……私、何処に行ったらいいのかな?」
逃げる相手も、柳田君も居なくなると、私は何をすればいいのか分からなくなった。




