柳田君の怖いもの
私はどうやら、柳田君の精神に相当なダメージを負わせてきたらしい。
姿だけ見えて、話しかけられず、いざ話しかけられるようになっても、会話に失敗すれば一からやり直しで、友達以下……。よく見捨てられなかったなと思う程度に、我ながらその所業は酷い。記憶にはないけれど。
つまり今の私は、認知症みたいな感じなのだろう。
認知症なので、私に自覚症状がない。……今の話も忘れてしまうのだろうか。
「この話をするのは二回目だけど、俺、小さなころから人には見えないものが見えてさ。先祖返りらしくて、親はそういうものだって接してくれるけど、親戚とか幼稚園の先生とかは違ってさ。発達障害疑いで療育とか受けさせられたんだ。それで、怪異の話はしてはいけない事なんだと分かったんだ」
「幼稚園ですでにそんな事を自分で悟るとか凄いね」
「うん。天野は前もそう言っていた。普通、俺の力に同情するとか、中二病患ったおかしな奴だと思うところだと思うんだけどさ。でも、まあ、簡単に言えば、俺が見える人だと知ると、大抵はそういう反応なんだよ。そして皆、異質な者は排除しようとする。だから俺は排除される原因の怪異が嫌いだけど、人間の方が怖いと思ってた」
「あー、そのフレーズ、良く聞くね」
どんな怪談話でも、結局は人間の方が怖いという。
実際、怪異は脅かすだけで、人を殺したり、貶めたりするのは、人なのだ。
「でも俺は、人間より怖いものはないというけれど……天野が一番怖いよ」
おおう。まさかの、不動の王道を超えて、好きな人の怖いものランキング一位に輝いてしまった。……ええっ。ちょっとこれは嬉しくないというか、不名誉過ぎる。
「えっと……私は、怪異だけど、柳田君を呪い殺したりとかしないよ?」
「むしろ呪い殺してほしいよ」
「呪い殺しって……や、闇堕ち、ダメ絶対。待って、ちょっと、落ち着こう」
柳田君、精神的に、相当ダメージ喰らっている。
なるほど。分かる。認知症の介護って自殺したくなるぐらい大変だって聞くし。現在の私も、認識はないけれど、それに近いぐらい物忘れが激しいみたいだし。
でも柳田君が死ぬのは絶対駄目だ。
「あのね。たぶんだけど、柳田君が私ではない誰かと付き合って、私がそれに対して逆恨みしたとして――」
「絶対、浮気はしない!!」
「うん。分かったから話を聞いて。つまり、何が言いたいかというと、私は柳田君を殺すぐらいなら、浮気相手の女を殺します。つまり、私が悪い霊になったとしても、柳田君に害を加える事はないよ」
世の中【心中】とかあるけれど、多分私は柳田君の心が手に入らないから――というのはタイプ的に考えないだろう。物言わない柳田君は柳田君ではない。
そして女性が良く、浮気をした彼氏ではなく、その相手を恨むというのはそういうことだ。好きだから、どれだけ恨んでも、悪い男を害せない。理屈では、絶対悪いのは浮気男だけれど、恋というのは必ずしも正しい判断に繋がったりしないのだ。
浮気相手を殺したから自分が好かれるなんて思ったりしているわけではなく、膿のように溜まった感情をぶつける相手が浮気相手というだけの事。
「……そして柳田君が浮気はしないということは、えっと。あれ? つまり……私と柳田君って、そういう関係って事?」
私という存在を説明しながら、ふと言葉の意味に気が付き固まる。薄々、まさかなぁと思ったりもしたけれど。えっ。本当に?
何があった私の過去。
カースト上位の柳田君と、カースト底辺な私が付き合うとか、全然状況が呑み込めない。
柳田君は私の発言に対して何も言わなかった。でもすごく不安そうな目で私を見ているのを見て、悟った。マジか……。
そして状況的に今までの私は、この告白を聞くと消えてしまったのだろうと思うと、とても申し訳なく思った。




