柳田君の泣き所
柳田君の好きな人って、まさか、まさかね……な恋する乙女の怪異な私は、柳田君の隠し事をどう切り崩し暴露してもらおうかと考える。
でも、そもそも隠し事は、暴露させるべきなのだろうか? 好きな人の隠し事。気にはなるけれど、私が大切なのは、恋する乙女として、ここはちゃんとこの恋を昇華させて、私も浄霊されてしまう事ではないだろうか。
でも一生嫌いにならない発言をされる身としては、このまま簡単に浄霊されてしまっていいのかも分からない。
それに私の心残りは柳田君だけではなく、母親もだ。
「えっと。私は怪異みたいだけど、ぶっちゃけ自分でもこの事実をどう受け止めて心の整理をすればいいのか分からないんだよね……えへへ」
怪異というのはもっと明確な存在理由があるのだと思っていた。それとも私は存在理由を忘れてしまった状態なのだろうか? 私の知っている幽霊は、昭和の小学生幽霊と体育館の妖精さんだけだ。前者は忘却が進んでしまったタイプで、後者はかなり強い心残りを持っている様だった。
でも私にはそこまで強い想いがある気がしない。だとしたら忘れてしまった可能性が高いのだけれど、綺麗な恋心だけを残すような忘れ方ってできるものなのだろうか。
もしもそれができないのならば、私は本物の【天野】ではない可能性が出てくる。自分の存在を自分で疑わなければいけない状況とか、色々辛い。聞いたら教えてくれるかなぁ。
それに、私が怪異だとして、私の感情は他の怪異のごはんとなっていたけれど、それは可能なのだろうか……。怪異が怪異に食べられる事だって起こるのだからあり得ないとは言えないけれど。うーん。あれ? じゃあ、私のごはんは?
自分が人間ではないと気が付くと、色々気になる箇所が盛りだくさんになる。
「天野も戸惑うよな。いきなり自分が怪異だって気が付いたら」
「そうなんだよね。でも、ラッキーな方な気はするけど」
「……ラッキー?」
「うん。柳田君が怪異を見える人だから、私の事を見つけてくれたわけじゃない? 普通なら独りぼっちで、怪異になった事にも気が付かずに漂っていたのかなって」
私には死んだ記憶が存在しない。
だから自分が怪異になっている認識がなかった。もしも柳田君が話しかけてくれなければ、私はずっと学校と家を独りぼっちで往復し続け、いずれ消えていた気がする。相手が認識してくれるから、自分が存在していると思えるのだ。それがなくなると、いるのかいないのか私自身分からなくなりそうだ。
「柳田君が居てくれてよかったよ。普通は死んだらそこまでだけど、柳田君だったから、私が死んでいたとしても見つける事ができるわけじゃない? まあ、今の私が本当に幽霊なのか実はよく分からな――」
このまま私の存在についても聞いてしまえと思ったけれど、後ろから嗚咽が聞こえて、私は喋るのをやめた。
声を押し殺したような、胸が締め付けられるような声に、私は柳田君の地雷を踏みぬいたのだと気が付いた。柳田君の腕が外れたのを感じて……私は嫌われてしまったのだろうかと焦る。
何が地雷だったのだろう。怪異が好きではない様子だし、そこに原因があるのだろうか。
私はどうしたらいいのか分からないままだったが、このままにはしておけないと思い振り返る。すると、柳田君はその場にしゃがみこんでいた。体操座りのような姿勢で、静かに泣いている。
「あ、あの。柳田君……えっと」
ごめんと謝りたいけれど、何故泣いているのかも分からない状態で、謝るのは失礼な気がする。前に柳田君が霊感少年で良かった話をした時は嬉しそうだったのに……。
「俺は……無理だ」
「えっと。何が?」
何か無理な事を言っただろうか? いや、私は何かお願いごとしたわけではなく、これまでの事を話しただけな気がするのだけど。
「前も言われたんだ。……もしも先に死んだら、私を探してって。そうしたら、ずっと一緒に居られるねって。柳田君が霊感少年で良かったって」
幽霊になってもずっと一緒って、重い。はっきり言って、ドン引きされてもおかしくないレベルで重い。むしろ、その発言が無理と言われても仕方がないレベルだ。
でも今この場で、その言葉を言うということは、その重さが無理というわけではなくて――。
「えっと。まさかなんだけどね……。もしかして……私が、ソレ、言ったの?」
まったく記憶にございませんが。
記憶にないのならば私ではないと言いたいけれど……怪異は忘れやすいとメリーさんが言っていた。でも、まさか。まさかねぇ……。それにまるでそれじゃあ、私が――。
しかし私が否定して欲しいと思った言葉は、柳田君の頷きで肯定されてしまった。




