恋だったもの達
私は少女達が捨てた、醜い恋心を拾った花子さんを見捨てられない。
だからおぞましいと感じる心に目をつぶり、ティラノザウルスもどきを見つめる。……どうすれば、この心達は満足できるのだろう。
私は食べられるわけにはいかない。柳田君を泣かせる行為は、断固拒否だ。
かといって、全ての恋を叶える事もできない。それは相反する事だから。同じ人を好きなってしまった時、必ず片方は失恋する。絶対実るとはかぎらないのが、恋なのだ。
こう考えると、恋なんてまるで宝くじのようだ。買ったって、当たるとは限らないのと同様に、叶わない事の方が多い。でも恋は宝くじとは違って、自分の意志で得るのではなく、ある日突然落ちるのだ。いつどこにその罠があるのかも分からない。落ちる時は一瞬だ。そして、それは誰にでも起こりえる事。
「……頑張ったね」
「天野?」
私がティラノザウルスもどきに声をかけた為、柳田君がギョッとした顔をした。でも、多分大丈夫。
なんとなく、私の中には確信があった。どんな恋だって、苦しいだけではないはずだ。だって、花子さんも言っていた。【恋心】は決して悪ではないのだと。
そして、私はそれを知っている。
「人を好きになるって、素敵だよね」
私は柳田君を好きになって、柳田君を毎日見られるだけで、とても幸せだった。
会話がなくても柳田君の事を知っては、一喜一憂して、刺激的な毎日になる。
もしも好きになっていなかったら、この幸せはなかった。もしも一憂することが気持ちを不安定にさせて良くないことだとしても、切っ掛けである、教室掃除。あの恋に落ちた瞬間は、間違いなく幸せだった。
「思い出して。嫌な気持ちだけで恋は始まらないんだよ」
恋するということは幸せだけではできていない。でも、不幸だけでもできていない。
「好きな人はかっこよかったよね。もしくは可愛いかったということもあるかも。会えるだけで、会話できるだけで嬉しいよね」
それぞれ状況に応じて違うかもしれない。でも私の恋の幸せなイメージを、否定されてしまった恋に伝える。怪異は変質しやすいのだ。だからきっと、私につられて思い出せるはず。
確かに幸せだった瞬間があったことを。
「好きだから同じ感情を返してもらいたかったよね。恋して傷ついたのかもしれないけれど、でも恋していた時間は無駄じゃなかったよ。そんな風に苦しくなるぐらい、一生懸命だったんだよね?」
恋に一生懸命だったからこそ、負の感情が生まれる。どうでもいい相手のことで、妬んだり、恨んだりなんてしない。
「私はしっかりと向き合った貴方達を尊敬するよ」
「天野っ!!」
柳田君が私の手を掴もうとした。
でもその手をするりとかわし、私は恋だったものを抱きしめる。
ずぶりと私の手がソレの中に取り込まれる。
柳田君は離すまいといった様子で、後ろから抱きしめるように私の体を掴んだ。柳田君は心配性だなぁ。……でも柳田君が私を掴んだ姿を見せた瞬間、恋だった者達が笑った気がした。
『仕方がないか』
『叶わない恋もある』
『でも楽しかったよね』
『うん。確かに幸せだった』
そんな囁きが聞こえたと思った瞬間、恋だった者達が弾けた。
最初に柳田君に殴られた時に飛び散った腐肉ではない。優しい光の粒となってそれぞれ別れ、消えていく。淀んだ感情だけではなく、欠けてしまった幸せな感情を取り戻して。
最後に花子さんだと思われる女の子の怪異が私達にぺこりと頭を下げると、すうっと見えなくなった。
「……浄霊した」
茫然と言った様子で柳田君が呟く。どうやら見えなくなったのではなく、消えてしまったらしい。
良かった。
私は光を見つめて、ただただそう思った。




