激おこ柳田君
柳田君が激おこ中。
人間、自分ではない誰かが怒る様を見ると、妙に冷静になるようだ。私は鬼のような形相をして花子さんを殴り飛ばした柳田君を見ると、スンと心が平常心に戻った。うん。とりあえず、柳田君に殴れないものはないので、柳田君は危険な事になる気がしない。ついでに使い魔、もしくは守護霊のように一緒に居るメリーさんが居れば怖いものなしだ。
「えっと。柳田君。落ち着いて。私は大丈夫だから」
どう考えても私の為にここまで全速力で走って来てくれたのだろう。学校からここまで結構な距離があるので、柳田君の息が切れている。
「大丈夫なわけないだろ!! もしも、天野に何かあったらと思ったら……」
「うん。ありがとう。心配してくれて。そういえば、学校は大丈夫?」
「えっ。そこを気にするのかよ、この状況で……。いや。うん。大丈夫。トイレって言って外に出てたから、そのまま教室に引き返して、腹が痛いから早退するって鞄持って出て来た」
……来てくれたのは嬉しいけど、それは大丈夫なのだろうか。学校で、柳田君はお腹が弱い説が出かねない。柳田君の友達はいい人ばかりだし、柳田君は天然な部分も売りだから、彼の人気には傷はつかない気もしなくもないような、微妙なような――。
ピロンとスマホが再び音を立てたので、私は慌てて確認する。私のスマホのラインは柳田君とメリーさんしか登録されていないので、間違いなく一緒にここまで来てくれたメリーさんだろう。
メリー【のんびりしない】
メリー【私が止められるのは、短時間よ】
メリー【この、天然共がぁぁぁぁぁ!!】
「うわっ。えっと。メリーさん、ごめんな……さい……」
お怒りの言葉に慌てて謝罪し、メリーさんを確認すれば、勢いよくメリーさんの髪が伸びていた。そんじょそこらの呪いの人形の長さではない。ギネスブックに載りそうな勢いで育った髪は、いつの間にかティラノザウルスもどきに絡みついて動きを封じ込めていた。……凄いけど、怖い。
ゾンビ恐竜VS呪いの市松人形。何だろう。恐怖の頂上決戦でもする感じだろうか。
「メリーさん、やるぅ」
メリー【黙れ、柳田】
メリー【お前の為じゃない】
メリー【私は私のものを汚されるのが、一番ムカつくの】
メリー【ちなみに柳田に汚された恨み忘れていないから】
メリー【本当ならこんな汚いもの、私の美しい髪で触れたくないわ。天野。終ったら、必ずカットして】
メリーさんのデレが私のラインに入ってくる。
ありがとう、メリーさん。ケリがついたらちゃんと専属美容師やらせていただきます。
「とりあえず、ぐーぱんで殴り続ければいいのか? 下手に逃がしても、また天野にちょっかいかけてこないとも限らないだろ?」
「殴り続けるって……」
「俺は除霊とかの専門じゃないし、今までは殴っておけばよかったから、どうするのが一番か分かんないんだよ」
殴り続けて粉々にすれば幽霊も消えるのではないかという物理的な解決って、何処の修羅だろう。
明らかに今、ティラノザウルスもどきもビクリとした。うん。除霊されるにしても、ここまで物理とか想定してないよね。
……それに。
「あの。何とかならないかな? 彼女は花子さんで……その、女の子達の負の感情を一手に背負っただけなの」
花子さんだったものは、私を食べようとしている。だから同情するのは間違っているかもしれない。でも私は嫌な想いを吐き出しに来ていいと言った花子さんの言葉に救われたのだ。きっと花子さんがこうなっているのは、沢山の女の子達の心を救ったからだと思う。
「何で怪異なんかを庇うんだよ?! 天野、危ないところだったんだぞ?」
「いや。えっと。庇うというか……その。えっと……」
「もしも天野が食べられていたらと思ったら――」
柳田君のキツイ言葉と、今にも泣きそうな顔に、私は戸惑う。まさかこんなに怒るとは思わなかった。
「天野が優しいのは知ってるよ。でも俺は天野の方が大切なんだ」
柳田君の言葉に、私はなんと言っていいか分からない。
恋する乙女な私は、この言葉に対して喜びを感じている。でも恋する乙女だからこそ……怪異の悲しみが痛いのだ。
今は声を発していないけれど、ソレが拒絶されて泣いているのが分かる。好きな人から拒絶されたことによる悲鳴が、泥の中で渦巻いている。
メリー【あれは、花子さんの分霊だと思えばいいわ】
メリー【もともと、神は分霊を得意とするの。分霊することで、より効率的に願いという名の感情を吸い上げているから】
メリー【花子さんは元は厠の神の分霊】
メリー【トイレは世界中どこにでもあるから、分霊がしやすいのよ】
「ん? つまり、女子トイレが神社とか神棚って事か?」
柳田君が分かりやすく例えてくれた。
……いや。うん。メリーさんの言葉を考えると、その通りなんだろうけど。場所が場所なだけに、いろいろ微妙な気持ちになる。
メリー【花子さんとしてはね】
メリー【厠の神は男子トイレだろうと、家のトイレだろうと、多目的トイレだろうと、何処にでもいるわ】
メリー【コンビニのトイレに助けられた者も居るはずよ。厠の神はいつだって守って下さっているわ】
……働き者だね、厠の神って。
メリーさんの話からすると、もしかしたら厠の神が一番この世の中で普及している神なのかもしれない。神棚や神殿の数より、確実に多そうだ。
ちょっとしたメリ知識に、何だかがっくりときてしまうけれど、でも沢山いるからソレを雑に扱っていいというわけではないと思う。
沢山の恋があるから、その一つが雑に扱われていいわけがないし、私だったら雑に扱われたくない。
だから私は、ソレと真っ直ぐ向き合った。




