表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/98

天野さんと恋心

 ティラノザウルスもどきから聞こえてくる声に、私は目を見開いた。


『ステナイデ……』

『オマエナンテ』

『キライ』


 言葉は拙く醜いものばかりだ。でもこの声は、ついさっき聞いたばかりのものだ。

「花子さん?」

 私がその名を呟くと、ぶくぶくっとティラノザウスもどきの体が泡立った。そしてティラノザウルスもどきの胸のあたりに波紋が出来、女の子の顔が現れた。水に濡れた髪をした少女は、まさに私が想像する怪異そのもので、冷汗が流れ落ちる。

 怖くて仕方がないけれど、少女から目も離せない。


 濡れた髪をぺっとりと顔にくっつけた花子さんは、髪の隙間からぎょろりとこちらを見た。しかしその目は人間のものではなく、虚空だ。ただ黒く塗りつぶしただけ。私の姿を決して映しだそうとしないソレに、吐き気を覚える。

 ざらりとした悪意をぶつけられるような不快感。

 女子トイレで話した時、彼女の姿は見えなかったけれど、こんな不快なものではなかったはずだ。彼女は、汚いものなどない王子様で、私の辛い気持ちを聞いてくれて――。

「――だからなの?」

 ふと気が付いた。


 花子さんは、私にトイレで嫌なものは吐き出してしまえと言った。鬼にならないように。

 花子さんは宝塚系の王子様で、まさに少女達の綺麗な妄想から出来上がっていた。でもそれと同時に、少女達の辛い恋を吐き出させていた。少女達が捨てた恋の欠片には、嫉妬や恨み、妬み、様々な悪意があっただろう。恋は一見美しいものだ。でもそれだけではない。


『サミシイ……』

『ワタシヲミテ』

『スキナノニ』

『アイシテルノ二』

『ニクイ』

『ニクイ』

『ニクイ』

『ニクイ――不幸二ナレ!!』


 実らなかった恋。実ったかもしれないけれど、それまで感じたドロドロとした想い。

 それがボコボコと泡立ち、声をあげる。消さなければいけなかった。伝えられなかった想い達の声だ。トイレとは不浄を流す場所。

 花子さんはそれに特化した存在だった。

 でも流しきれないほどの言葉が淀み、彼女の存在を歪めた。

 

 ……ああ。

 そして私の中にも、かつてソレはいた。


「だから、私なの?」


 私の中にもあった感情だ。

 でも今はない。

 そう……ないのだ。

 私の中になければいけない、誰かを恨んだり憎んだりするような感情は何もない。柳田君に好きな人がいて、諦めなければいけない、恋を忘れなければいけない現実を悲しみはしても、誰かに対しての害意は一つも感じない。いじめに対してもそう。……相反する存在を前に、唐突に私の置かれた現実に気が付いた。

 私は恋する乙女のはずなのに、誰かに対して、嫉妬する心も憎む心も恨む心もない。

 かつてはあったはずなのだ。でも記憶もおかしい。色々途切れている。切り取られたかのように、私の中にはただ美しい、恋の想いしか残っていなかった。


「そうか。私は……人間ではないんだ」


 感情と記憶の欠損に気が付いた瞬間、認めたくないけれど……理解した。

 そして悪意の塊のような、嫉妬や恨みの恋心は、自分に欠けた綺麗な恋心がホシイのだと泣いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] そうかあ、嫌なものは水に流して忘れても、流した先で澱んでいたのですね。 花子さんは理想の裏で、苦しんでいたのですね。 今後は花子さんに感謝してトイレ掃除頑張ろう。 メリーさんーたすけてー。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ