天野さんの鬼ごっこ2
やってしまったかもしれないと思いつつ、私は妖精さんからティラノザウルスもどきを引き離すべく、ひたすら外を走った。校庭を横切るように走っていたが、誰かが私達のデンジャラスな追いかけっこに気が付いた様子もない。外で体育の授業が行われているにも関わらずだ。
もしかしたら、怪異を相手にしているから、何か超常的な関係で、私の姿も認識されないようになっているのかもしれない。でもそれは逆に好都合だ。
関係ない人を巻き込まずに済む。どうやらティラノザウルスもどきは、見える相手にしか興味がないのか、授業中の生徒たちに興味を全く見せない。
「もしくは、私が美味しそうだからか……」
柳田君の言葉がよみがえる。
何故、私は美味しそうに見えるのだろう。
ふと、そんな疑問が沸き起こるけれど、足を止めて考える暇はない。ティラノザウルスもどきは、鈍足だが確実に私を追いかけてきていた。立ち止まったら最後、胃袋の中だ。
だから私は、ひたすら家に向かって走る。
嫌だ。捕まりたくない。
後ろを確認できないけれど、後ろのソレは腐臭を放ち、腐肉を落としながら走っているイメージがまとわりつく。それが真実なのか分からないけれど、ソレは腐れ落ちた汚ないものだというイメージが消えない。怪異が私の妄想に影響を受けるのならば、もっと綺麗なものだと思い込みたいのに、どうしてもそれができない。
耳にはドスドスという足音ではなく、べちゃべちゃと粘度のある音が聞こえてくる。もしかしたら、私の悪いイメージでゾンビのようになっているのかも……。ゾンビ恐竜に追いかけられるとか、B級映画のようだ。
「うわああああっ」
いつもの帰り道である、公園の横を通りすぎようとした瞬間だった。私の耳に子供の叫び声が聞こえる。
その声は私の足を止めるのに十分なものだった。
声の先を見れば、前にメリーさんを苛めようとしていた子供の一人が腰を抜かしたように地面に座り込んでいた。そして子供の目は、間違いなくティラノザウルスもどきを映し出している。
私だけではなく、ティラノザウルスもどきも、その子供を視界に入れた。金色の瞳がニタリと悪意を持った微笑みに変わる。
「ちょっと。若い子の方が美味しそうだっていうの?! 私はこっちよ!! 大きさ的に私の方が食べがいがあるでしょ?!」
確かに小学生の肉の方が柔らかそうかもしれないけれど、でも私だってまだ若い。
しかしソレは小学生の方を向いた。
現役女子高生の敗北。世の怪異も、とにかく若い方がいいというのか。このショタコンめ。
私は行き先を変えて公園の中に走る。
「逃げなさい!! 早く」
少年の前に出ると私は両手を広げた。
「お、鬼のお姉ちゃん……」
「なんでそっちの言葉を覚えてるかなぁ。鬼婆発言は傷ついたんだからね。でも今はそんな場合じゃないから! 逃げるの!!」
私は怪異を睨みつけた。
お前なんて、怖くない。
お前なんて、いらない。
私たちはお前に食べられたりしない。
必死に私は目の前の怪異を拒絶する言葉を思い浮かべ睨みつける。
すると怪異は怯んだように直前の場所で足を止めた。
「いい? 走れる?」
「お、お姉ちゃんは?」
「私は決着をつけるわ」
私は少年を逃がす為に、強がって言った。でもその言葉は、何故か正しいものだと認識する。そう。私は、ソレと決着を付けなければいけない。
少年はこちらを気にしながらだったけれど、走って公園から逃げだした。それでいい。
私はもう一度怪異をじっくりと睨みながら確認する。
爬虫類のような皮膚だと思ったそれは、今はまるで泥水のように濁った色をして、タプンタプンと揺らめいていた。やはりこれは恐竜なんかじゃない。しかもちゃんと恐竜を知らない相手だ。
見た目的に、本来口の中にあるべきなのはティラノサウルスの歯なのに、目の前の恐竜の歯は真っ直ぐで縦に線がある。その歯は魚食べていたとされる、スピノサウルスのものだ。肉食のティラノザウルスの歯はもっと太くギザギザしている。
『……ウラ……シイ』
『ヒドイ……ムナ……イ』
『イヤ……ワタシノ……』
ティラノザウルスもどきの中から途切れ途切れに声が聞こえた。口からではなく、存在そのものから音がこぼれ落ちる。そして、その声を聞いた瞬間、私は凍りついた。
「なんで……」
とても聞き取りにくい音だったけれど、その声は間違いなく聞き覚えのあるものだった。




