危険なソレ
やっぱり見た目って大事だと思いつつ、体育館の妖精さんの講義を聞く。……いいアドバイスをもらってるんだと思うし。うん。見た目に惑わされてはいけない。
「妖精さんは、その、ずっと後悔し続けるんですか?」
『ええ。そうよ。でも、それだけじゃないから、色々学生達のお節介をやいてるのよ。そうすると少し気持ちが楽になるし、嬉しい気持ちとかをおすそわけしてもらえると、幸せな気持ちになるの』
「ああ。そういえば感情って、怖い以外も食べられるんですね」
『そうよ。私はこっちの方が相性がいいわね。恐怖なら、まだいいけれど、怨念とか恨みとかは受け入れないようにしてるわ』
感情に味があるのかは分からないけれど、怨念は、確かにおいしそうには感じない。元々向けられると嫌な感情だからだろう。
『私は私の中の怨念とか恨みだけで十分だもの。幽霊は元々人間だから、綺麗な感情だけではできていないし、綺麗なものだけにしてしまうと存在が変わってしまうけれど、醜い感情を積極的にとり込みたいとも思わないわ。鬼になりたくないし』
「鬼……」
そういえば、花子さんもそんな事を言っていた。
恋が恋のままでいられるようにと。
他者を害してしまったら、それは恋ではなくなると。……あれかな。人間の感情のバランスが壊れた時、鬼となるのかな。怒るという表現を角が生えると言ったりするし。
『そうよ。鬼になるというのは、怪異にとっては変質よ。怨念の力って強いけれど、【怒りに我を失う】って言葉があるじゃない? 我を失う、つまり自分ではなくなるということ――』
ぶわっ。
不意に生暖かい風が吹き、妖精さんの言葉が止まった。私も違和感を感じてぞわりとする。
生暖かい風は、何かが腐敗しているような生臭さを感じて、嫌悪感に鳥肌が立った。
『――逃げなさい』
妖精さんは私にだけ聞こえるような音量で静かに呟いた。
何からと聞き返す前にこっちを見ろとばかりの視線を感じ、私は吸い寄せられるようにそちらを見る。私の視線の先にある薄暗い校舎の中から、大きな金色の目がぎょろりとこちらを見つめていた。ソレを見た瞬間、ヒュッと息が漏れ、空気が凍ったような感覚におちいる。
恐怖からか上手く声が出ない。金の目は瞳孔が長く、まるで爬虫類のようだ。しかし目の位置も大きさもあまりに大きく、私の知ってる爬虫類ではない。その上、ソレは目があった瞬間、ニタリとまるで理性を持っているのだと伝えるかのように笑ったのだ。
「ヒィッ」
嫌悪感しか湧かない笑みに、口から悲鳴に近いものがこぼれる。それを合図に、校舎の中からソレは出てきた。見上げるほど大きなソレは爬虫類のような肌をしていたが、背中には若干の羽毛がある。口は大きく、頭も大きい。大きな体を支える足は丸太のように太く、しかし手は短く指も二本しかない。
『嘘でしょ。龍なの?』
「あれは龍じゃなくて……」
妖精さんの言葉に私は反論してごくりと唾を飲む。腐った生ゴミの臭いは間違いなく目の前のソレから出ていた。
「……多少間違ってますが、ティラノサウルスです」
私が名を言った瞬間、ソレは正解だとばかりに大きな遠吠えをした。ソレの頭に後ろへ曲がった太い二本の角が生えていなければ、間違いなく図鑑の中のティラノサウルスそのものだった。
でもこの時代にそんなものがいるはずもないし、何より校舎のドアより大きいのだ。普通なら外にこんなすんなり出られない。つまりは、怪異なのだろう。
メリーさんの言葉がよみがえる。
恐竜の幽霊が姿を変えずこの時代まで残っているはずがないと。私もそう思う。
目の前のソレはティラノサウルスのふりをした、何かだ。




