天野さんの忍ぶ恋
この学校の花子さんは、姿は見えないけれど宝塚系王子様属性らしい。
でも見えなくて良かったかもしれない。なんというか、現実に現れたら、恋をしてしまいそうな空気がある。恋を忘れるには新しい恋を見つけるのがいいと聞くけれど、流石に怪異との恋は色々障害が多すぎる。そもそも花子さんなんだから女だし。
残念だけれど、私は百合属性を持っていない。なので【厠の神様が見ている】は始まらない。
『そういえば、天野さんはメリーさんの友達の子で良かったかな?』
「あ、はい。そうです」
『ふーん。なるほどね。なら、君が振られたというのは、柳田君かな?』
「えっ。どうしてそれを……。もしかしてメリーさんが話したんですか?!」
メリーさん、それは酷いよ。いくら怪異相手だからって、ペラペラしゃべらないで欲しい。特に柳田君は、怪異の声だって聞こえるわけだし。
『ごめんね。この話はメリーさんから聞いたわけじゃなくて、君の噂をよく耳にするからなんだ』
「あー。ここ、トイレですもんね」
トイレは女子が噂話をするのに丁度いい場所だ。
そういえばクラスでも、私と柳田君が付き合っているという噂が流れていた事を思い出す。実際は付き合っているわけもなく、おかげで、記念すべき第一回目の失恋をしたわけだ。そのまま諦めなかったら、第二回目の失恋がすぐにやってきてしまった。
『それで柳田君が好きな子はどういう子なんだい? 私はてっきり、付き合っているのだと思ったいたよ』
「まさか。柳田君と私は月と鼈で、私が一方的に好きになってしまっただけで。柳田君の好きな子は、えっと、私も病院に入院していて、毎週柳田君が通っているとだけしか聞いていないんですけど。でも好きな人だとハッキリ言われました」
誤魔化しが効かないレベルでの爆撃だ。もう私の恋心は瀕死である。
『好きな子ということは、付き合ってはいないわけだ』
「そうかもしれないけれど、相当好きじゃなきゃ病院に毎週お見舞いになんていけないですよね……」
そもそもお見舞いに行くというだけでも結構ハードルが高いと思うのだ。病院なら相手の家族とも顔合わせをするだろうし、その子の苦しみとかそういうのも背負うことになる。でもそれでも会いたいを優先できるのだから、かなりの覚悟だ。
『そうだね。柳田君はとても誠実だと聞いているから。きっと、ずっと一緒に生きたいという覚悟があるんだろうね』
「普通そんなに好かれたら、好きになっちゃいますよね」
今は付き合っていなくても、時間の問題じゃないだろうか。というか、もう好きに決まっている。だって、柳田君は学校でも凄くモテるのだ。私だって柳田君の優しさの所為で、恋の沼に落ちてしまったわけだし。
『それでも付き合っていないということは、もしかしたら、付き合えない理由があるのかもしれないね』
「付き合えない理由……」
そんなものあるだろうかと考えたけれど、相手が入院していると思えば、普通にある。もしかしたら退院が望めないようなひどい病気なのかもしれない。あるいは、柳田君に迷惑をかけてしまうような大きな怪我とか……。そうだ。好きだからといって、付き合うのが正解だとは限らない。逆に傷つけてしまうと思うのかも。
「でも、それならなおさら、柳田君たちの邪魔はしたくないです」
もしも余命いくばくもないとしても、私は柳田君の恋が報われる事を願うだろう。だって、恋を殺すのはとても辛いのだと私が知っている。そんなものを柳田君に望めない。
病気や怪我を理由に、付け入るなんて絶対嫌だ。
『天野さんも難儀な子だね。でも……そうだね。私はたとえ付き合えなくても、無理に恋心を殺す必要はないと思うんだ』
「えっ?」
『忍ぶ恋は辛いけれど、相手の幸福を願えるならば素晴らしい想いだと思う。泣きたくなったら、いつでもおいで。私はね、その恋心を悪だとは思わないから』
「悪ではない……そうかな? 本当に、そう思う?」
私の恋心が、柳田君の迷惑になったりしないだろうか?
だって柳田君は私の想いに答える事はないのだ。それなのに、一方的に向けられるというのも負担になりそうな気がする。
『うん。恋をするということは、悪いことではなく、普通のことだよ。何人もの少女達の恋を見てきた私が言うのだから間違いない。そして、恋は女の子達を輝かせる。報われるか報われないかは分からないけれど、恋という形をとっている限り、それは悪いものではない。そしてね、辛くなったら吐き出せばいい。もしも嫉妬の炎で誰かを傷つけたくなったら、その時はここでその想いを吐き出すんだ。決して鬼になってはいけないよ。その瞬間恋は恋ではなくなってしまうから』
花子さん……本当に、優しい。
きっと、ここに通った女の子達が、ずっと言われたかった言葉なのだろう。
恋は報われる時もあれば、報われない時もある。でも好きになったことを否定されたくない。それは嫉妬で苦しむ子もそう。嫉妬の炎に焼かれて鬼となれば、その瞬間その想いは、周りから非難されるものとなる。それはとても辛い事だ。
好きになったということだけは、間違ってはいない、普通のことなのに。
『ほら。そろそろ行ってあげないと、貴方の好きな柳田君が、女子トイレを覗いていたという不名誉な噂を流される事になるよ』
「えっ?」
『可哀想だから、戻ってあげて。天野さんの恋がどう決着がつくかは分からないけれど、貴方は柳田君の大切な人には間違いないよ』
「あの……ありがとう。花子さん」
『どういたしまして』
花子さんに促され、外に出れば、凄く困った顔をした柳田君と鉢合わせた。……ずっと、女子トイレの前にいたのだろうか。確かに、これは、うん。マズイ状態だ。
「柳田君?」
「えっと……、体大丈夫か? その……、もしもあれなら、保健室いく?」
「今、授業中じゃないの?」
廊下にはもう、誰も居なかった。すでに授業が始まってしまったのだろう。
「トイレって言って出てきたから」
……小学生じゃあるまいし。
まあ、柳田君だから許されるキャラ何だろうけれど。
「じゃあ、保健室でちょっとさぼってから戻る?」
さぼってしまったのは仕方がない。
報われない恋だけれど、大切な人の枠に居るなら、まあいいかと思えた。
もしも鬼になってしまいそうになったら、花子さんに聞いてもらおう。それまでは恋する乙女を楽しむことにした。




