花子さんの講義
ある日、トイレの中、花子さんに、出会った♪
花咲匂いの中~、花子さんに出会った(やけっぱち)
『お嬢さん、お待ちなさい』
「えっと、お、お、落とし物でしょうか?」
校則違反になるのでイヤリングは付けてないけど。そして相変わらず顔どころか、姿が見えないけど。姿が熊なのか人間なのかも分からない。とりあえず、女性というか、子供のような声の高さだ。……少なくとも人間の言葉を話すのだから、熊だとしても黄色い熊かもしれない。
『可哀想に、目が腫れている……。ハンカチで冷やしてから行くといいよ』
し、親切。
姿が見えないから怖いは怖いけれど、ものすごく親切だ。そもそも、トイレに籠っている時も、私の事を心配してくれていた。
「あ、あの。貴方は花子さんですか? あっ。私は、天野と言います」
怪異にフルネームを知られるのは良くないとどこかの小説か漫画で読んだ事があるので、とりあえず苗字だけ伝えておく。どこで読んだっけ……あ、あれか。ジ〇リで、魔女に名前を取られた云々のはなしか。だとすると、知ったのは映画か。
『そうだね。今はそう呼ばれているよ。元々は厠の神と呼ばれていたんだけど、学校では花子さんが定着したかな』
「えっ。神様なんですか?」
『元ね。ここは八百万の神が住まう場所なんだから、そういう神もいるんだ。私はそこから別れ、神ではなくなった存在だよ』
花子さんって神様なんだ。でもそうではなくなったということは、やっぱり神様ではなく怪異という事なのだろうか。そういえば、メリーさんが、神と怪異は近い存在なことを言っていた。
「えっと。厠の神はいなくなったという事ですか?」
『それは違うかな。厠の神はちゃんと今もいる。私は、そこから分霊されて、神ではなくなった存在というのが正しい。分霊というのは、魂を分ける事で……うーん。ほら、家とかでも神棚で祭っていたりするよね。そういう出張所みたいな感じかな。だから出張所が、銀行から信用金庫に変わっても、本社は銀行のままという事さ』
「な、なるほど?」
要はここはチェーン店的な場所なのだろうか。
チェーン店が買収により変わっても、確かに本店が変わったとは限らない。
『学校では、私のような存在の方が親しまれるからね。子供はちょっとしたスリルが好きだから、面白い発想をする。そして恐怖を食べ続けると、こんな感じになるという例みたいなものかな』
そういえば、食べ物の質もなんとかと説明されていた気がする。
「えっと、つまり貴方は元神様だから、親切なんですか?」
確かメリーさん曰く、この学校に住む、いじめや犯罪絶対許さないマンな怪異だよね。確かに怖いけれど、さっきから凄く親切だ。おかげで反応に困る。
『それも違うかな。神だから善、怪異だから悪という考えがそもそも違う。神だって、生贄を所望するモノもいるし、怪異でも掃除をしてくれるようなものもいる。そして善悪は、人間の立場に立った状態で分けられた概念だ。私は多分、こうあって欲しいとこの学校の子供達が想ってきたものを取り入れているから、こういう性格の存在になっているのだと思う』
「あっ。ジェイソン君みたいに」
『うん。彼のように強い想いだけで作られたわけではないから、元々あったものに加えられたという感じかな』
なるほどなるほど。
勉強になるなぁ。そんな事を思っていると、フフッと笑い声が聞こえた。
『もう大丈夫そうだね。涙が止まって良かったよ』
「あ、ありがとうございます」
そういえば、怪異についての講義に気を取られたおかげで、悲しいという気持ちはかなり目減りした。
『可愛い女の子の涙は、見たくないからね』
ん?
『もちろん恋に泣く姿も美しいのだけれど、それは私の心が締め付けられる禁断の美しさだからね。天野さんには、笑顔が似合う』
……んんん?
「は、はあ。どうも」
私は花子さんの言葉に、少し引き気味で礼を言いながら思った。
……もしかして、花子さん、女子の夢を吸い取って、王子様みたいな感じになっていませんか? 姿は見えないけれど、何故か宝塚の男役が脳裏に浮かんだ。
どうやら、トイレにはいろんな女の子の夢が詰まっているらしい。




