天野さんの失恋
どうしよう、どうしようと思っているうちに、放課後になってしまった。
チラッと柳田君を伺い見れば、柳田君はどうしたの? といった顔で私の方を見返した。いや、どうしたのじゃなくて……。
「あ、あのね。柳田君」
「うん。なに?」
「えっとね。今日はありがとう……その。私の為に怒ってくれて」
何処から話せばいいのか分からず、私はまずお礼を言った。
私の為に怒ってくれたことは嬉しかった。それは間違いないのだ。ただその後、凄く不安になってしまっただけで。
「どういたしまして。でもそんなお礼を言われるようなことはしてないよ。俺が勝手に怒ってただけだし」
「うん。でも嬉しかったよ。ただ、ただね。もしも私の所為で柳田君の立場が悪くなったら嫌なの。私は、机の上に花瓶が置かれていても気にしないよ」
「……天野はそういう奴だよな」
そう言って、柳田君は寂しそうに笑った。
らしくない笑みに、どう言っていいか分からなくなる。私は本当に気にしていないのだ。元々友達のいない私と、友達が沢山いて、クラスの中心にいる柳田君とは違うのだから。
「でも今日のは俺が許せなかったから。それで俺の立場が悪くなっても問題ないし。俺、天野が嫌な事されて無視できるような人間になる方が嫌だし」
柳田君は本当に優しい。
うっかりすると、柳田君は私の事が好きなのではないかと思ってしまう。でも柳田君は誰にでも優しいのだ。だから勘違いしたら、私が辛い。
そういえば、柳田君と私が付き合っているかもという噂が流れているんだった。……これもどうしよう。
「柳田君が優しいのは知っているけれど、気を付けないと皆勘違いしてしまうよ」
「勘違い?」
「えっと、えっとね。これは噂なんだけど……そのね。柳田君と私が付き合っているっていう噂がね、あるみたいなの。いや、その。私が流したわけではなくて、勝手にそう思っている人がいるみたいで。そうするとね、柳田君、折角モテているのに、諦めてしまう子も出てきてしまうかなって。えっと。その……」
私はどう伝えるのかいいかなと必死に考える。
この噂は良くないと思うのだ。そりゃ恋する乙女としては、他の女子を牽制できるからいいけれど、柳田君にとっては困った噂だろう。
「でも放課後に一緒に話すのはなくしたくないなって思っていたりもして……その」
「もちろん。こっちからメリーさんの事お願いしたのに。天野が助けてくれなかったら困るよ。それに、俺は今この学校にいる人と付き合いたいとは思っていないから、天野が嫌じゃなかったら噂はこのままでいいんだけど。どう?」
「……あっ。……えっと。うん。私は、大丈夫」
そっか。今、この学校にいる人とは付き合う気がないんだ。
つまりは、私も圏外だということで……柳田君と付き合えるはずがないと思っていたけれど、ギュッと胸が痛くなった。
ああ、そうか。私は今、想いを伝える前に失恋してしまったのか。
馬鹿だなぁ、私。
そう思っても、数刻前に時間は戻れないから、その言葉を受け入れるしかなかった。




