柳田君の激怒
柳田君は恐竜が好きかもしれない。肉食恐竜派だろうか、それとも植物食恐竜派だろうか。話題が広がるかもしれない新情報を胸に学校へ行くと、教室から怒鳴り声が聞こえた。……えっ。怖い。喧嘩?
教室に入るべきか戸惑うけれど、ずっと廊下にいるわけにはいかないので、そっと覗く。
「ねえ。誰だよ、こんなことした奴。全然笑えないんだけど」
「えっ。柳田君?」
初めて見る怒った柳田君にびっくりする。そんな柳田君が指差した私の席には花をいけた花瓶が置かれていた。
……なるほど。これは確かに私は笑えない。
アレだ。死んだ人間にやる仏花みたいな感じになっている。
軽く苛めの域だけれど、柳田君が激怒している為、教室の中は静まり返っていた。何だろう。この学級裁判みたいな空気は。
「柳田。ほら、そんなに怒らずにな。ちょっと冷静になれって」
「そうそう。確かに天野は死んでいないんだから、ちょっとコレハナイって思うけど」
「ほら。先生が来る前に片づけようぜ。ほら、そこの女子、花瓶移動させて」
柳田君の机が不自然に倒れているのを、彼の友人が元に戻す。もしかして、柳田君が机を蹴り倒したのだろうか?
ふーふーと肩で息をしていた柳田君だったが、友人たちのおかげで落ち着いたみたいだ。よかった。こんな柳田君初めて見た。
私の机の上に置かれていた花瓶も、教室の物置の上に女子生徒が移動させた。彼女がやったのかそれとも別の誰かがやったのか分からないが、皆無言で何もなかったかのように片づける。私の机の上に少し水滴が落ちていたのも、他の女子生徒が雑巾を持ってきて拭いた。……終始うつむいている彼女がもしかしたら――と思ったが、ここで犯人捜しをするのは、逆にいじめが始まりそうだ。
そもそも実行した人が犯人だというのは安直である。学校の人間関係というのは複雑だ。グループでその案が出て、やれと全員から言われ、断ればハブにされるなんてこともざらにある。そして実行したとしても、何かあれば、その時やれと言っていた人たちは簡単に見捨てるのだ。
冗談でしたとか、勝手に○○がやったとか。手を出していない限り言い訳がたつ。もちろん直接やった人間は悪いけれど、そうするように仕向けた人間こそ犯人ではないかと私は思う。
それに独りぼっちの辛さは私がよく分かっている。だから、誰がやったかなんて分からない方がいい。ただ、もしも本当に強要されたなら、早めにそのグループからは逃げて欲しいと思う。
「皆、空気悪くして悪いな。コイツ、寺の息子だからこういうの、全然融通効かないんだよ」
柳田君の友達の中でも中学校時代からの友達が、明るく言いクラスの空気を換えてくれた。よかった。もしも私のことの所為で、柳田君の立場が悪くなってしまったらどうしようかと思った。
「ただ。俺も、こういう冗談は反対。寒すぎ」
「だよなー。笑いをとるなら、もっとうまくとらないと。笑いのセンスなさ過ぎ」
柳田君はいい人だから、彼の周りにもいい人が集まるみたいだ。
もうこのクラスでは、この手のいじめは絶対できなくなった。やった方が寒いと言われ、同意する空気ができれば、誰もしようなんて言わない。犯人を見つけ出して責める論調にならなくて良かった。
綺麗になった自分の席に私は座ったけれど、何と柳田君に言っていいか言葉が見つからない。
庇ってもらえたのも、怒ってくれたのもすごく嬉しかった。でもそれの所為で、柳田君の立場が悪くなったり、逆に柳田君がいじめのターゲットにでもなったら困る。
どう伝えようとぐるぐる考えながら授業を受け、休み時間に入ると、女子たちの噂話が聞こえた。
「あの噂本当だったのかも」
「あんなに怒った柳田君、初めて見たもんね」
「日曜に柳田君、天野さんに会いに行っているって噂だし」
「あーあー。天野さんと柳田君が、付き合っていたなんてねぇ」
そんな馬鹿な。
いつのまにそんな噂が?
交友関係が全然ない所為で、そんな噂が出回っていることを今初めて知った。しかも、休日に会うなんて事全くないのに。
柳田君とは、ただの同中というだけだ。もちろん私は好きだけど、柳田君はそんなつもりはないはず。あああああ。どうしよう。
私は放課後に、柳田君になんて声をかけようかと頭を抱えた。




