天野さんの家庭事情2
メリーさんと昭和の小学生幽霊さんに驚かされた私は、結局逃げるようにして家に帰った。……本当に心臓に悪い。後からラインで、あれがメリーさん達の食事だということは分かったけれど、分かりたくない。
メリー【食事をとらせてもらうことで、契約関係が終了するの】
メリー【だからいつまで経っても、柳田から離れられない】
メリー【あの男、コツコツっといった足音も無反応で、たまに確認しては残念そうな顔で、『恐竜の幽霊ってやっぱりいないのか』とかほざいているのよ】
やっぱり柳田君は恐竜が好きなのか。うんうん。男の子らしくていいよね。
メリーさんからのラインで、柳田君情報が流れてくれるのは凄く役得な気がする。例え、美味しいご飯を提供係だったとしても——。
天野【そういえば、私は散々驚かせられているけれど、私とは契約終了にならないの? メリ友のままでいいの?】
メリー【別に契約は何度でも一方的に結べるの。問題ないわ。ただし離れる時は強い感情を貰うという縛りがあるの】
メリー【面倒だけど、怪異には怪異のルールがあるのよ】
メリー【柳田から強い感情を引き出す急所は分かっているけれど、野蛮な暴力男だから、中々できないのよね】
メリー【幽霊相手に、『お前はもう死んでいる』とか言って、連続パンチをするのよ】
……確かに死んでるけど、どこかで聞いた事があるようなない様なフレーズだ。昭和の小学生なら知っているかもしれない。
天野【そういえば、昭和の小学生は今も学校に居るの?】
メリー【お腹がいっぱいになったそうだから、また自由に旅に出たわ】
メリー【あの子はもう帰る場所も思い出せないの】
メリー【だから消えるだけの存在よ。やれる事と言ったら手のひらの跡を窓ガラスや壁に残すくらい】
うーん。可哀想な気もするけれど、窓ガラスや壁に手の跡がつくと怖いだけではなく、掃除も大変なので若干迷惑な怪異だ。
天野【メリーさんは寂しくないの?】
メリー【そういうものだと分かっているから】
メリー【仲間が消えるのを嫌がるタイプもいるけれど、私はどちらかというと祝福するわ】
メリー【だって、そもそも死んでいるんだもの】
天野【その通りだけど】
昭和の女子小学生でオタク、さらに親父キャラなのでかなり濃く、手の跡などでも怖がらせてくれたので印象も強いけれど、メリーさんがいうように本来ならあの子は、この世にはいないのだ。
なぜここに居るのか、その理由も分からず、帰る場所も分からない状態で、ずっとこの世に留まれというのは酷だろう。
メリー【だから、天野は帰る場所を忘れては駄目よ】
メリー【大事なものは、とにかく大切にしなさい】
メリー【失ってから気が付くなんて、三流小説の主人公よ】
大事なものか……。
勿論柳田君への恋心は大事なものだ。それから猫のシロも。
でも一番大事にしなければいけないのは、親だろうなと思うけれど、一体どうしたらいいのか分からない。今日も家に帰ってもお母さんはいなかった。
気がついた時には常に食卓の上に置かれるようになった薬。お母さんがいない間にこっそり薬の詳細が書かれた紙を見て、それが抗うつ薬だと知った。
外袋には県病院の名前が書かれているのを見て、かなりひどい鬱なのではないかと心配になる。今日いないのも病院なのかも知れない。
ラインにお母さんに元気になってもらいたいと書きかけて、私は消した。
メリーさんもそんな事を言われても迷惑だろう。というか、逆に家に来られても困る。私がしょっちゅう悲鳴を上げさせられそうだし、お母さんの病気も悪化しそうだ。むしろ妄想もあると診断されてしまうかもしれない。
そんな事を考えているとピロンと柳田君からラインが入った。
柳田【数学の宿題の問5って分かる?】
些細な宿題の質問だ。でもその質問が、私はここに居てもいいのだと言ってくれているようでほっとする。
私が公式を送り返すと、柳田君からありがとうのスタンプが来た。そしてその後に、【また明日、学校で】の文字がのる。
「うん。また明日……」
柳田君との約束は、私の不安を一掃してくれる。
うん。今日が駄目でも明日がある。きっと何とかなる。
そう思い、私はラインに【またね】と書かれたスタンプをのせるのだった。




