天野さんと新たなる怪異?
放課後になり、教室からクラスメイトがいなくなったのを見計らって、私はメリーさんの髪をいじる。メリーさんの協力の下、髪は形状記憶機能を使ってまっすぐストレートに戻してもらってあった。本当に便利な機能だと思う。
「今日は三つ編みお下げにするね。その後、少しほぐしてひとつにまとめるのもありだと思うの」
人の髪をいじるのは楽しい。しかもメリーさんは動かない上に、失敗しても簡単に最初に戻せ、髪の長さも思いのままに変えられる、素晴らしい相手だ。恐怖を乗り越えれば、美容師の卵に人気が出そうな人形だと思う。
「悪い。ちょっとトイレにいってきてもいいか?」
「うん。いいよ」
メリーさんの髪を触っていると、柳田君が手を合わせた。
髪をいじっている最中は柳田君は手出しをしない約束になっているので、私一人でも問題ない。でも最近、歯ブラシによるブラッシングだけはメリーさんに許可してもらえたらしい。……良かったね。柳田君。
メリー【おさげにしたら、リボンは色々試してちょうだい】
メリー【縦ロールもいいけれど、三つ編みもなかなかいいわよね】
メリー【ほどいた後の自然なウェーブも、素敵よね】
「だよね。全部写真に残しておこうか。ついでに服も色々着せ替えしない?」
メリーさんはお洒落に関してはノリノリでしてくれるので、こちらも楽しい。和服もいいし、袴もいい。セーラ服とかもないだろうか。
はっ?! セーラー服といえば、乙女の憧れの髪型である、お団子もいいのでは? メリーさんの髪をのばしてもらえば、いい感じにできそうだ。
……髪の色、金色に染めたら駄目かな? いや。それは止めておこう。いくら形状機能装置が付いていたとしても、失敗した時のリスクが高いし、何より学校ではちょっと無理だ。むしろかつらを作成できないか検討した方がいいかもしれない。
メリー【服も色々あるわよ】
メリー【和服もドレスもいいわね。うんうん。そうね、制服もいいわね】
メリー【ブレザーもセーラ服もちゃんとあるわ】
メリー【……体操服はさすがにないし、ちょっと変態っぽくて嫌よ」
メリー【ブルマなんて持ってるわけないでしょ!】
「えっ。メリーさんどうしたの?」
突然、メリーさんの会話がおかしくなった。そもそも制服の話は口に出していなかったはずなのに、何故か会話で出てきたようになっている。
メリー【変なこと言ってくるから】
メリー【あなたは冗談でも、私がハラスメントって感じたら、ハラスメントなのよ。気をつけてよね】
メリー【仕方ないわね】
「えっ。私何もハラスメント発言はしていないつもりだけど」
三つ編みにすることしかしてないので、ハラスメントなんて何もしていないつもりだ。でもメリーさんの言う通り相手が嫌だと思えば、それがハラスメントなのだ。
メリー【天野じゃないわよ】
「……えっ。じゃあ、誰と?」
急に背筋が寒くなった。
バッと教室を見渡すが、私以外には誰もいない。……いないんだよね?
急に誰もいない状態が怖くなる。私はごくりと唾を飲み込んだ。
「や、やだなぁ。メリーさん。誰もいないじゃん。驚かさないでよ」
メリー【ああ。生きてる世界が違うから見えないのね】
メリー【天野は怪異ではないものね】
メリー【悪さはしないから気にせず、三つ編みにしてちょうだい】
……気にするよぉ。
メリーさんの冗談か分からないけれど、めちゃくちゃ怖い。でもメリーさんは驚かすのが仕事な怪異。冗談の可能性は高いのでは――。
ガラッ。
突然教室のドアが開き、私は悲鳴をあげそうになった。しかし振り返った先にいたのは柳田君だった。
「天野、どうかした?」
私が弾かれるように見たため驚いたようだ。目を大きく見開いてこちらを見ている。
「ううん。何でもないよ。お帰り」
ここにもう一人いるらしいよなんて冗談でも言えない私は笑って誤魔化す。大丈夫。見えないし感じないなら、いないも同じだ。
うんうん。
「その子はメリーさんの友達?」
「ひぃ」
普通に席まで戻って来た柳田君は、ごく自然な様子でもう一人の存在を言い当てた。
しかも空気を読まずに私のすぐ近くを指差したため、私は慌てすぎて悲鳴を上げながら椅子から転がり落ちる。
えっ。柳田君って見える人なの?!
衝撃の事実に、私は言葉を失った。




