柳田君の子守唄
「――天野、ねえ、天野っ!!」
はっ?!
柳田君に声をかけられて、私は目を覚ました。
しまった。あまりに柳田君の声が心地よくて、寝てしまっていた。私はよだれが出ていないか、慌てて、口元をぬぐう。
恐るべし、柳田君のイケメンボイス。
「ごめん。寝ちゃって。メリーさんは?」
「熟睡中だよ。ほら」
柳田君の机の上には、市松人形が倒れていた。目を開けているので、寝ているのか不明だけれど、ピクリとも動かないので、多分寝ているのだろう。いや、市松人形はそもそも動かないんだっけ。だんだん常識が分からなくなってきた。
「子供って、眠くなるとすぐぐずるんだよな」
「……そういうものなの?」
「俺の従妹がそんな感じ」
な、なるほど。
何だか違う気もするけれど、確かに子供は眠いとぐずると聞いたことがある。眠いなら寝ればいいのにと思うけれど、そういうわけにいかないから子供なのだ。
「従妹もさ、子守唄を歌ってトントンってやるとすぐ寝るんだよ」
「あっ。子守唄ってさっきの? でもあれって、お経だよね?」
「そうそう。般若心経っていうんだけど、俺も小さい時は母ちゃんとか兄ちゃんに歌ってもらって寝た記憶があるわ。聞いているとすぐ眠くなっちゃってさ」
「流石お寺の子だね」
でも分かる。さっき、私も寝てたし。
あの抑揚のない声で、よく分からない言葉を羅列されると眠くなるのだ。
「でも般若心経聞きながら寝る習慣がつくと、法事とかそういう時、眠くて、眠くて」
「条件反射になっちゃうんだ」
法事ならまだしも、もしも葬式の時に居眠りをしたら大変なことになりそうだ。早めに克服できるといいね。
「ところでメリーさんはいつ頃目を覚ますの?」
「どうだろう。子守唄を前に歌った時は朝までぐっすりだったから」
……まさか、メリーさん成仏していないよね? と思うけれど、生憎と外見は市松人形なので、中の人がどうなっているかは分からない。でも前は目を覚ましたというならば、多分大丈夫なのだろう。
「それでさ、髪のことなんだけど」
「あっ。うん。そういえば、それに困っていたんだっけ」
正直忘れかけていたけれど、そういえば、そういう話だった。メリーさんの髪は、一度坊主頭にされたとは思えないほど綺麗に生えそろっている。
今の髪の長さは少し長めで、肩甲骨あたりまであった。服は赤い着物で足元に桜の絵が描かれている。そのため、徐々に赤からピンク色になるグラデーションのようで綺麗だ。メリーさんが名前を書くなといっていたのも分かる。汚してはいけない部類の着物だ。それにしても、黙って寝ていれば、可愛らしい人形に見える。
「それで、折角だからツインテールにしてみたけど、やっぱりメリーさんには不評でさ」
「したんだ」
柳田君、ツインテール推しだったもんね。
その写真と言って見せられたものに、私は絶句した。
「えっと。ごめんね。もう少し、バランスよくできなかったの?」
「どうしても苦手で、従妹にも零兄には髪は結ばせないって言われてるんだ……」
写真に写るメリーさんの髪は、左右非対称だった。というか、ちゃんとくしでといたのかという、ぼさぼさ加減。確かに、従妹も嫌がるだろう。
「ちなみに何で結んだの?」
「えっ。輪ゴム」
「いや。それ可哀想だよ」
確かに男の柳田君が髪ゴムを持っているとは思わないけれど、輪ゴムは駄目だ。
「絡まなかった?」
「よく分かったな。最終的に絡まって、無理にとったら、ブチブチって言ってさ」
……メリーさん。
私は机の上で眠るメリーさんに合掌した。