激おこメリーさん
メリーさんは名古屋圏の出身。そして、柳田君は寺の次男坊と判明。特に後半の情報が大事、テストに出るよ――。
ガシャンッ!!
――じゃなかった。
緩い空気だったので、私は怪異と対峙していることをすっかり忘れていた。
私はふわりと浮く机が音を立てて床に落とされた瞬間、現状を思いだし息を飲んだ。気が付けば誰もいない、シンと静まる教室で、スマホがピロンピロン音を立てる。
メリー【キリキリキリキリ】
メリー【キリキリキリキリ】
メリー【柳田が寺の息子なんてどうでもいいのよ!】
「や、柳田君。大変。鞄がマナーモードみたいになってる」
「局地的地震みたいだな。でも俺が寺の息子って事じゃないとなると、出自ってどれを言えばいいんだろ。生まれも育ちもここだし、産婦人科はどこか聞いてないし」
柳田君、そこじゃないよ。多分、メリーさんが怒っているの、そういうメリーさんに対して普通にしている部分だよ。
鞄がガタガタと震えるけれど、柳田君はあいかわらずマイペースだ。仕方がないなと言わんばかりの様子で、震える鞄を机の上に置く。
「メリーさん。また天野が驚いて帰ってしまうかもしれないだろ。ちょっとは落ち着きなって」
メリー【きぃぃぃぃぃ。少しは慌てなさいよ!】
メリー【柳田、アンタ、私を畏れなさい!!】
メリー【なんで、あやされている風になっているのよ。子ども扱いはしないでちょうだい!!】
メリーさんは激おこだ。
鞄のマナーモードも更に揺れが酷くなっている気がする。私はハラハラと柳田君と鞄を交互に見た。大変な状態になっているはずなのに、柳田君は普通だ。そのせいで、私はどうしていいのかわからなくなる。
「天野。鞄を一度開けるから、怖かったら目を閉じてくれる?」
「あ、開けて大丈夫なの?」
明らかに普通ではない。開けた瞬間にどうなるのか分からない。
「大丈夫、大丈夫。鞄の中は、教科書と筆記用具、あとは弁当箱とメリーさんだけだから」
「いや。そのメリーさん問題じゃ……」
柳田君の緩い発言に、鞄が跳び跳ねる。ヤバい。なんだか、鞄が生きているかのようだ。
メリー【呪】
メリー【呪】
メリー【呪】
メリー【殺】
「ひいぃぃぃぃ。凄く危険な文字になってるよ」
怖い。怖すぎる。
「メリーさんって本当に怒りっぽいよね。またデスってくるみたいだし」
「えっ。デ、デス?」
「とりあえず鞄が壊れる前にやろうか」
やろうかが、殺ろうかと聞こえたのはきっとこの空気のせいだ。怖くて仕方がないが、目をつぶるのも、何が起こっているかわからなくて怖い。私は覚悟を決めぎゅっと手のひらを握ると、柳田君と鞄をしっかりこの目に映すように見つめた。
ジジジジ……。
音をたてチャックが空いた。その瞬間、黒い影がものすごい勢いで飛び出した。
目が追い付かないが、赤い着物が一瞬見えたことで、私はそれがメリーさんであると確信する。
「柳田君っ!!」
メリーさんは飛び上がり、天井にぶつかると、まるでスーパーボールのように柳田君と突っ込んでいく。長距離を一瞬で移動する怪異だ。そんなのがぶつかったら、柳田君に穴が空いてしまう。
「学校では、暴れたら駄目だよ」
キュルキュルキュル。
しかし私の心配を他所に、高速回転する市松人形を、柳田君はまるでドッチボールのボールを受け止めるかのようにキャッチした。
「メリーさんはお転婆だなぁ」
そういう問題?!
お転婆発言に私はぎょっとする。市松人形は女の子の形で、メリーさんの名前も女の子。だから お転婆発言も間違ってない? んんん? えっと。うーん?
「子守唄歌ってあげるから。ちょっと落ち着きなって」
メリー【ひぃ。やめなさい。わかったから。やめーー】
「遠慮はいらないって。これ、よく眠れるから。かんじーざいぼーさつ。ぎょうじんはんにゃーはーらーみーだーじー」
うわぁぁぁぁ。凄いいい声。
柳田君の声は透き通り、惚れ惚れするものだけど……これ、般若心経だよね?
私の疑問をよそに、ラインにはメリーさんの断末魔のような言葉が並んでいた。