隣の席の柳田君
高校に進学した、私には中学から好きな人がいる。
隣の席の柳田零君だ。黒髪にヘーゼル色の瞳、そこそこ身長が高く痩せ型の彼は王子様風のイケメンだ。たぶん私以外にも好きな人はいる。というか、中学校の頃から告白を沢山受けていたから、たぶんではなく、絶対だ。
とくに柳田君は、スポーツで一番やテストの点で一番ということはないけれど、それぞれそつなくこなしていて、苦手なものがないタイプだ。告白に応える事はないけれど、誰に対しても人当たりが良く、嫌われにくい。
そして、何より優しい。
対して私は、カーストで言えば底辺の教室片隅系女子だ。制服を着崩すこともできない真面目っぷり。……本当は真面目というより、どう着崩したらいいのかわからず、そのまま高校デビューを失敗した組だ。さらに口下手で内気な為、ほとんど話せる相手がいない。つまり柳田君の正反対な人種だ。そんな彼を好きになった理由は本当に些細な出来事だった。
中学校の時に放課後の掃除を押し付けられ、一人でやっていたら手伝ってくれた。ただそれだけ。押し付けた相手は部活だなんだと言っていた。本当は私だって掃除なんてしたくない。でも嫌とも言えなかった。そんな時、柳田君は押し付けてきた相手に俺が交代するよと伝え、今度変われよと言って、いじめでなく、ただの交代に変えてしまった。あの瞬間、私は恋に落ちた。私が惨めだと思わないようにさりげなく手を貸してくれた優しさに、少し泣けてしまった。
住む世界が違うから、報われない事はわかっている。それでも、高校で同じクラスになり、更に隣の席になった時、私はこの幸運を神に感謝した。
世界が違うから会話はないけれど隣にいられるだけで幸せだ。
でもそんな私に転機が訪れた。
「なあ。天野って動物を飼ったことある?」
こそこそっと話しかけられ、私は心臓が飛び出るぐらい驚いた。だって、席が隣になってから、会話らしい会話などしたことがなかったから。
「えっと、うん。あるよ。うちで、猫飼ってる。雑種で、小学校の時に拾った子なんだけど」
家でも最近親とまともに会話していない私にとって、猫のシロは大切な家族だ。あの子だけは、いつでも私の話し相手になってくれる。
「実は最近俺も拾っちゃってさ。どうしたらいいかわかんなくて。なあ、ちょっと相談のってくれない?」
マジで?!
突如訪れた幸運に私はコクコクと頷いた。柳田君と、ペット友達になれるかもしれなんて、なんという幸運。ありがとうございます、神様、仏様 、シロ様。
「どんな子なの?」
「たぶん捨てられてたんだと思うけど、家までついてきちゃって」
動物にも好かれる柳田君、流石です。
そしてついてきてしまった子をちゃんと保護する彼にますます好感度が上がる。やっぱり彼は優しい。
「写真にとったんだけど、見る?」
「うん。見たい」
一体どんな子だろう。捨てられてるぐらいだから、子猫かな。そう思い彼のスマホを覗いた瞬間、私は固まった。ぞわっと一気に鳥肌がたつ。
「……えっと」
「名前はメリーさんなんだって」
「メリーさん?! えっ。柳田君がつけたの?」
写真の衝撃も凄いが、名前に対してさらに凄い衝撃が。
「いや、メリーさんがそう言うから」
えっ。言ったの? 自己申告でメリーさんなの? これは、彼の冗談? 本気? えっ?
混乱する私をよそに、柳田君は至極真面目な顔だった。私を騙そうとしている様には見えない。
そんな彼の携帯に写っていたのは、黒髪の美しい、市松人形だった。