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気になる男子に誕生日を伝えたい女の子が宇宙の話をする話

作者: 安藤ナツ

「五月二十七日には宇宙の話をしなくてはならない」


 帰り道の途中、彼女はまるで格言か何かのようにそう言った。

 季節外れのインフルエンザで入学早々に高校を二週間も休んだぼくは、民主主義的に学級委員に抜擢されていた。横を歩く彼女も似たような事情で女子の学級委員長になっており、厄介事を押し付けられた仲間として彼女とは妙な友情を育みつつあった。

 一月程の付き合いで、彼女は落ち着いていて大人っぽく見えるが、寂しがりやで喋る事が好きだが、コミュニケーション能力にやや難があることを理解しつつあった。話題はいつも突飛で要領を得ず、基本的に自分が話すことで一杯一杯と言った感じだ。


「宇宙の話って?」


 取り敢えず、話を合わせて相槌を打つ。ここでぼくが「コウテイペンギンの産卵の話を続けよう」なんて言ってしまうと、彼女はフリーズし、再起動するまでに三十秒は時間がかかってしまうだろう。


「宇宙は全てを内包しているから、何を話しても良い」

「なるほど、理に適っている」


 宇宙と言う壮大な振りから、予想外のノンジャンル。いきなりこの話の着地地点がわからなくなった。

 ぼくはついて行けるだろうか? 


「ペンギンの子供の両親は勿論ペンギンだけど、その両親の両親は?」

「ペンギングランパとペンギングランマでしょ」

「じゃあ、その両親は?」

「……ペンギンじゃない? 多分、その両親もペンギンだ」

「うん。じゃあ、ずっと遡って、最初のペンギンの両親は?」


 ああ。なるほど。そう言う話か。


「海鳥の何かじゃあないの?」

「うん。渉禽しょうきん類の一種がペンギンに進化したらしい」


 ちなみに、現状で最古のペンギンは“ワイマヌ・マンネリンギ”と言う種だ。勿論、他のペンギンに進化して絶滅しているので化石しか残っていない。

 しかし日本人なら、大抵の人間は進化論を知っているし、細かい所に疑問はあるものの概ね正しいと信じている。これって地味にすごいと思う。“進化”ってマイナーと言うか学術的で一般的な言葉ではないけど、小学生に多分通用するだろう。ポケモンのおかげかもしれない。


「そして鳥類は元々、爬虫類だった」

「ペンギンとか雀が大昔は恐竜って言われても、信じがたいけど」


 今では最早常識であり、挙句の果てにはティラノサウルスに羽毛が逆輸入される有様だ。学術的な正しさよりも、ぼくとしては昔ながらの鱗姿でいて欲しい。

 そんな恐竜達の歴史を遡って行くと、なんらかの爬虫類に辿り着くはずだ。水(と言うか海?)への依存を大きく減らし、爬虫類は一気に地上での覇権を得て爆発的に種類を増やした。カメみたいに水中に帰っていた奴もいるのが面白い。

 水の中でも陸の上でも活動できるカメだけど、両生類ではないのだからややこしい。

 爬虫類の祖先である両生類と言えば、サンショウウオとかカエルが思いつく。って言うか、それしか知らない。他に何かいたっけ? 水中でも陸地でも活動できるから“両生類”と言うわけではなく、どちらの環境も必要とするから“両生類”。元々は両棲類だったことからもそれは伺える。多分、その環境依存度の高さ故に爬虫類への進化が強く促されたのだろう。

 更に時代を遡ると、両生類はずっと水の中で生きて来た。水、と言うか海か。三十秒も息を止めていられないぼくだけど、ご先祖様はかなり長い期間水中で暮らしていたのだから生命と言うのは不思議だ。


「そう。最初の生命は海の中で産まれた」

「ミギーが言うには硫化水素の中で産まれたんだったっけ?」


 生命の起源はおおよそ四〇億年前だとされていて、海――ぼく達の想像する海とは違って今の大半の生命にとって危険な物質で満たされていた。硫化水素もそうだし、アンモニアやメタンもかなり多く含まれていたようだ。

 これが生命になるなんて正直信じられないけど、“水(H₂O)”・“アンモニア(NH₃)”・“メタン(CH₄)”には、人体を構成する四大元素の“水素(H)”・“酸素(O)”・“炭素(C)”・窒素(N)が見事に全て含まれているので、材料自体は確かに揃っている。

 地球と言う巨大な実験場で何億年も試行錯誤を繰り返していれば、まあ、生命位産まれてしまうのだろう。

 ただ、地球上の生命はDNAと言う設計図で繋がっていて、生命は全て共通の始祖を持っている。つまり、この地球世生命は一回しか発生していないことを考えると、生命の誕生はかなりの奇跡なのかもしれないけど。


「それで? 生命の起源までたどり着いたけど? どの辺が五月二十七日にすべき話なの」

「まだ」


 まだ話は続くらしい。


「その元素は地球にあったものだけど、じゃあそれは元々何処にあったの?」

「そりゃ、宇宙でしょ」


 ようやく話が宇宙まで来たよ。


「沢山の小惑星がぶつかって今の地球が出来たんじゃなかったけ?」

「その小惑星のパーツは?」

「恒星の爆発由来でしょ」


 錬金術師が金を創ることが結局出来なかったように、“元素”は基本的に人の手で作ることはできない。元素の全ては恒星によって作られている。

 勿論、完全に不可能とは言わない。しかし原子核同士をくっつけてより大きな原子を作るには、だいたい一〇〇〇万℃程度のエネルギーが必要となる。原子核は陽子を持っていて、同じ方位の磁石同士が反発するように互いに反発してしまうからだ。その反発よりも強い力で原子をくっつけるに必要な温度が、一〇〇〇万℃だ。

 この一〇〇〇万℃と言う小学生が口にするような温度は、数字以上にとんでもない温度だ。地球の中心部の温度でさえ精々が六〇〇〇℃程度で、まるで話にならない。核爆弾が爆発したとしても精々が数百万度が限界で、仮に何とか一〇〇〇万℃に到達出来たとしても、燃料代だけで軽く金の売値を越えてしまうだろう。

 そんな超高温を実現できる存在があり得るのだろうか?

 あり得るのだ。

 そう、宇宙ならね。

 ビッグバン。恒星の核融合。恒星の超新星。

 こう言った、特殊な条件下で超高温は発生する。

 金のような大抵の重たい元素は、三番目の超新星爆発によって発生したと考えられている。超新星スーパーノヴァとか言う超過格好いい名前と裏腹に、この爆発は恒星の寿命が尽きた時に発生する。

 太陽よりも一〇倍は大きな恒星の寿命が尽きた時、超新星は起きる。膨大な自重を支え切れなかった恒星が最後に爆発するのだ。この瞬間、僅か一秒の間に中性子のベータ崩壊が発生する。それによって中性子は陽子と電子と反ニュートリノへと変わり、この際に鉄より重い元素が精製される。この元素達は宇宙空間に散らばって、互いの引力でくっついて惑星が創られる。

 鉄よりも軽い元素は、太陽のような恒星の最終段階、水素を使い切った恒星のヘリウムが核融合を起こして発生する。そのヘリウムは水素の核融合によって誕生していて、これが恒星の基本業務と言っていい。中心温度が一五〇〇万℃を超える攻勢の中心では水素が核融合を繰り返してヘリウムが作られている。

 水素がヘリウムに、ヘリウムが炭素や窒素、或いは金や鉄に変わる事によって宇宙には様々な元素が生まれたのだ。


「うん。この世の物質は全て水素から作られた。宇宙の殆どは水素」


 例えば、地球の一一〇倍近い直径を持ち、約三三万倍の質量を誇る太陽の七五%は水素で出来ている。そしてこの太陽は太陽系の九九.九%を占めていて、太陽系の殆どは水素だ。

 そしてこの水素はビッグバンが由来である。宇宙の始まりと名高いビッグバンの一〇〇億℃(一〇〇億って)の超高温によって、一〇〇万分の一秒後に素粒子が生まれ、一秒後に水素が生まれ、更に三分後にヘリウムへとくっついた。

 大量に発生したこの元素達は散らばり、宇宙に沢山の星が出来たらしい。

 じゃあ、そのビッグバンの前は? と聞かれたらどうしようか?

  だが、幸いなことに彼女の興味はビッグバン以前になかった。


「でも、水素は宇宙全体から見たら少数派に過ぎない」

「ダークマターだね」

「うん」


 スーパーノヴァ、ビッグバンに続き、最上級魔法みたいな宇宙用語“ダークマター”を直訳すれば暗黒物質だ。これは観測できない(・・・・・・)故に、ダークと冠している。

 そもそも、ダークマターとは何なのか?

 簡単に言えば“質量はある”けど“見えない”物質である。

 何故、そんなものが存在するのかと言えば、これがないと銀河がばらばらにぶっ飛んでしまうからだ。地球が自転していて、太陽の周りを公転しているように、太陽系もくるくると回転している。なんなら、太陽系が所属する銀河系も回っている。

 この回転はとても速く、銀河の質量を考えれば遠心力でバラバラに弾き飛ばないとおかしいのだ。昔の公園にあった球体で回転する危険過ぎるジャングルジムを想像すれば良い。回転が速ければ早い程、身体は外へと強い力で引っ張られる。同じ要領で、星々も銀河から吹き飛ばないと物理的に計算が合わないのだ。

 これはあまりにも銀河が軽過ぎるから起こる問題である。水素と言う宇宙で一番軽い元素で殆ど構成されているから当たり前だ。

 じゃあ、どうして宇宙は今も廻っているのだろうか?

 全部、ダークマターのおかげだ。

 見えないけど超重いダークマターがあれば、そのバランスを保つことができる。

 ちなみに、“重力レンズ”と言う超格好いい用語も、このダークマター由来だ。凄まじい重量を持つダークマターによって、星々の光すら捻じ曲がってしまう現象こそが、重力レンズの正体なのである。

 そのダークマターは、ぼく達の知っている物質の五倍以上あるらしい。宇宙、どんだけ目に見えない物に満ちているんだよ。


「私達の知っている物質は宇宙全体の五%に過ぎず、ダークマターは二十七%を占める。ここはテストに出る」

「出ないよ」

「覚えておいて損はない」


 はあ。

 と、ここで彼女は唐突に足を止めた。

 そして少しだけ躊躇した後、意を決したように少しだけ緊張した面持ちで続ける。


「覚え方は、簡単。五月二七日は私の誕生日」

「…………」


 なるほど。

 ペンギンの孵化の話をしていたし、話の着地地点は最初からそこだったのか。

 宇宙は全てを内包している。

 ぼくは少しだけ笑って、夕日に頬を染める彼女に言葉を返す。


「宇宙の残りの六八%は何か知ってる?」

「え? ダークエネルギーだけど」


 質量とエネルギーは、アインシュタインの相対性理論によれば本質的に同一だ。広がり続ける宇宙の半分以上は、“良くわからないけど宇宙が広がっているならこれだけのエネルギーがないと計算があわないよね”と言う辻褄合わせのダークエネルギーで占められている。


「覚え方は、簡単さ。ぼくの誕生日は六月八日なんだ」


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