逆転の大発想
僕の目の前には、傷だらけのエルフの少女がいた。
見た目だけなら僕と同い年に見えるけど、エルフって長寿だからなぁ。この世界のエルフは平均寿命1000歳らしいからなー。平均でだ。中には余裕で2000歳生きるエルフもいるらしい。
あと彼女の髪色。僕と同じ白い髪をしている。
エルフは基本的に金髪らしいはずだが……。
っと。今そんなこと気にしている場合じゃない。致命傷には程遠いが怪我をしている。
とりあえず隠し工房に連れていって治療してやろう。
――――――――――――――
『忌み子』
物心ついたときに、初めて言われた言葉がそれだった。
私はエルフにとって忌むべき色とされる白色の髪に赤い瞳を持ち、精霊を召喚することができない『呪われた子』。
両親ですら私を腫れ物に触るように扱った。
私と対等に話してくれたのは20歳上の姉だけだった。
だが姉がラングル王国で暮らすようになると、エルフの里から追放された。
森で追っ手から逃げると、そこは魔物が多く、植物も牙を剥く魔の森だった。
さらには奴隷狩りの人族にも追われ、私はまともに動ける体ではなくなった。
麻痺毒が塗られた矢が刺さり、意識が朦朧してくる。
……………何がいけなかったのかな。
髪の毛が金色だったら、お父さんとお母さんは私を捨てたりしなかったかなぁ。
精霊を召喚できたら、里のみんなも認めてくれたよね…。
私なんかこの世界に生まれてきちゃダメだったんだよね。
もう一歩も動けない……。
私はこの森の魔物に喰い殺されるのかなぁ。それとも追ってきた人族に捕まっちゃうのかなぁ。
もう……どうでもいいや…。
そうして私は自分の意識を手放した。
気を失う寸前、「ニャー」という猫の鳴き声と「エ、エルフ⁉︎何故にエルフ⁉︎どうしてエルフ⁉︎」という慌てた少年の声がしたが………気のせいに違いない。
◇ ◇ ◇
……………明かりが眩しくて私は閉じていた目を開けた。
………ここは何処?
エルフの私にはあまり馴染みのない石造りの壁と天井。
ベッドの横には木製の小さいテーブル。その上にはコップと水差し。あとは緑色の液体…ポーションだろうか?それが入った小瓶がいくつかある。
そういえば麻痺毒による体の痺れがない。体を見ると手当てをされた跡がいくつかある。
「ニャァー」
「⁉︎」
私の足元には一匹の黒猫がいた。
まったく気がつかなかった……。
これでも私はエルフだから気配には鋭い方だと思っている。
だがこの黒猫からは気配を一切感じなかった。
この部屋は色々とおかしい。
魔物の骨だったり毒々しい色をした瓶が棚にあったりするが、一番違和感を感じるのはこの部屋に窓がないことだろう。風の流れも感じない。
ここはもしかして……地下?
一体誰が何のために……
「あ、起きた?」
部屋に唯一あったドアから黒い髪と黒い瞳を持った少年が入ってきた。
「体の調子どう?出来る限りの治療系魔法使ってみたけど……」
「あ、えっ…その……大丈夫……です……」
「そっか。それは良かった。あ、僕ベルリル・ハドルクって言います。あなたは……」
「えっ……その…」
「あぁ!ごめん。馴れ馴れしかったよね?警戒もしてるだろうし……何か食べます?そんなに色々は無理だけど…」
「い、いえ…そんな…」
「家どこにあるの?送るのは無理だけど見送りくらいならするよ」
家。
私はその単語を聞いて胸がズキリと痛んだ。
「………ありませんよ。そんなの」
「えっ?エルフって確か里で暮らしているんじゃないっけ?」
「……だからその里から追放されたんです。この髪と眼のせいで……!」
私は自分が嫌いだ。
この髪と眼のせいで私は里を追い出された。
そんな髪と眼を持つ私が一番嫌いだ。
「あー…エルフにとってもその髪と眼って『呪われた』ってみなされるんだね。嫌だねー。誰が決めたんだろうそんなルール。僕もその髪色のせいで苦労して…」
「……何を言ってるんですか…」
本当に何を言ってるんだろう。この人の髪と眼は黒。
それなのに分かったような口を聞いてくる。ふざけてるのか。
「あなたの髪と眼の色は黒。私のことなんて何もー」
「待って。えっ?なんの話?僕の髪は白だし眼は赤色だよ?」
「どこが⁉︎どう見ても黒いじゃないですか!それなのに私の事分かったようなことを言わないでください!!鏡見たらどうですか⁉︎」
「いやいや、んな訳ーってウッソやーん」
黒い人は近くに立て掛けてあった鏡を見て驚いている。
何を驚いているのだろうか。鏡を一度も見たことないわけじゃあるまいし。
「アッルェェ⁉︎えっ⁉︎ウソウソウソウソ⁉︎今朝鏡見たときはいつもどおりだったのに⁉︎えっなんで⁉︎」
知るか!
そう叫ぼうとしたが、できなかった。
黒い髪がみるみる白色に変わっていったために……
「えっ、変わった⁉︎なんで⁉︎あっ、驚いた拍子に身体強化が解けたのか……てことは僕の髪色が変わったのは身体強化のせい……?これはいろいろ応用できるな!面白い!」
その楽しそうな声に、私はひとつ聞きたくなった。
「なんでそんな楽しそうなんですか………?」
「ん?」
方法は分からないが、この人の本来の髪は私と同じ『呪われた』色。眼も同じだ。
なのに……
「なんであなたは幸せそうなんですか……どうして…私と同じなのに…楽しそうなんですか……!」
「……」
「私は家族にも捨てられた!なのになんで!私と同じはずのあなたはなんで……!」
「同じじゃないし」
「……は?」
私は一瞬、何を言われたか理解できなかった。
「全く同じ人間なんていないさ。そんなの絶対にあり得ない。君と僕とじゃまるで違う」
「で、でも……」
「確かにこの容姿をよく思わない人もいる。それは事実だ。でも僕はそれを気にしてない。気にするほどのことでもないし」
「それは……」
メンタル強すぎないか、この人。普通、自分の存在を全否定されたら落ち込まないわけないのに……。
「あと親にも見捨てられただっけ?自分に愛情注いでくれない親とか必要?要らなくない?」
「……!」
「逆転の発想だよ。親が君を捨てたんじゃなく、君が親を捨てたのさ。おめでとう。君は今日から自由だよ」
何一つ反論出来なかった。この人の言うこと全てに納得してしまった。
「とりあえず、今日はもう寝ようか。簡単な物作っておくから食べたかったら食べてね。明日以降のことは明日決めよう。おやすみ」
そう言ってあの人は出て行った。彼の言う通り、今日はもうおしまいということだろう。
自由か………。
私は彼の言った言葉を噛み締めながら長い夜を過ごした。
白い髪に赤い眼のエルフとか忌み子ってもはや常識ですよね?
次回予告「無ければ作ればいいのだよ!」