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始まり 5

 俺が今後の方針を決めたところで、武はふと真顔になって言った。


「なあ、その美人って言霊使いなんだろ? 脅かす訳じゃねえけど、一応用心した方がいいんじゃねえか? 言霊使いって、言霊で人を操れるんだからよ。お前に取り入って結婚したところで、お前や親父さん達を自殺させて店と財産をぶんどるなんてこともできる訳だろ? 普通なら女一人で三人も殺すのは簡単じゃねえだろうけど、言霊使えば他殺の痕跡なんか残らねえんだし」

「そう言えば、いつだったかそんな感じの事件があったよねえ。言霊使いだってことを伏せて結婚した女が、自分と結婚した男を次々自殺に見せかけて殺して、財産奪ってたって。初めはバレなかったけど、味をしめて同じようなことを何回もやってたから、不審に思った警察が調べて発覚したとか何とか……確かに気を付けた方がいいかも」


 その事件なら俺も覚えていた。


 事件があったのは数年前だったと思うが、連続殺人容疑で逮捕された女性が神職にあったということで、随分と話題になった記憶がある。


 人々の模範となるべき職業に抱く心象と、あまりにも残忍な犯行の差が著しかったせいだろう。


 あの事件からしばらくは、世間の言霊使いへの風当たりがより強くなったらしいという話も聞いた。


 たまたま罪を犯した人と同じ力を持っているだけで辛く当たられるのは相当に理不尽だと思うが、武のように言霊使いに不信感を抱く人がいるのも理解はできる。


 世の中善人ばかりでできている訳ではないのだから、用心するのは当然のことだ。


 だが言霊使いであることを理由に相手をやたらと攻撃したり、差別したりするのは明らかにやり過ぎだし、間違っていると思う。


 人間誰でも好き嫌いはあるのだから、付き合いたくないなら無理に付き合う必要はないが、付き合わないと決めたならちょっかいを出さずに離れて見ていればいいだけのことだ。


 攻撃するということは嫌いな相手とわざわざ接点を持つことになる訳で、相手だけでなく自分も不愉快な思いをするだけだろうに、攻撃性の高い人の思考はどうにも理解できなかった。


 これまでの言動からして、武も奏多も特に言霊使いを毛嫌いしている印象はなかったが、『特殊な力を持った、人となりがよくわからない人』が身近に現れては警戒する他ないのだろう。


 俺としては水藤さんとのことを真剣に考えているので、できれば応援してもらえると嬉しいのだが。

 

 俺は鶏の唐揚を飲み下してから言った。


「そりゃあ、中には力を悪用して犯罪に走る言霊使いもいるけど、ほとんどは真っ当に生きてる人だよ。さっきの話だって、言霊が使えたら使えない人より楽にできるってだけで、別に言霊使いじゃなくたってできることなんだし、そう構えることなんてないと思うけどなあ。言霊のことをよく知ってる訳じゃないけど、別に万能の力って訳じゃないんだろう?」

「万能の力じゃなくたって、使えない人間にとっては十分脅威だろ。悪用されたら防ぎようがねえんだし」


 言霊は言葉という形のないものによって発動する力なので、言霊使い同士ならまだしも、言霊を持たない人間には言霊を防ぐ方法がなかった。


 水藤さんがその気になったら、店の売り上げをごっそり持ち逃げするくらい訳ないだろうが、今のところそんな被害に遭ったことはないし、そうするつもりがあるならとうにそうしているだろう。


 もしかしたら、そのつもりがあってもできないだけなのかも知れないが。


 言霊はそれ程遠くまで力が及ぶ訳ではなく、力の持続時間も短いため、言霊を使えない人間が思っている程便利な力ではないらしいと聞いたことがある。

 

 水藤さんの人柄についてはまだ何とも言えないが、彼女が危険人物であって欲しくはないし、善良な人だという根拠のようなものがないでもなかった。


 いや、根拠と言うにはあまりに弱いだろう。


 願望のようなものかも知れない。

 

 だが、俺は敢えて言った。


「多分だけど、人にない力を持ってるからこそ、言霊使いの人は神に仕えたり、警官になったりして、世の中に貢献してる人が多いんじゃないかな? 勿論世の中の人が求めてるっていうのもあるんだろうけど、力を正しく使おうと心掛けてるって言うか、自分を律してるって言うか……物書きなんて商売してる割に上手く言えないけどさ」

「気は優しくて力持ち、みたいな感じ?」


 奏多がややずれた喩えを口にした。


 奏多は時々頓珍漢なことを言い出したりもするが、頭より心を活発に動かしているようで、俺が上手く言葉にできないことでも、昔から何となく察してくれる奴だった。


 多分今も何かしら伝わるものがあったのだろう。あまりいい喩えではないところが残念だが。


「喩えの良し悪しはともかく、俺の言いたいことは伝わってるみたいで良かったよ」


 俺がそう言うと、奏多はにこりと笑った。


「あんまり深く考えたことなかったけど、力を持ったら、きっと嫌でもその力の使い方に責任が生まれるんだろうね」

「責任か……何となくわかるな」


 半ば独白のように言った武を、奏多が意外そうに見た。意外に思ったのは俺も同じだ。


 武の言葉には妙に実感が篭っていたので。


「もしかして、最近何かあった?」


 俺の問いかけに、武は小さく頭を振った。


「別に最近どうこうって訳じゃねえけど、俺はたまたま人より勉強ができたおかげで、人様の金で大学まで行かせてもらった身の上だからな。やっぱり学んだことを活かして、人の役に立たないといけねえって気がするんだ」


 武がそんなことを考えていたなんて思わなかった。


 武は勉強が続けられることをとても喜んでいて、医者になることに義務感――重圧と言い換えた方が適切かも知れないが――を感じていたようには見えなかったから。


 だが能力のある人間は誰でも多かれ少なかれ、そういったものを感じていたりするものなのかも知れない。


「……武の能力や才能で人助けができるなら、それはとてもいいことだと思うけど、もし武がそういうものを使わずにいて人を助けなかったとしても、それは必ずしも責められるようなことじゃないと思うよ。助けてもらえなかった人やその人の身近な人達には恨まれるだろうけど、武の能力や才能をどう使うか決められるのは武だけだし、善意は人から強制されるものじゃないだろう?」

「人が嫌々医者を目指してるみてえに言うなよ。俺はちゃんと納得してこの進路を選んだんだ。ただ、今奏多の話を聞いてたら、俺はやっぱり持って生まれた自分の頭を、世の中のためにちゃんと使うべきなんだろうなって思ったんだよ。せっかくそのための機会をもらったんだしな」


 その言葉を聞いて、俺はほっとした。


 武が苦しんでいないのなら、それでいい。


 俺が猪口を傾けて濁酒を喉に流し込んでいると、奏多が言った。


「医者ってないと絶対困る仕事だから、武が医者にならなくても他の誰かがなるだろうけどさ、せっかく武は凄いんだから、僕達にできない凄いことをやって、たくさん人を助けたらいいよ。できる人がやってくれないと、世の中って絶対上手く回らないし。それを『責任』って言葉にしちゃうと、ちょっと重たくなるけどさ、でも本当にそういうもんだと思うから」


 奏多は一度言葉を切ると、今度は俺に向かって言った。


「頭のいい武が医者になるみたいに、きっと言霊使いの人もそういう力があるから、その力を人の役に立てようとしてるんだよね。玲の好きなその人が、いい人だといいね」


 本当に奏多はいい奴だ。


 俺が黙って唇に笑みを刻むと、武も言った。


「せっかくお前が本気で惚れられる相手に出会えたんだから、俺もその美人が大外れじゃねえことを祈ってるよ」


 やっぱり武もいい奴だ。


 俺は猪口を置くと、改まった口調で言った。


「ありがとう」






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