推理 5
美織さんが清々したような顔で行ってしまうと、白妙さんはすぐに戻ってきた。
立ち聞きしていた訳ではないのだろうが、廊下でずっと待っていたらしい。
やはり早く真相を知りたいのだろう。
「どうでした?」
白妙さんの問いかけに、水藤さんが少し困ったような顔で答える。
「いくつかわかったこともありますけど、まだ何とも言えません。とりあえず、今度は四十崎さんにお話を伺いたいのですが」
「わかりました。すぐに呼んで来ますね」
そう言って踵を返しかけた白妙さんを、俺は呼び止めた。
「すみません、一ついいですか?」
「何でしょう?」
きょとんとした顔を向けてくる白妙さんに、俺は尋ねた。
「四十崎さんはお義母上と親しいですか?」
「四十崎さん、ですか?」
怪訝そうな白妙さんの顔から、質問の答えを見て取ることができたが、俺は黙って白妙さんの言葉に耳を傾けた。
「四十崎さんが義母と懇意にしているところは見たことがありません。年が近い訳ではありませんし、性格も随分違いますから、あまり気が合いそうにもないですし。共通の目的があれば、手を組むことは有り得るでしょうけど、四十崎さんは悪事に手を貸すような人ではないと思います」
ああ、俺の「美織さんと四十崎さん共犯説」が、いきなり根本からぐらついてしまった。
世の中には一皮剥いた本性が表面的な性格と真逆だったりする極端な人間もいるようだが、四十崎さんもそうだとは言い切れない。
第一、真紅さんに言霊がかかってしまったのが突発的な事故のようなものだったとしたら、美織さんは真紅さんを死なせた後に四十崎さんに口裏を合わせを持ちかけた訳で、その場合四十崎さんが美織さんに手を貸す理由がないだろう。
「元々四十崎さんと美織さんとの間に真紅さんを殺す計画があって、美織さんが真紅さんを殺そうとした時にたまたま言霊が発動した」ということなら、俺の仮説は成立するだろうが。
「ありがとうございます。参考になりました」
白妙さんが軽く会釈をして行ってしまうと、俺は駄目で元々、水藤さんに先程の仮説を話してみた。
水藤さんは黙って俺の話を聞いていたが、俺が話し終えると、難しい顔で言う。
「確かにあなたの仮説は一見筋が通っている気がするけど、美織さんは真紅さんが落ちた時の音を聞いてるし、四十崎さんがいた筈の台所は真紅さんが落ちた裏庭の反対側じゃなかった? それってつまり、真紅さんが落ちた時、あの人がここにいたってことじゃない? 勿論ここにいた場合に聞いた筈の音を想像して答えた可能性はあるけど、そんなことに気が回る程頭のいい人には見えないし。まあ、ああ見えて意外と頭は悪くないのかも知れないけど」
「うーん……そう言われると、どんどん自信がなくなってきますねえ」
結構いい線行っていると思ったのだが、やはり「美織さんと四十崎さん共犯説」は成り立たないのかも知れない。
もっとも、まだ白妙さんと美織さんに話を聞いただけなので、結論を出すには早過ぎると言うものだろうか。
俺が頭を悩ませていると、白妙さんが消えた廊下の向こうから、四十崎さんが姿を現した。
その手には新しい三つの紅茶が乗った盆がある。
先程持って来てもらった紅茶はもうすっかり温くなってしまっているので、新しい物を持って来てくれたのは有り難かった。
なかなか気の利く人らしい。
四十崎さんは軽く会釈して言った。
「失礼します。お話のついでに、新しいお紅茶をお持ちしました」
四十崎さんが持って来た洋盃を卓の上に並べて、古い方を盆の上に乗せたところで、水藤さんは口を開いた。
「お仕事中にお呼び立てして申し訳ありません。どうぞ掛けて下さい」
四十崎さんが白妙さんや美織さんの座っていた席の隣――白妙さん達はこの場にいないが、雇い人が座っていた椅子に腰掛けることには遠慮があるらしい――に腰を下ろすと、水藤さんは切り出した。
「夜遅くに文人さんと八色さんが出掛けてから、真紅さんが亡くなるまでの間にどこで何をしていたか、見聞きした物を含めて、できるだけ詳しく教えて下さい」
「わかりました。ええと、私と白妙お嬢様、紫苑お嬢様、真紅お嬢様、奥様で旦那様と八色さんをお見送りした後、白妙お嬢様は玄関の戸締まりを確認していらっしゃいました。何か温かい物でも飲めば、お嬢様方も落ち着かれるかと思って、私は『お茶をお淹れします』と言って、台所へ行きました」
俺が手帖に四十崎さんの証言を書き留めていると、水藤さんが四十崎さんに問いかける。
「お台所は、このお屋敷の正面から見た時に左手にあるんですよね?」
「はい。一番左端の部屋が台所になっています」
「そうですか、助かりました」
水藤さんは満足そうにそう言った。
今の質問は、俺の仮説の反証のための確認だろう。
俺の仮説を完全に否定する根拠としてはやや弱いが、少なくとも四十崎さんがずっと台所にいたとしたら、真紅さんが落ちた時の音を聞いてはいないに違いない。
「続けて下さい」
水藤さんにそう促され、四十崎さんは再び語り始めた。




